LHH転職エージェントの責任者が語る、これからの転職に必要なもの−−−「成長だけじゃ不十分なんです」

終身雇用や年功序列賃金などの慣習の崩壊、インターネットによる転職サービスの普及といった環境の変化により、「転職は今の場所で結果が出せない人間の逃げ」というイメージから「転職は自分のためにやって当たり前のもの」へと変わってきました。

しかしこのように従業員側が変わっていくにつれ、企業側にも変化が起きています。以前にも増して即戦力を求め、人柄ややる気といった曖昧なものではなく、スキルや実績といったより確かなもので採否を決めるようになってきているのです。

転職のイメージの変化は、社会全体での適材適所を実現するという意味として喜ぶべきことです。そのうえ現在の転職市場は売り手市場で、内定を勝ち取りやすい状況にあります。しかしその一方で深く考えずに転職をしてしまい、後悔する人も少なくありません。

後悔のない転職をするためには何が必要なのか。LHH転職エージェントの責任者であり、アデコ株式会社 執行役員 人財紹介事業本部長を務める板倉啓一郎氏にお話を伺いました。

今後「ポータブルスキル」は存在しなくなる

――今後、企業側の採用基準がシビアになっていくなかで、転職に必要になのはどういったものなのでしょうか? たとえばポータブルスキルと呼ばれるようなスキルを磨くべきなのでしょうか?

板倉啓一郎氏(以下、板倉):厚生労働省はポータブルスキルを「業種や職種が変わっても通用する、持ち出し可能な能力」と定義しています(厚生労働省HP)。これをもう少し具体的に言えば、専門知識・技術、仕事の進めかた、対人コミュニケーションスキルですね。

もちろんこれらは非常に重要なスキルではあります。しかし現在のようにあらゆることが目まぐるしく変化する時代において、厳密な意味で「どんな状況にも通用する能力」と呼べるようなスキルは、残念ながら存在しません。

専門知識・技術にしろ、仕事の進めかたにしろ、状況に応じてアップデートし続ける必要があるからです。スキルとは、そもそも陳腐化するものなんです。

―ということは、「自分はこのスキルだけを成長させるんだ!」といったような一点張りは通用しないということですか?

板倉:たしかに各業界の成功者には一つの強みに徹底的に特化しているという人がたくさんいます。マーケッターならマーケティング部門で数十年の実績があるとか、プログラマーならいくつもの有名なソフト開発に携わってきたとか。しかしこういった人たちは稀な存在です。それ以外の人の場合、成長だけでは不十分でしょうね。

−どうすればいいんでしょうか?

板倉:成長だけでなく、「変革」にも時間と労力を注ぐ必要があります。たとえば今の自分の得意分野がプログラミングだとしましょう。

しかし今の若い世代は幼い頃からコンピュータに触れていますから、早い段階で専門的なプログラミングに興味を持つ子どもたちも増えるでしょう。そうなれば、優秀なプログラマーの絶対数も増えてきます。

それでも通用するレベルのスキルを持っていれば問題ありませんが、そこで変に意地を張って「自分の得意分野はプログラミングなんだ!」としがみつくと、間違いなく淘汰されます。

ところが「プログラミングがダメなら、マネジメントを強みにしようかな」とか「プログラマー経験を生かした営業マンはどうだろう」といった具合に自分の強みを別の分野に切り替えられる人は、生き抜ける可能性が高くなるわけです。

得意分野を切り替えようとすれば、その分野での成長が求められますから、変革できれば成長は必要ないということでもありません。変革と成長はこれからのキャリアにおける車の両輪なんですよ。

−自分を変革し続けるためには、何が必要でしょうか?

