その情報ホント?ネット時代のメディア・リテラシーとは

あなたにはメディア・リテラシーがありますか?

情報化社会がインターネットの発達によって急速に発達し、マスメディア(新聞・テレビ・ラジオ)だけでなく、ブログやSNS、各種Webメディアがほとんど無限増殖的に情報を生み出す……それが日本の「メディア」の現在です。

このような状況にあって、情報の真偽を判断したり、自分の欲しい情報を見つけるためのメディア・リテラシーは必須。ここでは、これからも拡大し続けるであろうインターネットという情報の海を渡るための方法=メディア・リテラシーについて、改めて考えておきましょう。

その情報はウソかホントか?

嘘は嘘であると見抜ける人でないと(インターネット掲示板を)使うのは難しい。 ひろゆき氏

引用:ひろゆき(西村博之)の名言

日本最大のインターネット掲示板「2ちゃんねる」の開設者であるひろゆき氏はインターネット掲示板についてこのような発言を残しています。ネットは誰もが簡単に情報を発信したり、意見を言ったりできる場所です。

「2ちゃんねる」はまさにその典型で、そこに書き込まれる情報には高度な専門知識もあれば、個人の妄想をもっともらしく騙ったものだってあるのです。しかしこれは「2ちゃんねる」に限らず、インターネット全般に当てはまります。「○○ダイエットは絶対痩せる!」などの情報が真実であったためしはありません。

情報化が進んだことで、情報の絶対量が増加し、それと同時にウソの絶対量も爆発的に増えている。それが「ネット時代」なのです。では「インターネットの情報はウソが多い」と決めてかかればいいのでしょうか。もちろん、NO。これについては、ひろゆき氏が「本当に賢い人」の作法を示してくれています。

本当に賢い人は、妙なレッテルが貼られているものでも食わず嫌いなことはせず、自らの目で確認して理解します。ひろゆき氏

引用:ひろゆき(西村博之)の名言

その発言は誰のものか?

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発言の価値というものは、「その人がこれまでどのような価値判断を下してきたか」という「歴史性」に依拠するものです。イケダハヤト氏

引用:まだ東京で消耗してるの? 

メディア・リテラシーという言葉には「情報の海から必要な情報だけを抜き出す能力」という意味が含まれています。このスキルを手に入れるためには、よく言われる「誰が言ったかではなく、何を言ったかが重要である」という考え方から離れる必要があります。上に引用したイケダハヤト氏の言葉の意味するところは、「何を言ったかではなく、誰が言ったかが重要だ」ということです。

例えば「経営の神様」松下幸之助氏がこんな言葉を残しています。

自分の仕事は、人の助けなくして、一日も進み得ないのである。

引用:松下幸之助の名言・格言

この言葉を新卒1年目の若者が言うのと、日本の経営の頂点を極めた松下氏が言うのとでは、同じ言葉でも全く重みが違うと感じるはず。あるいは、普段から真面目で誠実な人の発信する情報は、普段からウソばかり言っている人のそれよりも圧倒的に信頼性が高い、という風にも言えます。

情報という海からできるだけ信頼性の高い情報を手に入れるためには、「発信者の歴史性(経歴や人となり)」というフィルターをかけることで、信頼性の低い情報をごっそりと切り捨てることも重要なのです。

「マスメディアは正しい」のか?

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しかしこのような考え方は、ともすると「じゃあ、権威のあるマスメディアの話を信用すればいいのか」という話になりかねません。もちろんメディア・リテラシーとはそんな単純なものではなく、「マスメディアですらもウソを言うことがある」という前提で情報を見極める必要があります。

アメリカで面白いのは、日本では、7割近い人が新聞をまあまあ信頼していると言うんですが、アメリカは3割くらいにとどまっています。菅谷明子氏(在米ジャーナリスト)

引用:THE HUFFINGTON POST

この原因を菅谷明子氏は、「アメリカ人はリテラシーがあり、日本人にはそれが低いからだ」と言います。事実に日本でも近年はマスメディアの誤報が相次いでおり、「新聞に書いているから真実」「テレビニュースで言っていたから真実」という考え方がほとんど迷信と言える状況になってきました。「誰が言っているか」は確かに重要ですが、それと同時に「その発信者は本当に信用できるのか」を見極める必要があるのです。しかしそんな簡単に信用できるか否かを判断できるものでしょうか?

大声を出す人を信用するな

どんな非常事態であっても、叫ばないでちゃんと説明してくれる人を見つけなきゃならないということを、ぼくは過去の経験の中で学んでいたんです。糸井重里氏

引用:『知ろうとすること。』

「ほぼ日刊イトイ新聞」でも知られる糸井重里氏は、重要な局面で「誰が信用できるのか」の指標についてこのような言い方をしています。

私たち人間は常に感情を抱えている生き物です。しかしメディア・リテラシーを身につけるには一旦この感情を置いておかなくてはなりません。感情的にならず、落ち着いて、理性的に情報を見極める。

あるいは情報の発信者が「何か落ち着いて説明できない不利なことがあるのに、それはひとまず置いといて、とりあえず大声出せばみんなが来ると思ってやっている」(糸井氏・前掲書)のか、そうでないかを見極める。これが「うそをうそと見抜く」ための心構えです。

メディア・リテラシーの身につけかた

正しい方を選ぶ、っていうときに考え方の軸になるのは、やはり科学的な知識だと思うんですよ。糸井重里氏

引用:『知ろうとすること。』

メディア・リテラシーを身につけたい!と切実に思うのであれば、まずは自分の考え方の軸を身につけることです。糸井氏の場合はそれが「科学的な知識」なのだそうです。

客観的に物事をみるための軸。この最もわかりやすい指標と言えるでしょう。しかしこれがあくまで「軸」にすぎないことも覚えておく必要があります。人間は決して「科学」だけで生きていける生き物ではないのです。科学という客観的な知識を軸に持った上で、自分の感情と相談しながら、情報を見極めていく。これを繰り返していくことで、メディア・リテラシーは養われていくのです。

ネット時代のメディア・リテラシー

「情報を制する者はビジネスを制す」とはよく言ったもので、ネット時代を生き抜くにはメディア・リテラシーは必須のスキル。しかしこればかりは通販で取り寄せることはできません。ここで挙げたような「情報の見方」を参考にして、日々自分のメディア・リテラシーを磨いていきましょう。

[文・編集] サムライト編集部