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問題は見つけなければ解決できない
「ビジネスパーソンとして実績を残すためには問題解決力が大事」この考え方はある面では正しいものの、実は致命的な盲点を抱えています。なぜなら「問題解決力」を発揮するためには、目の前にすでに解決するべき問題がなければならないからです。
その問題を発見できなければ、当然解決することもできません。その意味で問題解決力よりも、「問題発見力」の方が重要なビジネススキルなのです。
ここではアップルやモルガン・スタンレーなどでコンサルを担当した経歴を持つ経営学者マイケル・A・ロベルト氏の著書『なぜ危機に気づけなかったのか ― 組織を救うリーダーの問題発見力』を参考に、危機管理のために必須のスキル「問題発見力」を磨くための方法を紹介します。
問題が発見できない理由
問題の発見が遅れて、もはや修復不可能な事態に追い込まれる例は無数にあります。全世界をテロの恐怖に陥れた2001年の9・11テロも、後日の調査によれば事前にテロの兆候があったにもかかわらず、これを問題視しなかったせいで大惨事につながってしまったことがわかっています。このような歴史的な出来事でなくても、身に覚えのある人も多いはずです。
私たちが問題を見逃してしまうのには、以下で挙げる5つの原因があります。
●1.「失敗への恐れ」が、問題を隠蔽している
問題の発見は「失敗するかも」というイメージと直結しています。私たちはつい失敗には批判や悪い評価、不利益がつきものだと考えがちだからです。私たちはこうした恐怖心を抱くと意識的に、あるいは無意識的に「見なかったことにしよう」と問題をスルーしてしまうのです。
●2.組織の複雑性が情報共有を妨害している
組織図が複雑になるほど、全体での情報共有は難しくなります。ある部署で問題の兆候が発見されても「自分の部署で解決できる」「上にあげるまでもない」という判断がされれば、どんどん事態は悪化していきます。
●3.部下や秘書などの「フィルタリング」で問題が見逃されている
危機管理の責任者であるリーダーにはそれを補佐する部下や秘書がいる場合があります。彼らは往々にして信頼に足る優秀な人材で、余計な仕事で上司の手を煩わせないために上司の元に集まる情報にフィルタリングを施してくれています。しかしこのフィルタリングによって悪いニュースや問題につながる情報が弾かれてしまうと、当然リーダーは問題に気づけません。
●4.「直観」を軽視し過ぎているせいで、問題発見が遅れている
確かに客観的な分析は重要ですが、場合によっては経験に基づいた直観の方が正しく、そして早期に問題を発見します。しかし個人の哲学や組織の方針で直観が軽視され過ぎていると、問題発見が遅れてしまいます。客観的な分析が直観に追いついた頃にはもう手遅れです。
●5.組織のメンバーに問題発見力が欠けている
リーダーが全ての問題の兆候を発見できるわけではありません。組織のメンバーを教育し、全体の問題発見力を磨いていなければ万全な危機管理の実現は難しいでしょう。
『なぜ危機に気づけなかったのか』の中ではこれらを解消するための7つの方法が紹介されています。ここではこのうち3から5を解消するための3つの方法を紹介します。
「生の情報」に直接、できるだけ多く触れる

「部下や秘書などの『フィルタリング』で問題が見逃されている」を解消するためには、リーダーはフィルタリングを介さず、直接「生の情報」に触れる必要があります。生の情報に触れるためには様々な障害があるため、補佐役の部下や秘書に「生の情報を伝えるように」と指示するだけではフィルタリングを避けることはできません。
補佐役に限らず、リーダーから情報提供を求められた人が意識的あるいは無意識的に行うフィルタリングには、大きく4種類あります。これを一覧にしたものが以下の表です。

