「ドンキホーテ」に入れば何かを買ってしまう
不思議と購買意欲がそそられ、昼間はもちろん深夜に足を運ぶ人も多く、日本を訪れた中国人にも大人気というドンキホーテ。筆者も系列店に入ればいつの間にか1時間近くが経過し、手には買うつもりのなかった商品が握られているという経験を何度もしてきました。ここではドンキホーテがなぜあんなにも購買意欲をそそるのかについて、「価格」「陳列」「店」の3つの観点から考えていきます。
ドンキの「驚安感」を生み出す戦略
ドンキホーテの看板には「驚安の殿堂」と大きな字で書かれています。この驚安には「驚くほど安い」という意味も含まれていますが、これより重要なのは「驚きのある安さ」という意味の方です。
つまり単に安いわけではなく、「お客様の予定調和感を外した『意外性のある安さ』」(引用:『情熱商人 ドン・キホーテ創業者の革命的小売経営論』p111)こそが、ドンキホーテのプライシングの魅力なのです。
例えば100円のチョコレートが「おまけ」としてタダでついてきたとします。確かに「お、タダでついてきた。ラッキー」とは思いますが、ここには「驚安」というほどの意外性はありません。
そして何より0円というプライシングはもはや売っている(sale)のではなく、あげている(give)状態です。このとき円という単位には全く意味がありません。
一方創業直後のドンキホーテは「もしかしたら書けないボールペン1本10円」などという売り方をしていたといいます。この10円というプライシングはまごうことなき「価格」であり、このボールペンは売り物(sale)です。
さらに「もしかしたら書けない」と安い理由もユーモアを交えて伝えており、消費者は思わず「10円!?安いっ!ダメもとで買ってみようかな」と、ちょっとしたゲーム感覚で買ってしまうわけです。
この驚安感の演出を、当社ではPC(プライスコントロール)と呼び、社員の成績評価における最重要な指標になっている。引用:前掲書p110
店内を歩いているだけで幾度となく驚きに出会ってしまう。この驚きが意図的に作り上げられているからこそ、私たち消費者は「ドンキに行くとつい買ってしまう」のです。
飲むより楽しい「深夜のドンキ」に秘密あり!

「お酒が入っていい気分。もう一軒行くのはつらいけれども、まだ家には帰りたくない」そんな深夜のテンションになると、知らぬ間にドンキホーテに足を運んでしまうという人は少なくないのではないでしょうか。
実際深夜にドンキホーテに行くと、想像以上の数のお客さんが買い物を楽しんでいます。客層も若い女の子や男の子のほかに、中年男性や外国人など実に様々です。なぜ人は「深夜のドンキ」に集まるのでしょうか。それはそこに飲むよりも楽しいエンターテイメントがあるからなのです。
このエンターテイメントを作っているのが、ドンキホーテの代名詞といえる「圧縮陳列」と「手書きPOP洪水」という2つの戦略です。
圧縮陳列は狭い面積にこれでもかというほどの数と種類の商品を詰め込む陳列方法で、「流通史に残る最大級の発明」という評価もあるほど革命的とされています。その真髄は「計算された分かりにくさ・見にくさ・買いにくさ」です。
つまり単にぎゅうぎゅう詰めにするのではなく、ジャングルの中で宝探しをするようにまだ見ぬ商品を見つけ出す楽しみを演出しているわけです。そしてこの「宝探し感」が「ドンキに行ってみよう」という気にさせ、探し尽くせないことによる「見落とし感」「後ろ髪引かれ感」が「また来てみよう」という気にさせ、「深夜のドンキ」に人を引き寄せるのです。
この圧縮陳列というジャングルの案内役を勤めるのが、もう1つの戦略「手書きPOP洪水」です。ドンキホーテに行ったことのある人なら理解できるかと思いますが、同店のPOPは文字どおり洪水のように目の中に流れ込んできます。しかもこの手書きPOP、単に価格やお店のおすすめ理由が書かれているだけではありません。
ドンキホーテの中でのPOPは「お客さまへのラブレターという位置付け」(引用:前掲書p128)とされており、ひとつひとつに各商品担当者の情熱が込められています。
各店舗には「POP職人」と呼ばれる専門アルバイトが1〜3人存在しており、情熱の込もった独特のPOPを作り続けているのだとか。この手書きPOPが時に完全に迷ってしまいそうになる圧縮陳列の中で「こんな商品があるよ」と教えてくれるため、消費者は最後まで迷わず買い物を楽しめるというわけです。
このほかにも主力商品を目立たないところに、無名だが実力はある脇役商品をメインに据える陳列方法や、売場作りに独自のノウハウを持つ「ラックジョバー型問屋」との協力など、ドンキホーテは訪れた消費者を楽しませることに余念がありません。「深夜のドンキ」が楽しいのもむべなるかな。
ドンキ流「店」の作り方
グループ総店舗数370(2017年7月25日現在)を誇る巨大チェーンであるドンキホーテですが、その店の作り方は非常に特殊です。ここまでのチェーン展開をしている場合、一般的な企業は仕入れや陳列などを中央集権的に管理して効率化を図ります。
ドンキホーテもそれを全くしていないわけではありませんが、同時に現場に驚くほどの権限移譲を行なっているのです。各店舗の仕入れ担当者が自店に合った商品を仕入れる権限を持つのは当たり前で、アルバイトに陳列棚を一列丸ごと任せたうえに、売れ残りがあった場合の尻拭い(他店への引き取り依頼など)も自分でさせる場合もあります。
一般的なアルバイトと比べると責任は圧倒的にドンキホーテの方が重くなりますが、それだけ売れたときの達成感も比べ物になりません。これがさらに「お客様の求めるものは何か?」のアンテナを敏感にし、より地域にマッチした店へと成長していくというわけです。
実際全国各地のドンキホーテに行くと、観光客や外国人向けのお土産商品が山積みにされている店もあれば、怪しげなパーティーグッズにやたらと力が入っている店もあります。
なかには独自の路線に走ろうとする店もあるようですが、一定のルールを設けつつも、基本的にはそういう動きを奨励するのがドンキホーテ流。だからこそ「一度行ってみたいドンキホーテ」「また来たいドンキホーテ」が生まれるのです。
全ては「お客様目線」のなせるワザ
流通小売業界に革命を起こしてきたドンキホーテですが、その経営を貫くのは意外なほどシンプルな「顧客最優先主義」という言葉です。顧客=消費者の目線に立つ。
このシンプルな価値観を店舗開発から業態開発や商品開発、陳列や人材開発にいたるまで徹底してきたからこそ、ドンキホーテにはえも言われぬ魅力が備わっているのです。中国人観光客を始めとするインバウンドもモノにしてしまったドンキホーテ。流通小売りの冒険家の旅は、いったいどこまで続くのでしょうか。
参考文献『情熱商人 ドン・キホーテ創業者の革命的小売経営論』

