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乱世の人間関係術はいまにも通じる
『三国志』を何かしらの形で読んだことがない歴史好きの人はいないでしょう。数々の英雄が権謀術数の限りを尽くし、覇権を奪い合うその物語の中には「ロマン」「愛憎」「家族」など人生のあらゆる哲学が組み込まれています。
ここではそんな『三国志』のうち、英雄たちの人間関係術に注目していきます。乱世を駆け抜け、覇権に手を伸ばそうとした男たちは、いったいどのようにして人間関係をマネジメントしていたのでしょうか。
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劉備のバイブル『六韜』に学ぶ人間関係術

劉備が学んだ兵法書『六韜(りくとう)』には「利害の共有」の重要性が書かれています。すなわち国を治めるにあたっては人民に対して自分と同じように接すべしというのです。
人民の利益・損害すべてを自分と同一化していれば、自分のためにすることはすべて人民のためにもなります。そうすれば自然と人民の支持を集められ、リーダーシップがとれるというわけです。
一見単なる綺麗事に思えますが、これは同時に「相手が喜ぶこと、嫌がることを熟知している」ことでもあります。自分を喜ばせてくれる人に惹かれるのは三国志の時代も現代も同じ。
劉備は常に謙虚にへりくだり、相手を立てるタイプの人物だったそうです。相手の利害を把握し、それに基づいて相手の心をわしづかみにする。それが劉備が『六韜』から学んだ人間関係術だったのです。
事実彼は組織のトップに逆らわず、周囲の人間に好かれていたために陶謙の後継の徐州長官として推挙されたり、敵対陣営の中に自分のファンを作って分裂させたりと、その人心掌握術を使って様々な死線を潜り抜けています。
これを実践するためにはまず相手との「利害の共有」が重要なのです。
孫権流人材マネジメント術
呉の三代目皇帝を務めた孫権の人材マネジメント術のポイントは「褒める力」にあります。周泰という武将が孫権の配下にいました。彼は能力は高いものの、身分が低いことから見くびる部下もいたそうです。
それを知っていた孫権はある宴席で、周泰の上着を脱がせて彼の身体中に残る傷痕の由来を説明させます。そしてこれまでの功績を大勢の前でたたえたのです。
これにより周泰が孫権により深い忠誠を誓うことはもちろんですが、同時にそのような立派な武将に忠誠を寄せられる孫権に対して、周泰以外の武将からも尊敬が集まります。
孫権は19歳で家督を継いだため、本人に実績はありません。だからこそ一流の人材マネジメントによって自分に対する尊敬を勝ち取っていたのです。
またこのように組織にとっての「正しいお手本」をトップが示すと、それを目指して他のメンバーも努力するようになります。「どのように努力すればいいか」の明示は組織をレベルアップするには必要不可欠。孫権は若くしてそのことを心得ていたのです。
徹底して相手の弱点を突き続けた司馬懿
曹操に仕えた晋の司馬懿(しばい)から学べるのは、自分を守るための人間関係術です。
才能のある司馬懿を抜擢した曹操でしたが、あるとき当時太子だった長男曹丕に対して「あの男は臣下で収まるような人間ではない。きっと我が家を乗っ取られるぞ」と警告しています。
しかし司馬懿と仲の良かった曹丕は彼をかばったのだそうです。曹丕に弱い曹操はこのために司馬懿を処刑しなかったとされています。つまり司馬懿は英傑・曹操から身を守るために、その最大の弱点である曹丕との関係を結んでいたのです。司馬懿の人生にとって「相手の弱点」を突くというスタイルは様々な場面で見ることができます。
「弱点を突くなんて卑怯だ」と思う向きもあるかもしれませんが、乱世ではそのような考えは命取り。徹底的に弱みに付け込むことが生き残るためには必要なのです。私たちもここぞというときには決して妥協せず、相手の弱点を攻撃し続ける精神的なタフネスを磨いておきたいものです。
曹操流自己演出と「優秀な人材」との渡り合い方

曹操の生き方から学べるのは「自己演出」の技術です。曹操は才能ある人材を愛したことで知られており、「唯才令」と呼ばれる「才能だけあればどんな人材でも受け入れる」というお触れまで出しています。
また曹操陣営に逃げ込んできた劉備を、参謀から劉備を殺すように進言されたときには「今は英雄を手許に集めるべき時だ」と言って、才能ある人材にとって居心地の良いトップとして振る舞ったのです。これにより曹操のもとには数多くの英傑が集い、彼を助けることになります。
しかしスター選手ばかりが集まるとそれぞれの自己主張が強くなり、組織に悪影響を及ぼすリスクがあります。これに対して曹操は「優秀な人材は集めるが、人材の能力に依存しないシステム」を構築していました。
人材の能力に依存する属人主義のマネジメントは組織のパフォーマンスをそれぞれの人材に左右されてしまいます。もし反乱でも起こされてしまえば組織の機能は停止してしまうでしょう。
しかし曹操は「この役職の役割はこれ」というように業務をルーチン化したうえ、参謀などの役職には複数の人物を採用していました。すると仮に1人が危険人物だとわかれば一瞬で解雇・処刑することができるのです。
実際に曹操は優秀な右腕であった荀彧(じゅんいく)を自殺にまで追い込んでいます。「代わりはいくらでもいる」という状況を作ることで、組織を磐石にしたのです。
三国志の英雄に学べ
乱世を駆け抜けた武将たちの生き方を見ていると、私たち現代人がいかに生ぬるい人間関係の中で生きているかが実感できます。もちろん司馬懿のような殺伐とした人間関係術を現代で多用していれば、最悪の場合孤立してしまうかもしれません。
しかし時にはそうした冷酷さを持たなければ自分を守れない状況は現代にもたくさんあります。そんな時は三国志の英雄になった気持ちで対応していきたいものです。
参考文献『実践版 三国志 ― 曹操・劉備・孫権、諸葛孔明……最強の人生戦略書に学ぶ』
