実力主義は「錯覚」だらけ
コーネル大学ジョンソンスクール経済学教授ロバート・H・フランクさんは著書『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』の中で、近年の様々な研究で明らかになってきた「成功には運が必要不可欠である」という事実について解説しています。このことから、実力主義が提示する「実力が全てである」という考え方は間違っていることがわかります。
では成功するためには運に頼るしかないのでしょうか。答えはNOです。成功するためには実力や運ではなく、「錯覚資産」が必要である。そう書くのは、上場企業を含む複数の企業を創業し、翻訳・執筆・海外講演の実績を持ち、有名ブログの執筆者でもあるふろむださんです。
ここではふろむださんの著書『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』を参考に、実力主義の穴を突き、人生を変える武器になり得る、この「錯覚資産」について紹介します。
人間を影で動かす「思考の錯覚」
「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」
引用:『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』p14
ふろむださんは錯覚資産をこのように定義づけています。人間は大なり小なり他人に対してイメージを抱いたり、評価を下したりするものです。
しかし実はそうしたイメージや評価の中には真実とは異なる錯覚が含まれています。この錯覚は他人のイメージや評価を自分に都合のいいものに捻じ曲げる効果を持つことがあり、その効果を持つ錯覚こそが錯覚資産というわけです。
本書の中では科学的な研究に基づいて、その存在が証明されている思考の錯覚が全部で10個説明されていますが、この10個の思考の錯覚の原因として挙げられているのが、次の3つの脳の性質です。
・【一貫性】…過剰に一貫性を求める
・【原因】…過剰に原因を求める。
・【結果】…過剰に結論を急ぐ。
引用:前掲書p309
●イケメンだから仕事ができる?ハロー効果

例えば思考の錯覚の一つとして挙げられている「ハロー効果」は、ある対象に評価を下すときに、その対象の目立った特徴に他の特徴についての評価が歪められる現象を指します。
「イケメンの議員が顔以外の実務力や誠実さにおいても高い評価を得る」「好感度の高い芸能人がSNSで紹介した商品を『きっといい商品なんだ』と思う」などの現象は、このハロー効果で説明できます。
ハロー効果には前述の3つの脳の性質のうち、一貫性と原因が作用しています。
すなわち「こんなにイケメンで素敵なんだから、仕事ができなかったり、不誠実なはずがない」「あんなに素敵な芸能人が紹介しているんだから、いい商品に違いない」という錯覚が起きているのです。
一見してわかるように、イケメンであることと仕事ができたり誠実であることは無関係ですし、芸能人の性格と商品の良さも無関係です。
しかしこうした思考の錯覚は無意識下で発生し、本人が知らない間に評価や論理を捻じ曲げてしまいます。そのためどんなに賢い人でも思考の錯覚の影響からは逃れられません。
●デフォルト値バイアス
脳が持つ結果を過剰に急ぐ性質が現れているのは「デフォルト値バイアス」と呼ばれる思考の錯覚です。この思考の錯覚はアメリカの自動車保険に関しての研究で明らかにされています。
1990年代初頭にアメリカのニュージャージー州とペンシルバニア州で、自動車保有者は「低価格だが訴訟権利に制限がある保険」「高価格だが訴訟の権利に制限がない保険」のいずれかを選択しなければならないという法律が定められました。
このとき、ニュージャージー州では「低価格だが訴訟権利に制限がある保険」が一つ目の選択肢(デフォルト値)として提示され、ペンシルバニア州では「高価格だが訴訟の権利に制限がない保険」が提示されました。
結果どちらの州でも75〜80%の割合でデフォルト値が選ばれたのです。
この研究から、人間は選択の難しい状況に置かれた場合、とにかく早く結果を出したいがために深く思考するのを止め、選びやすいもの=デフォルト値を選ぶ傾向にあるということがわかります。これがデフォルト値バイアスです。
「今の仕事を辞めて転職するか、今の職場にとどまるか」「今の恋人と別れて新しい恋を始めるか、今の恋人と結婚するか」人生ではこうした選択の難しい状況に追い込まれることがしばしばあります。
多くの人が現状維持を選びがちなのは、このデフォルト値バイアスがかかっているからなのです。
錯覚資産は実力をも伸ばす

