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失敗を成功のもとにするには?
「失敗は成功のもと」とよく言われますが、実際には失敗を成功につなげている組織や人ばかりではありません。何度も同じような失敗を繰り返したり、特に効果のない改善策を「必ず効果がある!」と信じきっている場合もたくさんあります。
では厳密な意味で失敗を成功のもとにするにはどうすればいいのでしょうか?ここでは英タイムズ紙も絶賛し、世界22カ国で刊行されてきたベストセラー『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』を参考に、学習する組織(そして人)の条件を3つ解説します。
失敗から学ぶ「システム」と「スタッフ」が揃っている

●航空業界の「クルー・リソース・マネジメント」
失敗を成功のもとにするためには、まず失敗を恥や不名誉と考えず、改善のためのデータの山と考えて役立てる「システム」と「スタッフ」が必要不可欠です。例えば航空業界は世界的に見ても稀有なほど、失敗から学ぶ「システム」と「スタッフ」が充実しています。
航空機に搭載されている「ブラックボックス」にはフライトデータとコックピット内の音声データが格納されており、事故後これを基に原因調査を徹底して行い、直ちに解決策を講じる風土が根付いているのです。
クルー・リソース・マネジメント(CRM)訓練は、そうした風土を生む大きなシステムの1つです。この訓練の主眼はパイロットを含む乗務員間のコミュニケーション術の習得にあります。航空機のリーダーである機長は、緊急時でも冷静さを失わず、部下の意見に耳を傾けたり、的確な指示を出す技術を磨きます。
一方副操縦士などの機長の補佐役を務める乗務員が学ぶのは、緊急時でも上司にきっぱりと自分の意見を主張する技術です。これにより緊急時の重大なミスを早期に発見し、解決する体制を構築しているのです。
●バージニア・メイソン病院の「患者安全警報」とスタッフたち
また「世界で最も安全な病院」の一つに選ばれたこともあるバージニア・メイソン病院は、患者の害になるミスを見つけた報告をするための24時間ホットライン「患者安全警報」を設置しています。ミスの隠蔽が業界全体で常套化している医療業界なので、同院でもこのホットライン設置直後は成果が起きませんでした。
しかしそれから間もなくして医療ミスによる死者が発生。これを機にミスの報告と改善の重要性に気づいたスタッフたちは、次々にミスを報告するようになります。プライドの高い病院のスタッフにとって、当初自分のミスの報告は苦痛でしかありませんでした。しかしそれが改善と変化を生み、結果につなげることを彼らが理解したからこそ、失敗から学ぶシステムが機能するようになったのです。
「失敗から学ぶ」とは元来科学的な姿勢です。科学的な事実を導き出すためには何度も失敗を重ね、その度に改善していかなくてはなりません。「運が悪かった」などと言い訳していては、いつまでも真実にはたどり着けないからです。その意味で航空業界や、バージニア・メイソン病院のシステムとスタッフは科学的だと言えます。次節では科学についての理解をより深め、具体的な科学的手続きについてもみていきましょう。
「物語の単純さ」に翻弄されない

●科学には「反証」がなくてはならない
理路整然と作られた「成功の物語」は感動的で、成功者たちは物語の筋書き通りに行動したからこそ成功したように見えます。しかしそれは科学的な姿勢とは言えません。科学とは常に「反証」の可能性があるものです。
例えば水が100℃で沸騰するのは科学的な事実です。しかし標高が上がるにつれ、100℃は98℃になり、96℃になり、気温5℃の富士山頂では約88℃にまで下がります。このような反証があるからこそ「なぜだろう」と考え、より強固な新しい仮説が立てられるのです。
逆に星占いなど「何にでも当てはまるもの」は反証の可能性がないため、常に現状を肯定できます。失敗の可能性もありませんが、成長の可能性もありません。
●真実をあぶり出す「ランダム化比較試験」
このような視点を手に入れるための考え方として臨床試験などで用いられる「ランダム化比較試験(RCT)」という検証方法があります。ポイントとなるのは「反事実」という言葉です。例えばある通販サイトが経営者の指示でリニューアルしたところ、売上が増加したとしましょう。すると経営者は「自分がリニューアルを指示したから売上が上がった」と考えるでしょう。しかし本当にそうでしょうか。
このケースではまだ「リニューアルしていなかった時の売上」がわかっていません。ということはリニューアルしたから売上が増加したのか、それともリニューアルしなくても増加していたのかの判断ができないのです。この「リニューアルしていなかった時の状況」を反事実と呼びます。
このケースであればリニューアルしたサイトと、旧サイトの両方に消費者を誘導し、その時の売上を調査すれば反事実が明らかになります。リニューアル後のサイトの方が売上が高ければ経営者の判断は効果があったことになりますが、そうでなければ別の要因で売上が増加したことになります。このようにRCTを活用すれば、他の一切の要素を排除して単独の要素の効果だけを引き出せるのです。
もちろんRCTも完全な検証方法ではなく、実施そのものが難しい場合もあります。しかし物語の魅力に抗うための1つの武器として有効なことは確かです。そして失敗から学ぶ組織ほど、こうした科学的検証の姿勢と方法が根付いています。
マージナルゲイン思考を備えている

●「マージナルゲイン思考」とは?
「マージナルゲイン(限界利益)」とは2012年にイギリス人初のツール・ド・フランス(※)総合優勝者を生んだ「チーム・スカイ」のゼネラルマネジャー、デイブ・ブレイルスフォードさんがスポーツ界に広めた考え方です。
これは「1%の戦略」とも呼ばれるこの考え方は、選手の回復方法やマシンの部品に到るまであらゆる点で小さな改善を積み重ねていきます。もちろん手当たり次第に改善していくのではなく、1つの大きな目標を達成するために100個、1000個の小さな改善を積み重ねるというイメージです。ここまで見てきたように改善をするためには反証=ミスが必要です。そのためマージナルゲイン思考においては、まさに失敗は改善=成功のもととなります。
●チーム・スカイの「1%の戦略」
例えばチーム・スカイはヘルメットにプラスチックのカバーを装着したり、大会で唯一体にぴったり沿うスキンスーツを着用し、空気抵抗をカットしました。また、ツール・ド・フランスでは無線が禁止されていたため、チームはコース内の3ヶ所にスタッフを配置し、前後の様子をボードを使って選手たちに知らせたのだそうです。
確かにこれらの効果は微々たるものかもしれません。しかしそうしたマージナルゲインが積み重なったからこそ、チーム・スカイはイギリス発の偉業を成し遂げたのです。
「そんな細かい点まで検証している時間なんてない」と思うかもしれません。同じような意見に対して、ブレイルスフォードさんはこう言っています。「しかし私にとっては、そういう分析を怠ることのほうがずっと気持ちが悪いんです。わかったつもりになるより、明確な答えがほしいんですよ」引用:前掲書p221
小さな改善と検証を超高速で積み重ねていけば、着実に正解にたどり着く。それを知っているからこそ、ブレイルスフォードさんはこう言えるのです。
「科学的」でなければ成長できない!
正直なところ「科学的な姿勢」は地味です。チーム・スカイのマージナルゲインはその極みでしょう。しかし失敗を最大限に生かし、成功へのステップを着実に進むためには必要不可欠です。この機会に失敗との接し方を考え直し、自分個人はもちろん組織としても失敗から「科学的に」学ぶ力を身につけましょう。
参考文献『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
