「ビジネスの本質」は東北にあり!ハーバードが明らかにする「東北の起業家精神」とは?

ハーバードが東北で学ぶ理由

ハーバード・ビジネススクール(以下、HBS)は2012年の1月から毎年、東日本大震災の被災地である日本の東北に訪れ、「ジャパンIXP」という名のフィールドスタディを展開しています。

当初は震災の復旧・復興のサポートを含む授業としてスタートしたジャパンIXPでしたが、東北の状況に合わせて授業内容を柔軟に変更し、現在は地元の老舗企業や起業家たちに対してビジネス上の提案をする授業へと形を変えています。

ここでは元マッキンゼーで、2006年からはHBS日本リサーチセンターに勤める山崎繭加さんの著書『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか―――世界トップのビジネススクールが伝えたいビジネスの本質』から、ハーバードが東北で学ぶ理由を具体的なケースも交えて紹介します。

ハーバード・ビジネススクールで倍率6倍の授業

IXPとはImmersion Experience Programの略で、どっぷり浸かって経験して学ぶプログラムという意味を持つHBSの授業のひとつです。HBSはこれまで一貫して、様々な組織のケーススタディによってビジネススクールとしての確固たる地位を築いてきました。しかし多くの卒業生が現場に居合わせたはずの2008年の世界金融危機を受け、同校は「ケーススタディ偏重の自分たちの教育に問題があったのではないか」という疑念を抱きます。

この疑念を出発点に急速な改革を進めたHBSは、新たに「FIELD:Field Immersion Experiences in Leadership Development」というコースを必修科目として開講します。このコースの中には新興国に一週間滞在し、現地企業のサービス・商品開発のコンサルティングを行うというプログラムが組み込まれました。

実はIXPはこのFIELDが開講する前から、体験型の授業として存在していました。しかし従来のIXPはあくまで任意のプログラムであり、単位化はされていなかったのです。それが2008年以降のケーススタディ偏重教育の見直しにより、光が当てられることになります。結果2012年にIXPは2年次の選択科目として単位化され、単位化後初めてのIXPのひとつといて開催されたのが日本の東北に向けてのジャパンIXPでした。

山崎さんいわく、50万円以上の自己負担費用があるにもかかわらず、ジャパンIXPは他のIXPと比べても学生たちからの評価が非常に高いのだそうです。

開催3回目の2014年には定員30名の枠に約180名の応募があったり、4回目には定員枠が外されて37名の参加になるなど、人気ぶりは数字にも表れています。IXPでは異例の5年連続開催をしているのも、ジャパンIXPが唯一です。

東北には真のアントレプレナーシップがある!


ジャパンIXPのプログラムは一週間程度の東京滞在と、一週間程度の東北滞在で構成されています。このうち東京では相撲部屋での体験を含む伝統的な日本を知るプログラムや、ファーストリテイリング創業者の柳井正さんとのミーティングなどが行われます。しかし「ジャパンIPXで最も印象的な出来事は何か?」と問われたとき、多くのHBSの学生たちは東北の人々との出会いや体験について語るそうです。

その「人々」とは山崎さんが実際に足を使って歩き、HBSと東北双方にとって有意義な時間が過ごせるかどうかを見極めた人たちです。出自は様々ですが、一様に言えるのは誰しもにアントレプレナーシップ(起業家精神)があふれていること。そしてこのアントレプレナーシップが、世界各国から集まっているHBSの学生たちにとって、大きな刺激になっているのです。

山崎さんが著書を執筆した時点で、ジャパンIXPは5回開催され、東日本大震災から5年の歳月が流れています。その中で東北の状況も刻一刻と変わり、開催当初は「復興」がテーマに含まれていたジャパンIXPも、2016年の第5回からはテーマに「復興」の2文字がなくなります。そしてHBSの学生たちが東北で体験する内容も、「復興のサポート」ではなく「現地企業が抱える課題のコンサルティング」へと変わってきました。

この変化からは被災地としての東北が、徐々に「働きがいのある仕事場としての東北」に姿を変えつつあることがうかがい知れます。以下では山崎さんの著書から「働きがいのある仕事場としての東北」が垣間見える2つのケースを紹介します。

ケース1:「限界集落×ビジネス」という矛盾と向き合う

「Cafeはまぐり堂」(以下、はまぐり堂)は宮城県石巻の蛤(はまぐり)浜にひっそりと佇むカフェです。現在は一般社団法人はまのねとして、カフェ以外にも宿やギャラリー、自然学校にマリンレジャーのほか、漁業・農林業・狩猟などの一次産業の魅力を伝えるための事業も展開しています。店主は東日本大震災当時30歳で、奥様を亡くされた亀山真一さん。蛤浜という限界集落を、地域の魅力はそのままにどうにか継続できないかと模索しています。

HBSの学生たちがジャパンIXPではまぐり堂に関わったのは、2014年と2016年の2回。うち2016年は「限界集落における持続可能な事業とは」という課題を、亀山さんとともに解くというチームプロジェクトを実践しています。

