「逃げること」をやめるための心理学!こう考えてみたらどうだろう

どうすれば逃げずに立ち向かえるのか?

孫子は『兵法』のなかで「三十六計逃げるに如かず」と書き、困った時はあれこれ迷うよりも機を見て逃げを打ち、身の安全を保つことが最上の作戦であると言いました。

しかし逃げてばかりでは当然勝利や成功を得ることはできません。肝心な時には敵や課題と向き合い、戦う必要があります。

しかし一度逃げグセがついてしまうと、立ち向かうのは怖いもの。いろいろ迷った挙句、結局逃げてしまうという人も多いのではないでしょうか。ここではそのような人が「逃げる」をやめるための、心理学を根拠とした考え方を紹介します。

なかには厳しい考え方もありますが、「これなら納得がいく」「実践できそうだ」というものを選んで、取り入れてみてください。

■「怖い」「逃げたい」の正体を知る

人間の恐怖には大きく2種類があります。一つは「社会的模倣から生じる恐怖」、もう一つは「生物学的準備性から生じる恐怖」です。

社会的模倣から生じる恐怖とは、ある社会において「危ない」「危険だ」とされているようなことに対し、反射的に感じる恐怖を指します。例えば「東日本大震災の被災地の野菜は放射能が含まれていて危ない」という風評が流れたことで当地の野菜が売れなくなったのも、社会的模倣から生じる恐怖が原因と考えられます。

もちろん社会的模倣が起きるような恐怖の対象のなかには、実際に危険なものもあります。しかし同時によく考えてみれば全く危険ではないというものもあるのです。日本ではいまだにハイリスク=危険だと考えられている「投資」「独立・起業」「転職」などが含まれるでしょう。

生物学的準備性から生じる恐怖も同様です。生物学的準備性とは先天的に発達しやすくなっている脳の回路、とでも呼ぶべきもので、恐怖に関して言えば例えばクモや蛇、暗闇などに対して感じる恐怖は、生物学的準備性から生じるものです。

クモや蛇、暗闇などを恐れるのは普通ではないか、と思うかもしれません。しかし毒グモや毒蛇が存在しない国でも、子どもたちは極度にクモや蛇を恐れます。これはつまり「恐れるに足りないものにまで恐怖を感じている」ということです。結果、逃げなくてもいい場面でまで逃げ出してしまいかねないのです。

こうして「社会的模倣」と「生物学的準備性」という恐怖の正体を理解していれば、反射的に「逃げたい!」「怖い!」と思った時に冷静になることができます。「ちょっと待てよ。これって本当に危ないのか?」と考えるようになるだけでも、逃げてしまう回数を減らせるかもしれません。

■「この苦しみには意味がある」と思うことの効用

ウィーン出身の精神医学者であるヴィクトール・フランクルは、1942年に自分を含む妻と兄弟、親がナチスの強制収容所に連行されたという経験をしました。フランクルはこの際の体験を今なお世界的な名著として知られる『夜と霧』にまとめました。彼は私たちの人生における苦しみについて、次のような言葉を残しています。

苦しみは、その意味を見出されたときに苦しみではなくなる。
引用:『「生きる意味」を求めて』 p86より

フランクルが強制収容所のなかで目の当たりにしたのは、クリスマスに何人かが解放されるという噂を信じて生き延びた人たちが、デマだったと知った途端に矢継ぎ早に命を落としていく光景や、ある子どもがガス室に送られようとした時に、子どもを救うという意味を見出して「自分が代わりに行く」と申し出た神父の姿でした。

つまり私たち人間は、「助かるため」という意味さえ見出せれば生きながらえることができるし、命を失うような苦しみであっても、それに見合った意味があるのなら耐えられるということです。

確かに「気の持ちよう」と言ってしまえばそれまでです。しかし、目の前の課題や困難に立ち向かうことに意味を見出すことができれば、それは非常に大きな力になるのだと考えれば、「気の持ちよう」もバカにはできないのではないでしょうか。

「マシュマロ実験」に学ぶ逃げない方法

スタンフォード大学のウォルター・ミッシェルが行なった「マシュマロ実験」は、参加者のべ600人、期間にして50年にも及んだ大規模な実験でした。

実験そのものは極めてシンプルで、4歳児に対して「今すぐマシュマロを1つもらうか、15分待って2個もらうか」を選択させるというものです。

実験者はテーブルの上にマシュマロが1つ置かれ、「これをすぐに食べてもいい。でも15分待てば2個もらえるよ」と伝えます。のべ600人の子どもたちのうち、ここで20分待つことができたのは3分の1程度でした。

ここで注目するべきは我慢できたかどうかより、どうやって彼らが我慢したのか、です。

彼らは目を覆ってマシュマロを見ないようにしたり、マシュマロから離れた場所に立って目を背けたり、机を蹴るなどの関係のない行動をとったり、別のおもちゃで遊んだり、と様々な戦略で我慢の対象であるマシュマロから気をそらし、自制心を保ったのです。

4歳児のこうした行動は、逃げ出したくなるような課題や状況においても応用ができそうです。例えば自分の実績につながる仕事であると同時に、考えるだけで憂鬱になるほど嫌いな上司とチームを組まなければならない仕事に向き合わなければならない時に、上司のことを考えるのではなく、一つ一つの小さな仕事に集中して、なるべく上司のことを考えないようにする、といった具合です。

目を背ける、距離を置く、別のことに集中する……子どもたちがとったシンプルな戦略のなかに、自制心を働かせて課題に向き合うためのヒントがあるのです。

「人生の嘘」に気づいて課題と向き合う

『嫌われる勇気』などで世に知られるようになったアルフレッド・アドラーは、劣等感や優越感などを理由に今やるべきことを後回しにすることを「人生の嘘」と指摘しました。

・自分なんてどうせブスだから、何をしても恋人はできない。
・俺はあいつよりは成功しているから、もう頑張らなくていい。
・辛い過去があるから、今新しいことには挑戦できない。

こうした論理は、アドラーに言わせれば「原因の捏造」をしているのです。つまり、

・「自分なんてどうせブスだから」という言い訳をして、恋人を作るための自分磨きから逃げている。
・「俺はあいつよりは成功しているから」という言い訳をして、今以上の努力をすることから逃げている。
・「辛い過去があるから」という言い訳をして、新しいことへの挑戦から逃げている。

とアドラーは言います。非常に厳しい考え方ですが、これも一つの事実です。「自分なんてどうせブスだから」などと言っていても、現状は変わりません。現状を変えるためには、たとえ思い描く理想の結果が得られなくても、少しでも自分を磨いて前進するほかありません。

こうして自分が無意識のうちについている「人生の嘘」に気づき、課題と向き合うことができれば、少なくとも今よりは前に進めるはずです。

「逃げたい自分」に立ち向かえ

「逃げたい」「怖い」という気持ちは、ある程度本能から呼び起こされるものです。そのためお腹が減れば食事を摂るように、眠くなれば眠るように、「逃げたい」「怖い」と思えば逃げるというのが、いわば自然な行動です。

しかし「それではダメだ」とどこかで感じているのであれば、本能から来る「逃げたい自分」に立ち向かい、打ち勝つ必要があります。

ここで紹介した考え方は、そのための土台になってくれます。最初に実践するのは苦手な食べ物や苦手なスポーツといったちょっとした「逃げてきたこと」で構いません。

そこから少しずつ人間関係や仕事にも応用できれば、何も考えずに逃げ出すようなことはきっとなくなっているはずです。

Career Supli
ヴィクトール・フランクルの著書はぜひ一度読んでみてください。

【文】鈴木 直人 【編集】サムライト編集部