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気合い・やる気でどうにもならないミスもある
部下のミスに対して「気合いが足りないんだ!やる気があるのか!」と怒鳴る上司。起きてしまったミスの対処として「次はミスをしないよう頑張ります」という部下。こんな人たち、どこの職場にもいるはずです。
しかし気合いを入れたり、やる気を出したり、頑張ったりしても、どうしても解決できないミスはあります。記憶違いやど忘れ、注意不足やうっかりミスなどはその代表です。
ここでは多くの著書を出版し、「高速大量回転法」という独自の勉強法を提案するトレスペクト教育研究所の代表を務める宇都出雅巳(うつで・まさみ)さんの著書『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』をヒントに、こうした「気合い・やる気でどうにもならないミス」を防ぐ方法を解説します。
「メモリーミス=記憶違い・ど忘れ」はなぜ起きる?
以下では記憶違いやど忘れを「メモリーミス」、注意不足・うっかりミスを「アテンションミス」として解説していきます。まずは前者のメモリーミスの原因から理解して起きましょう。
キーワードとなるのは作業記憶、作動記憶と呼ばれる「ワーキングメモリ」です。ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスが明らかにした「忘却曲線」によれば、私たちの記憶は20分後で42%、1時間後で56%、1日後には74%失われてしまうということがわかっています。
この忘却の運命から抜け出すためには、記憶する作業を繰り返して「長期記憶」にとして定着させる必要があります。逆に言えば長期記憶として定着しなければ、いくら「覚えた!」と思っても放っておくだけでその記憶はあっという間に忘れてしまうものなのです。
この原因となっているのがワーキングメモリです。パソコンで言えば長期記憶がHDD(ハードディスク)でワーキングメモリがRAM(メモリ)を指します。私たちが文章を読んだり、目の前の人が話していることを理解できるのはこのワーキングメモリのおかげです。もしこれがなければ「わたしはおとこです」を連続した言葉として認識できず、コミュニケーションすらできなくなります。
しかしワーキングメモリにも欠点があります。それは容量がとても小さいという点です。どんなに面白い映画でも冒頭のシーンで主人公が何を食べていたかといった細かい内容は思い出せないはずです。これはワーキングメモリが一度に掴んでいられる情報に限りがあるからです。
確かに目にしたとき、耳にしたとき、あるいは「よし覚えたぞ!」と思ったときは確実に記憶に刷り込んだように感じます。しかしそれは「ワーキングメモリに記憶した」ということでしかありません。私たちがメモリーミスをなくすには、この「記憶が全くあてにならない」という事実を前提として対策を立てる必要があるのです。
「メモリーミス=記憶違い・ど忘れ」を防ぐ方法
メモリーミスを防ぐためのキーワードは「メモ」「環境整備」の2つです。
まずは「メモ」。メモをとることはメモリーミスを防ぐための最も効果的な方法です。メモを取る際の鉄則は「絶対に自分が続けられる方法を選ぶこと」です。
オシャレなメモ帳や話題のアプリを使っても構いませんが、「メモ帳がないからメモが取れない」といった本末転倒にならないようにしなければなりません。この鉄則を踏まえたおすすめのメモ術が次の方法です。
1.基本はPCとスマホで同期可能なメモアプリを使う。
2.PCやスマホでは表現しづらい場合のために、ペンと紙を携帯しておく。
3.メモ帳にはこだわらず、もし紙がないときはレシートの裏など何でも活用する。
4.メモを入れておくクリアファイルを作り、紙メモはそこに集約化する。
5.定期的にクリアファイルの中身を整理する。
シンプルで素朴な方法ですが、大切なのはメモによってメモリーミスを防ぐことです。迷ったり、メモの存在を忘れないようにメモを一元化しておけば、メモを取る習慣がいち早く身につきます。
もう一つのキーワード「環境整備」は忘れてはいけない情報が、そもそもワーキングメモリにも記憶されないという状況を防ぐためのものです。例えば「机の上が散らかっていたために大切な書類に気づけなかった」「いつもテキトーに棚に入れてしまうので、大切なファイルをいつも探している」といった状況です。これを防ぐには2つのステップを踏む必要があります。
1.整理整頓。要らないものを捨て、必要な物は正しい場所に置く。
2.定物定位置。正しい場所が決まっていない場合は、動線を考慮して場所を決める。
これは書類やファイルなどの物理的なものだけでなく、データやスケジュール、人間関係などにも当てはまります。大切なモノや人、情報に集中するためにも環境整備は重要です。
「アテンションミス=注意不足・うっかりミス」はなぜ起きる?