この課題の答えのひとつは「外部から人を呼ぶ」ですが、残念ながら蛤浜にとってこの答えは最適解ではありませんでした。2014年のHBSの訪問後、はまぐり堂は全国的に有名になり、多くの人が蛤浜を訪れるようになりました。しかしまもなくして地域の人たちから、外部からの人の多さに対しての苦情が出るようになったのです。亀山さんはこれを受けて、外部から人を呼び込まずに自分たちから外部に発信し、ビジネスを成立させる経営方針へと舵を切ることに決めます。

この「地域の人たち」は、数にしてたった2人。これを聞いたHBSの学生たちは「えっ? たった2人のために経営方針を変えたの?」(前掲書p112)と問わざるを得ませんでした。ビジネスのセオリーからすれば「2人」という数字はあまりにも小さいからです。しかしはまぐり堂が認知されたのは間違いなく地域性のおかげでした。

その地域を作っている2人を犠牲にすることは、すなわち持続可能性を犠牲にすることに他なりません。HBSの学生たちは亀山さんとのミーティングを通じて、それまで考えたこともなかった「地域のためのビジネス」の現実を実感したことでしょう。

「たくさんの人に来てもらって、経済を改善したい。でもあまりにも人が殺到して、地域の良さが死んでしまっては意味がない」このジレンマは今後多くの地方が体験するものなのではないでしょうか。その解決策を模索し続けているひとりが亀山さんであり、一般社団法人はまのねなのです。

ケース2:「まちづくり」の現場に立ち会う

宮城県女川町は津波被害を受けた三陸海岸の市町村の中でも最も大きな被害を受けた自治体であり、震災前は1万人いた人口が震災後は7,000人にまで減少してしまいました。しかし同時に女川町は、首相や天皇皇后両陛下も訪問したことのある、復興のモデルとされている自治体でもあります。HBSは2012年から毎年女川町に訪問しており、山崎さんの著書には他の地域とは比べ物にならないほどのスピードで復興が進んでいる様子が描かれています。

その要因として挙げられるのが「民間のリーダーシップ」「官民連携の密度」「外部活用のうまさ」。このうち特筆したいのが「外部活用のうまさ」です。特定非営利活動法人アスヘノキボウの代表理事、小松洋介さんは元リクルートの社員でしたが、会社を辞めて地元宮城の危機に駆けつけます。

女川町に拠点を定めた小松さんは、2012年度に行った被災地初のトレーラーハウス宿泊村「エルファロ」の企画・立ち上げを端緒に、現在は「女川/地方に関わるきっかけプログラム」「創業本気プログラム」「お試し移住プログラム」などのプログラム運営を行っています。

小松さんが拠点にしようとしたのは女川町が最初ではありませんでした。小松さんは様々な被災地を巡りましたが、どこの被災地でもほとんど門前払いだったのです。そんなときに女川町に飛び込みで話に行くと「明日会議があるけど、来れる?」という返事があったのだとか。この外部の人間に対するオープンさは、女川町の復興を加速させ、現在に至るまで復興のトップを走り続ける素地を作っています。

NPOカタリバが運営する主に小中学生に学習指導と心のケアを行う、 被災地の放課後学校「女川向学館」の人たちが話を持って行った時も、女川町は「やりましょう」と即決しています。2015年3月にオープンした駅前プロムナード「シーバルピア女川」には、東北内外から集まって起業した人たちのショップがずらりと並んでいるのだとか。このような女川町のあり方を見て、HBSの学生のひとりであるユーシュー・ジョウさんは、次のような感想を述べています。

女川は、過去を振り返って悲しむのでは無く、結束力の精神、前向きであることの力、クリエイティビティの魔法を使って、再生してきたということを学びました。この女川の大きな変化を自分の目で見ることができ、光栄に思っています。引用:前掲書p208

女川町は今も20年スパンで未来を見据え、まちづくりに取り組んでいます。人生を長い目で見た場合、その現場に立ち会える体験は、HBSの学生でなくても大きな財産になるのではないでしょうか。

「アツい地方」には魅力的な仕事場がたくさんある

ここで挙げたのはHBSの学生と山崎さんたちが見た東北のほんの一部にすぎません。山崎さんの著書にはより多くの「東北の力」がレポートされています。興味のある方はぜひ一度手にとって読んでみてください。そして「アツい地方」は東北だけではありません。地方の問題が現実化するにつれ、徐々にあちこちでアツい動きが始まっています。「もっとやりがいのある仕事がしたい」「社会に貢献できるような事業を起こしたい」そんな気持ちを抱いている人は、ぜひ地方に目を向けてみましょう。そこには魅力的な仕事場が、きっとたくさんあるはずです。

参考文献
『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか―――世界トップのビジネススクールが伝えたいビジネスの本質』

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地域のためのビジネスを考えるに当たって、現地にいかないとわからないことがたくさんあるんですね。
[文・編集] サムライト編集部