「前年比150%の実績を記録した営業マン」という肩書きは、大いにハロー効果をもたらしてくれます。
この肩書きが部長や社長などの裁量権を持つ人物に伝われば、昇給や昇進のチャンスにも恵まれるかもしれません。このとき「前年比150%の実績」がもたらすハロー効果は、正の錯覚資産になっていると言えます。
しかしこうした思考の錯覚を利用して、自分の評価を実力以上に釣り上げていたら、いつかとんでもないしっぺ返しが来るのではないかと不安になるかもしれません。ところが、そのような心配は必要ありません。なぜなら錯覚資産は間接的に実力も伸ばしてくれるからです。
というのも、実力は役職やより大規模なプロジェクトといった環境によって伸びていきますが、こうした環境が与えられるかどうかは錯覚資産次第だからです。
たしかに、実力があると、成果を出しやすい。
それは本当だ。
しかし、その成果が、必ずしも、よい「環境」の獲得につながるかというと、実際には、そうじゃない。
実際には、その成果を錯覚資産にすることに成功した場合のみ、
よりよい「環境」を手に入れることができるんだ。
引用:前掲書p179〜180
もちろん実力が必要ないというわけではありません。実力がなければ錯覚資産も生まれないからです。
しかし実力を磨くことばかりに終始して錯覚資産を意識しないままでいれば、いつまでたっても日の目を見ることはありません。だから人生で成功したければ、錯覚資産を増やす意識を持つ必要があるのです。
錯覚資産の増やし方
錯覚資産には、次の3つの次元がある。
1.錯覚の種類
2.錯覚の強さ
3.錯覚の範囲
引用:前掲書p320
錯覚の種類とはハロー効果や、デフォルト値バイアスなどの思考の錯覚を指し、錯覚の強さとはどこまで強く錯覚を起こしているかを指し、錯覚の範囲とはどれだけの数の人が錯覚を起こしているのかを指します。錯覚資産は、この3つの次元を引き伸ばしていくことで増えていきます。
例えば「前年比150%の実績を記録した営業マン」という肩書きを錯覚資産として考えてみましょう。するとまず錯覚の種類はハロー効果になります。次に錯覚の強さは「前年比150%」という数字のインパクトや、この数字がホワイトボードに貼り出されるなどして他人が何度も目にできる状態なのかといったことにも左右されます。
そして錯覚の範囲は、「自分の教育担当の先輩だけが知っている」「社長も含めた全社員が知っている」「業界全体に知れ渡っている」の順に広くなっていきます。
このとき知っておくべきは、錯覚資産は倍々ゲームの要領で急速に増えていくということです。「前年比150%の実績を記録した営業マン」という肩書きが全社員に知れ渡れば、それがきっかけで新しいプロジェクトに抜擢されるかもしれません。
そこで新たな実績を積めば、肩書きは「次々と実績を出している営業マン」に変わり、さらなるハロー効果が期待できます。プロジェクトの規模が大きければ、その肩書きは会社を飛び出て他社にも伝わっていきます。それはもっと大きなプロジェクトや、他社からのヘッドハンティングなど、さらなるチャンスへとつながっていきます。
もちろん成功するか失敗するかは運によるところが大きいものの、チャンスに恵まれる回数が多いほど成功する確率も高まるうえ、場数を踏むことで実力も底上げされていきます。そうなればさらに成功の確率も高くなっていきます。
錯覚資産を増やす努力をする者としない者の差は、今はまだわずかかもしれないが、10年、20年もすると、目も眩むほどの、すさまじい落差になる。
引用:前掲書p346
錯覚資産は急速に増えていくため、増やそうと思うかどうかで将来的には大きな差が生まれます。その頃にはもともと大差なかった実力も、錯覚資産を通じて得た経験によって大きな差がついているでしょう。そうなれば、もはや「実力主義」の物差しでも勝つことはできません。
そうなる前に、まずは錯覚資産の存在を認識し、自分の中に利用できる錯覚資産がないかを考えるところから始めてみてはいかがでしょうか。
錯覚資産で人生を変えよう
実力主義が作り出した「実力が全て」という神話に騙されて一生懸命努力をしていても、運と錯覚資産で勝負している人たちには勝てません。人間にコントロールできない運は別としても、錯覚資産に関してはまずその存在を知り、次に意識して増やそうとすれば、雪だるま式に増やしていくことができます。
ふろむださんの著書『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』には、ここで紹介した以外の思考の錯覚や、それを錯覚資産として活用する方法、錯覚資産を運用する方法などが事例豊富に詳しく解説されています。
もっと錯覚資産について知りたいという人や、「どうして実力のないあいつが評価されるんだ」「自分には実力がないから何もできない」といった鬱憤を抱えている人は、ぜひ一度手にとって読んでみてはいかがでしょうか。

参考文献『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』