これらのフィルタリングを避け、生の情報に触れるためにはリーダー自らが積極的に情報を集めに行く必要があります。例えばベス・イスラエル・メディカルセンターのCEOポール・レヴィ氏はFacebookのページを立ち上げて、ほとんどのメンバーが病院の従業員というグループを作っています。彼は普段ほぼコミュニケーションを取らない若年層の従業員たちと直接やり取りすることで、生に近い情報を手に入れようとしているのです。
ゼロックス社のCEOアン・マイケルヒー氏は、経営上層部20人を交代制で「一日顧客満足責任者」に任命し、その日本社に寄せられた顧客からの苦情のすべてを処理する責任を負わせました。これにより意思決定者が社内のあらゆるフィルタリングを避け、生の情報に触れる機会を作ったのです。
フィルタリングをする人たちは基本的に善意でフィルターをかけています。それはもちろん責められるべきことではありません。しかし時としてそれが問題発見を難しくすることを、リーダーは知っておくべきでしょう。
「パターン発見力」を磨く
「『直観』を軽視し過ぎているせいで、問題発見が遅れている」を解消してくれるのが、パターン発見力です。ここでのパターンとは結果とその結果を導くための一定条件の組み合わせのことです。これを素早く発見できれば、直観的に問題を発見し、対応できるようになります。
逆にこのパターン発見力が低い場合は、逐一客観的な分析をしなければならないので、判断スピードが遅くなってしまいます。また直観を軽視する人や組織が心配するように、パターンを誤認して判断してしまうと、新たな問題を生んでしまうこともあります。
これらを回避するためにはパターン発見力を磨くしかありません。そのための方法は以下の3つです。
●1.「既知のこと」「不明瞭なこと」「推定したこと」を区別する
パターン発見力が効果を発揮するのは「この状況はあの時と似ている」という類推が的中した時です。しかし、しばしば私たちは「既知のこと」「不明瞭なこと」「推定したこと」を混同してしまいます。すると当然間違えて類推してしまい、パターン発見力はネガティブに働いてしまうのです。
これを防ぐにはこの3つを図や表などにしてはっきり区別し、そこから改めて類推をする習慣をつける必要があります。これを繰り返しているうちに徐々にパターン発見力の精度が上がり、意思決定までのスピードも向上していきます。
●2.データ化によってパターンを分析する
大きな問題はもちろん小さな問題でも、発見し次第全てデータ化しておけば、客観的にパターンを分析するためのデータベースになります。これは個人レベルでやっても役立ちますが、組織レベルで実践すればよりデータ量が多くなり、パターン発見力の精度向上につながります。ペイパル社の「PPP(進展・問題・計画)」レポートはこの実践例です。同社では毎週各チームに仕事の進捗状況・直面している問題・問題解決計画をこのレポートに記載させ、さらにそれらを取りまとめて社内に共有しています。これにより各マネージャーはチームに共通するパターンを見出し、適切な対応ができるのです。
●3.教育指導によって若手のパターン発見力は急成長する
高いパターン発見力には豊富な経験が必要です。しかしベテランが若手を教育指導すれば、より早い速度で若手のパターン発見力を引き上げることができます。そのために重要なのはベテラン側による「言語化」です。
何のどこを見て、どのようなパターンを発見し、どんな判断を下したのか。これらをできるだけ具体的に、詳細に言語化するのです。「直観を自分の言葉でノウハウ化する」と表現してもいいでしょう。この作業は若手はもちろん、ベテラン自身のスキルアップにもつながります。
組織に「価値ある失敗」文化を浸透させる
「組織のメンバーに問題発見力が欠けている」を解消するには、「価値ある失敗」文化を組織に浸透させる必要があります。「失敗からは『科学的に』学べ!学習する組織の条件とは?」でも紹介したように、成功は失敗なくして実現できません。しかし組織を構成する個人には「失敗の恐れ」があります。さらに「失敗をしてはならない」という文化が組織内にあれば、なおさら発見した問題を隠蔽したり、そもそも問題を問題としてみない癖がついてしまいます。
これを解消するには「失敗には価値があり、奨励されるべきものだ」という文化を、組織に浸透させる必要があります。しかしいくら失敗は成功のもとといっても、全ての失敗に価値があるわけではありません。価値ある失敗かどうかを見極めるためには基準が必要です。マイケル・A・ロベルト氏はこの基準を次のように提示しています。これらの各項目に当てはまる失敗こそが価値ある失敗です。

引用:前掲書p191
重要なのはこの基準が全て「失敗したことそのもの」については言及していない点です。大切なのは「どのように失敗したか」なのです。
「問題発見力」を鍛えよう
問題を発見するまでには多くの障害が立ちはだかっています。これらを一つずつ排除するためには個人・組織ともども多くの時間と労力を割かなければなりません。
しかしその努力が身を結べば、重大な危機を回避できたり、現在の悪い状況の突破口が見つかるはずです。確かに見つかった問題を解決する力も必要ですが、優秀なリーダーになりたいのであれば、まずは根本となる問題発見力を鍛えておきましょう。
参考文献『なぜ危機に気づけなかったのか ― 組織を救うリーダーの問題発見力』