「何かに気を取られていた」「ちゃんと注意していたつもりなのに」といったアテンションミスは、どんな人にでも起こり得るものです。「左右に並ぶ二枚の絵の違いを探せ」という間違い探しクイズに挑戦したとき、探していたときは全く見つからなかったのに、答えを言われたらすぐに見つかったという経験はないでしょうか。これは私たちの目や脳が、どんなに注意深く見たり考えたりしていてもアテンションミスを起こすものだという証拠です。
この原因を理解するためにキーワードとなるのもワーキングメモリです。1956年のG.A.Millerの実験によるとワーキングメモリが一度に貯蔵しておける事象は「7±2」とされており、2001年の N.Cowanの実験によれば「4±1」とさえ言われています。
個人差はあるものの、私たちの脳はこれ以上の容量になると忘れるか、もしくは認識できなくなるのです。メモリーミスは前者のときに起こり、アテンションミスは後者の場合に起きます。
これは目で知覚する現象に限らず、内面的な現象でも同じです。例えば別の案件の心配事や将来の不安にワーキングメモリを消費していると、目の前の仕事になかなか注意を傾けられなくなります。アテンションミスを防ぐには、「ワーキングメモリの容量はとても小さい」という前提から対策を立てる必要があります。
「アテンションミス=注意不足・うっかりミス」を防ぐ方法

アテンションミスを防ぐためのキーワードは「注意のアウトソーシング」「習熟」の2つです。
目の前のことに集中しすぎてワーキングメモリを使い果たしてしまい、他の部分が目に入らないという状況を防ぐためには、肩の力を抜いて全体を見渡す余裕がなくてはいけません。しかしそうはいっても視野が狭くなるのが人間です。これを防ぐのが「注意のアウトソーシング」です。
例えば「3C」と呼ばれるマーケティングのフレームワークは、「市場」「自社」「競合」の3つの視点から戦略を作るためのものです。このフレームワークにしたがっていれば、「市場」について分析するときは「市場」にだけ集中していればよくなります。
どんなに夢中になっていても、フレームワークが全体を俯瞰させてくれるのです。ToDoリストもこれと同じ効果を期待できます。ある程度仕事を細分化してリストアップしておけば、どの段階でストップしているかも一目瞭然になるので、ヌケ・モレの防止にもなるでしょう。大切なのはいかにワーキングメモリの容量を節約し、注意を散漫にしないかです。
二つ目のキーワード「習熟」は「注意のアウトソーシング」の延長線上にあります。ワーキングメモリを節約して目の前の仕事に集中していると、そうでない場合に比べてより早くその仕事の習熟度が上がっていきます。そうして「考えなくてもできる仕事」が増えてくると、同じ仕事でもワーキングメモリの消費容量が少なくて済みます。結果、アテンションミスも減っていくというわけです。
「脳の死角」をカバーしよう
ワーキングメモリには限界があります。その限界を理解し、ワーキングメモリの能力が及ばない「脳の死角」をどのようにして埋めるか。これがメモリーミスやアテンションミスを限りなくゼロにするための唯一の方法です。自分のミス防止に役立てるのはもちろん、ミスをしてしまった部下に次回の対応を求めるときも、この視点を常に意識したいものですね。
参考文献『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』