板倉:考え続けることですね。市場や組織に変化が生じれば、今までの仕事のやりかたでは通用しない場面が必ず出てきます。ここで「たまたまだろう」「まあいいか」と放置せずに、「何が問題なんだろう?」と考える。原因はどこにあるのか、原因を解消するためにはどうすればいいのか……。

たとえば社内ルールのせいで無駄な業務が増えていたとしたら、上司に対して「なぜこんなルールがあるんでしょうか」と聞くのは簡単なことですよね。会社にはコンプライアンスやガバナンスの都合で設けられているルールがたくさんありますが、そうでない無駄なルールもたくさんあります。

これを見つけ出せれば、業務の効率化やパフォーマンスアップにつながる新たなやり方を生み出せるかもしれません。

激変する市場をストレスなく生き抜くためのマインドセット

−毎日忙しくて、そんなにいろいろなことを考え続ける余裕がないという人も多そうです。

板倉:そういう人は「考えなくちゃいけない」と思うからストレスになってしまっているんです。一番大事なのはやらされ感のなかで考えるのではなくて、「こういうことを考えてみよう」「これについて考えてみたい」と主体的になることです。そうすれば同じ仕事のストレスも大きく変わるはずです。

大変なことではありますが、変化の早い時代についていくためには、自分から率先して変わっていく姿勢が求められます。そのような時代にあっては、周りすら変えていこうという、前のめりのリーダーシップを持つくらいがちょうどいいと思っています。

サーフィンとよく似ているかもしれません。波に追いつき、つかまえてしまえば、あとはずんずん前に進んでいけます。でも波の後ろにいる人は、全力でパドリングしなければ波に乗ることはできません。

私自身、かつては「〜するべき」「〜しなくちゃいけない」が口癖の人間でした。こういう真面目すぎるタイプの人からすれば、前のめりに自分のやりたいことを見つけて実行できる人たちは別の生き物にさえ見えるかもしれません。

私がそうだったので、よくわかります。生来の真面目さとか、明るさというのは気質の問題で、変えられないと私は思っています。

でも、行動を意識することならできるでしょう。たとえば「この人は自分にはないポジティブさを持っているな」と思う人がいたら、その人の言動を真似するところから始めればいいんです。

実際私はそうやって口癖を「〜するべき」「〜しなくちゃいけない」から「〜したい」「〜をやってみたい」に変えるようにしました。今でも余裕がなくなると昔の口癖が出るときはありますが、それでもかなり主体的な人間になれたと自負しています(笑)。

「上には上がいる」を常に意識しよう

−なるほど。ただ、そうは言っても自分の強みを見限るというのは勇気がいりそうですね。

板倉:逆ですよ。先ほども言ったように、自分の強みに固執するほうがリスクは高いんです。たとえば「自分は1週間に5冊の本を読んでいる。だから知識や情報の量には自信がある」という人がいたとします。しかし速読の達人になると、たった1日で10冊の本を読む人間もいますよね。弊社にも実際そういう人間がいます。

このように、ある強みには必ず自分より上がいるものです。そしてその「上」がどこまでなのかは、誰にもわかりません。1日で10冊の本を読む人の上には、1日で15冊読む人がいるかもしれませんし、20冊読んで1冊ずつ要約をつけられる人もいるかもしれないんです。そんな世界で「1週間に5冊の知識量・情報量」を強みにしようというのは、無謀ですよね。

−だからいろんな分野で強みを見つけよう、ということですね。

板倉:そうです。天才でない以上は、バランスよく自分を成長させていく必要があります。そういう意味では強みにばかりフォーカスせずに、弱みともきっちり向き合ったほうがいいですね。

最近は「弱みを改善しても、その分野が得意な人には勝てない。だから強みを伸ばして勝てる分野で勝負しよう」という論調が強くなっていますが、これにはあまり賛成できません。

−どうしてでしょうか?

