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諦めるにはまだ早い
「ずっとこの仕事をやっているけど、最近全然成長できてない。向いてないのかな……」
「週末にゴルフ教室に通い始めたけど、全然成長しない。才能ないんだな……」
仕事やプライベートなどで伸び悩みの時期(停滞期)を迎えると、多くの人はその時点で自分が持つ可能性を諦めてしまいがちです。しかしそれはもしかすると、さらなる成長への道を自ら閉ざしているだけかもしれません。
ここでは著述家であると同時に合気道4段の腕前を持つジョージ・レナードさんが、武道やスポーツの達人の成長過程の観察をもとに著した『達人のサイエンス 真の自己成長のために』を参考に、諦めずに着実に成長するための停滞期との向き合い方を解説します。
「毎日成長する」ことはできない
仕事やプライベートにおける練習や経験の積み重ねの重要性を示す言葉として「毎日の成長」「日々の成長」といった言葉があります。しかし実際に毎日成長するのは、よほどの才能がなければ難しいと言えます。

というのも人間の成長の過程には上図のような「学習曲線」というものがあり、この曲線の中にはこれから成長するための準備期間である「準備期」、順調に成長するための「発展期」、そして次の成長ステージへの準備期間である「高原期(停滞期)」の3種類のステップがあるからです。つまり成長できない期間である停滞期は、そもそも最初からあってしかるべきものだということです。
しかしこの学習曲線は、基本的に右肩上がりの曲線になっており、停滞はしても後退はしていません。ところがジョージ・レナードさんが示す「マスタリー*の学習曲線」によれば、私たちの習熟度は停滞期を抜けて次の成長ステージに入ると、一度後退するとされています。
※マスタリー…「初めに困難であったことが、練習や実践を重ねるにしたがい、しだいに簡単で楽しいものに変わっていく不思議なプロセス」(引用:前掲書p2)

仕事なら脳、武道やスポーツなら脳やその他の神経、筋肉などが練習や実践によって発達すると、それまで難しいと感じていたことが嘘のように簡単にこなせるようになっていきます(A)。
しかし次の成長ステージに入ると、より高度な情報処理や運動をしなければならなくなるため、再び「うまくいかないな……」と思うことが出てきます。そうなると不思議なことに一度簡単にこなせるようになった仕事や動作までもが再びうまくいかなくなり、多くの人は自分自身に落胆してしまいます(B)。
毎日成長したい、しなければならないと考えている人にとっては、3歩進んで2歩下がるレナードさんの学習曲線は受け入れ難いかもしれません。
しかし心当たりがある人は多いでしょうし、実際レナードさんがこの考え方を雑誌『エスクァイア』やインタビューの中で発表したとき、全米の他の武道やスポーツ、仕事や人間関係、家事などさまざまな分野から多くの共感の声が寄せられています。つまりレナードさんの学習曲線は、分野を問わず当てはまる厳しい現実なのです。
「停滞期」を乗り越える方法はたった1つ