板倉:ここまで見てきたように「求められる強みはどんどん変わっていく時代」なうえ、「上には上がいる」からです。自分の強みが陳腐化したあげく、弱みが評価の対象とされるような状況になれば、目も当てられませんよね。だから強みも伸ばしつつ、弱みと向き合う時間も大切なんです。

キャリアの設計は「3年ごと」に書き換える

−そうなると、緻密なキャリア設計が必要になりそうです。

板倉:確かにその通りなんですが、だからと言って「完璧なキャリア設計」を目指すのはおすすめしません。なぜならキャリア設計もやはり変えていくべきものだからです。

仮に「5年後の自分はスペシャリストとして現場の第一線で活躍している」という想定のもと、キャリアを設計したとします。しかし2年後に人事部からマネジメント職への打診を受けた。

もちろんここで「自分はそれでもスペシャリストの道を貫くんだ」という選択をしてもかまいません。しかし一度は真剣に、当時描いたキャリアとは別の道があるのではないかということを検討してみて欲しいんです。

理由は2つあります。ひとつは、市場の変化に合わせて最適なキャリアに調整するべきだからです。そしてもうひとつは、自分が思う自分の強みと、他人から見た自分の強みにはズレがあるからです。

つまり人事部からマネジメント職への打診があるということは、少なくとも人事担当者から見ればマネジメントの仕事に適性があるということです。

一度描いたキャリア設計に固執すると、こうした想定外の強みが見つかったときに、臨機応変な対応ができなくなってしまいます。これはキャリア上の重大な損失になりかねません。

だから自分で考えるのと同時に、周囲の意見も取り入れつつ、定期的にキャリア設計を見直す必要があるんです。

−定期的に、というのは具体的にどれくらいでしょうか?

板倉:私がお会いする企業のエグゼクティブは、皆さんだいたい3年を目安にされているようです。それ以下ではキャリア設計の正否が判断できないし、それ以上になると想像ができないからだそうです。

そういう意味では、新卒で入社して1〜2年で辞めてしまう若い世代は「もうちょっと頑張ってみればいいのに」と思うことが多いですね。

慌てて就活をして、どう考えても自分の適性とかけはなれた会社に入ってしまった人は別ですが、そうではない人の場合は1〜2年で壁にぶつかっても、そここそが踏ん張りどころだという可能性も十分あります。それを「方向性が違う!」と言って辞めてしまうと、転職してもまた同じようなところでつまずくことになります。

その点、転職エージェントは1〜2年で転職して後悔している人、逆にうまくいっている人、あるいは転職を思いとどまって30歳、40歳を迎えている人など、いろいろなケースに日々対応しています。だからもし迷ったら、ぜひ転職エージェントを活用して欲しいですね。

働き方も自分に合う形を見極めて

−自分に合ったキャリアの見極めが大事なんですね。昨今は「働き方改革」が話題にありがちですが、働き方にも合う、合わないはあるんでしょうか?

板倉:ありますよ。LHH転職エージェントではここ数年でフレックスタイム制やリモートワークを推奨しているんですが、これにも合う、合わないはあります。よくネットなどで「リモートワークを導入すれば必ず生産性が上がる!」なんて書きかたをしている記事を見ますが、いったいどんなデータの取りかたをしたらそんな結論になるのかと思っています。

というのも、リモートワークというのは高い自己管理能力が求められるんです。仕事の時間とプライベートの時間の配分も自分でしなくちゃならないし、空いた時間でスキルアップをするための自主的な努力も必要です。

実際、仕事とプライベートの境目がなくなることで、四六時中仕事のことばかり考えてしまって「会社に管理してもらってたほうが楽だったな」と感じる人もいるようです。組織的に導入したものの、あまりに生産性が落ちてしまい、元の働き方に戻したという企業も知っています。

したがって個人なら個人、組織なら組織が、しっかりと自己分析をして、そのうえで働き方をどう変えれば生産性が改善できるのかを、よく考える必要がありますね。

−最後に、読者にひとことメッセージをお願いします。

板倉:市場も社会も時々刻々と変化するなかで、転職希望者に求められるものも絶えず変化しています。このような状況で人材紹介業をやらせていただいていると、自分のなかにいろいろな可能性を持っている人の強さを痛感します。

「こうでなければならない」といった固定観念に縛られず、自分のなかの可能性を楽しみながら考えてみていただければと思います。

−ありがとうございました。

Career Supli
天職するべきタイミングか迷ったら多くのケースを見ているエージェントに客観的なアドバイスをもらった方がよさそうですね。
[文]頼母木俊輔 [編集] サムライト編集部