ではこの厳しい停滞期に耐え、次の成長ステージに向かって乗り越えるにはどうすればいいのでしょうか。『達人のサイエンス』は、その方法とは「正しい練習」を粛々と積み重ねることだけであり、それ以外の方法は余計な遠回りをするだけだと言います。この正しい練習とはすなわち、以下の5つの条件を満たしたものを指します。
●指導
独学で到達できるステージには限界があるため、より高いレベルに到達するためには優秀なコーチや師匠に出会い、その指導を受ける必要があります。指導者の良し悪しを見分けるポイントは「資格」「系譜」「生徒」の3つ。レナードさんは指導の成果がとりわけ表れるのは生徒だと指摘しています。
●練習と実践
マスタリーに到達する人の多くは結果や目標よりも、練習と実践そのものを重要だと考えます。確かに結果や目標も大切ですが、それはあくまで練習と実践によってもたらされるものだと考えるのです。
実際フロリダ州立大学心理学部のアンダース・エリクソン教授の調査によれば、超一流のバイオリニストは18歳になるまでに平均で7336時間もの練習を積んでいたのに対し、音楽教員になる道を選んだバイオリニストの練習量は3420時間に収まっています(『超一流になるのは才能か努力か』)。すなわち成長のためには大前提として、圧倒的な練習量が必要なのです。
●自己を明け渡すこと
独学での成長に限界があるのは、個人が把握できる思考や手段に限界があるからです。そのためより高いレベルに成長するためには、指導者や自分が知らない思考や手段に対して、自己を明け渡し、無批判に受け入れる必要があります。
指導者の意見に何か不満があっても、まずは黙って実践する。自分が今までやってきた手法とは正反対の手法でも、次なる成長に必要なのであれば今までの手法を捨てて取り入れる。そうした自己を明け渡す作業の繰り返しが、停滞期を抜け出すためのカンフル剤となるのです。
●思いの力
ボディビルの歴史を変えたアーノルド・シュワルツェネッガー元カリフォルニア州知事は、意識を集中してバーベルを1回挙げることは、集中せずに挙げる場合の10回分に相当すると言いました。実際、筋力トレーニングの世界では「どの筋肉を鍛えるか(意識性)」が、筋肉を成長させるための非常に重要な要素だとみなされています。
人間の思いの力は非常に強力で、成功したり上達したりした自分の姿をどれだけ鮮明にイメージできるかによって、結果や成長の度合いに大きく影響が生まれます。そのため日々の練習や実践においては、思いの力をフルに発揮して、集中した時間を積み重ねる必要があります。
●限界でのプレイ
ゼネラルエレクトリック社が考案したとされる「ストレッチ目標」のように、人は達成困難な目標に立ち向かうことで、次の成長ステージに上がることがでいます。
また前述したアンダース・エリクソン教授は芸術やスポーツ分野のエキスパートが、現在のレベルを少しだけ超えられるように設計された練習メニューをこなしている点に気づき、この練習を「限界的練習」と呼んでいます。
自分の限界を大きく超えるような練習や実践は、立ち直れないような挫折や怪我につながる可能性があります。そのため確実に成長するためには、限界を大きく超えないようなバランスのいい練習や実践を積み重ねる必要があるのです。これは独学では特に難しく、優秀な指導者の存在が必要不可欠となります。
停滞期なんて所詮はいつものアレ
しかし上記の5つの条件を満たした正しい練習をしたところで、停滞期が訪れないわけではありません。正しい練習はあくまで最短で停滞期を乗り越えるための手段であり、停滞期をゼロにするような力はないのです。
ところが多くの人は停滞期に入ると諦めてしまい、成長の道を自ら閉ざしてしまいます。これは「仕事を辞める」とか「恋人と別れる」といった直接的に辞めてしまうことのほかに、5つの条件を満たすような正しい練習に打ち込まなくなるということも含まれます。
このような結果になってしまうのは、停滞期に夢中になってしまっているからです。停滞期に入ったことにしか着目せず、まるで停滞期がずっと続くかのように感じてしまうと、目の前の練習や実践が無意味なものに思えてしまい、「こんなことはやっても無駄だ」と諦めてしまうのです。
しかし仕事やスポーツを始めた頃や、恋人と初めて会った頃からの学習曲線を思い出してみれば、今までに同じような停滞期は何度もあったはずです。そしてその頃から比べれば確実に自分や、二人の関係は成長しているはずです。
このように考えれば、今目の前にある停滞期も「はいはい、いつものアレね」といった具合に一歩引いた視点で見ることができ、過度に気にしなくなります。
この「停滞期なんて所詮はいつものアレ」という認識を持つことができれば、成長に必要なのが日々の正しい練習の積み重ねだけだということが自ずと見えてきます。
そしてそれができる人だけが、過酷で退屈な停滞期を抜け出し、確実に成長できるのです。
今はただ停滞期にいるだけ
成長の先には必ず停滞期があり、停滞期の先には必ず成長があります。停滞期を乗り越えて次の成長ステージに入るためには、正しい練習を粛々と積み重ねるほか方法はありません。もし本当に諦めるのであれば、この原則を前提として判断を下すべきです。
つまり「停滞期はいつか抜け出せる。しかしその結果得られる成長は、その『いつか』を待つ価値があるものか」と考えるのです。
なお、このような戦略的な諦め方については諦めても人生は終わらない!為末大に学ぶ超一流の「諦めメソッド」で詳しく解説しています。何かを諦めようか、それとも続けてみようか悩んでいる人は、こちらの記事もぜひ参考にしてください。
参考文献
『達人のサイエンス 真の自己成長のために』
『超一流になるのは才能か努力か』