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非公開のセッション内容をストーリーに
2017年の現在、ビジネスパーソンはどんなことに悩んでいるのでしょうか。開業してから6,000件以上のパーソナルセッションを実施してきた産業カウンセラーで『仕事は人間関係が9割』の著者、宮本実果さんに、セッションのリアルなやり取りをプライバシーに配慮した形で、再現したストーリーを寄稿いただきました。(第1章よりシリーズ連載中)
第二章「多様性の中で働くということ」
様々な場面で使われる多様性というワード。そこには、LGBTの問題や女性活用、働き方、考え方、価値観、信仰宗教など様々な問題が取り上げられます。
今回は同世代の異なるキャリアを持つ男女がある日、上司と部下になったストーリー「転職してきた同世代上司」をテーマに書きました。問題の本質はどこにあるのか、一緒に考えていきましょう。
Episode2 転職してきた同世代上司
転職は珍しくない時代に、みなさんどんな背景や想いがあって転職するのでしょうか?今回は転職してきた上司で悩む小林さん35歳女性(SE職)からセッション予約メールが入ってきました。
相談内容は「同世代上司の男性にイライラして仕方がない」というものです。早速、会社帰りの小林さんとカフェで待ち合わせしてお話を聴くことになりました。
小林:私、今すごくイライラしていて仕方のない日々を過ごしています。最近、仕事に集中できなくなってしまっているので、ちょっとまずいかな…。と思ってきました。
―仕事に集中できないのは辛いですね。どんなことにイライラしているのでしょうか?
小林:私、異業種転職をしてSEをやっているのですが、今の会社に入社して10年が経ちました。ずっと真面目に働いてきたつもりです。年齢も35歳なので、そろそろ自分のキャリアの変換期としてマネジャー職に就きたいなと思っています。
前のプロジェクトではサブリーダーをやっていましたが、今は、いろいろあってやっていません。でも、この現実は私なりに受け止めて、この会社で頑張っていこうと意気込んでいた矢先に、イライラの原因になっている同じ35歳の男性がプロジェクトのリーダーとして入ってきたんです。
―同じ年齢の男性が小林さんの上司になったということですね。なぜイライラするのでしょうか?
小林:そもそも、彼は1年前にこの会社に入ってきた転職者です。今までのキャリアが不明瞭ですし、弊社の風土とはまるで合わないお調子者タイプで、リーダーなのに夜勤も休日出勤も全く積極的ではなくて、ほとんど私と他のメンバーがこなしています。
転職者は悪か?

【カウンセラーの視点①】小林さんは10年勤めていた中で、サブリーダーの経験があったようですが、今はやっていないという背景が気になります。今のリーダーに対する不満と関連するヒントがあるかもしれませんので聞いてみましょう。
―小林さん、先ほど夜勤や休日出勤も自分がこなしていると話していましたが、リーダーよりも小林さんが多くこなしているのはなぜでしょうか?
小林:リーダーは前の会社で心身共に疲弊して休職を経験していたそうです。その理由は、家庭と仕事の両立に悩んで板挟みになり、この会社で両立を実現させるために前の会社よりも少し給料の落ちるこの会社に転職したそうです。だからなるべく家庭を大切にしたいんだと言ってました。
―では、休日出勤と夜勤は小林さん以外でどなたが担当されているのでしょうか?
小林:私とサブリーダーです。サブリーダーも転職してきた女性で、私よりも2歳年下です。私も10年以上前に転職してきてSEになりましたけど、異業種転職だったので、スキルがなくて立場は一番下から頑張りました。
でも、今では私もそれなりの仕事はこなせます。この会社で10年キャリアの私よりも、転職してきた二人が私の上司だなんて……。
―後になって転職してきた2人が自分の上司になって、今の企業に10年以上前に転職してきた小林さんとしては、理不尽な状況だと感じているわけですね?
小林:そうです。実は私、2年前までサブリーダーだったんです。でも激務で体を壊してしまって、この仕事は体力勝負なんだと思って、サブリーダーを自らおりました。なのに、転職してきた女性がサブリーダーになって、また転職してきた男性がリーダーになって…。はぁ…(ため息)。
真面目だけではキャリアアップはうまくいかない

【カウンセラーの視点②】2年前に体力の限界を感じてキャリアアップをあきらめている経緯がある小林さん。かなり追い詰められた様子が見えます。ここで、社内の「昇進昇格」に対する条件をどのように理解しているのか?聴いてみましょう。
―いまの会社に勤めて10年以上真面目に頑張って働いてきた中で、キャリアをあきらめた苦しい経験もされたのですよね。小林さんにとって、今の会社に勤めてキャリアアップするには、どんなことが条件だと思っていますか?
小林:転職した当初は、異業種からの転職だったので、とにかく社内での研修に参加して、戦力になるために頑張りました。
周りのメンバーとも積極的にコミュニケーションも取って、みんなとうまくやっていくことを重要視してきたんです。その頑張りが、認められて一度サブリーダーになっているので、やっぱり真面目に頑張っていくことがとても大切な条件なんだと思います。
―では、研修に参加して、周りのメンバーとも積極的なコミュニケーションをとって真面目に頑張っていけば、どのような仕事の成果を出すことができますか?
小林:そうだなぁ。やっぱりチームワークだと思います。SEは個人のスキルも重要ですが、チームで仕事をすることが多いので、そこを大切にしてきました。
―チームワークを重要視されているのですね。今、個人のスキルも大切だとおっしゃいましたが、個人のスキルには具体的にどんなスキルがあるでしょうか?
小林:プログラムの資格とかですかね。いろいろ種類があります。私は、異業種転職で、同世代の人に比べると正直、特別なスキルはありません。
自分の行動を振り返る

【カウンセラーの視点③】小林さんの中では、個人のスキルの中にプログラムのスキルなどをお話されていましたが、実は体調を崩された経験のある小林さんに、気づいてほしい重要なスキルがあります。客観的な立場で振り返ってもらいましょう。
―小林さん、この仕事を行っている中で一度体調を大きく崩されて、悔しい思いをしたご経験がありましたよね?その時は、倒れるギリギリまで一人で問題を抱えていたのでしょうか?
小林:はい、みんなも頑張っているのに、自分だけ辛いとか苦しいとか言えないと思って、とにかく限界まで頑張りました。あのプロジェクトは最後の方はもう記憶がないくらい疲れていました。
―ということは、ギリギリ限界状態まで頑張ってプロジェクトを最後までやり終えたということですね?
小林:そうですね。あの時、変な意地もあったと思います。異業種で転職したので、正直、周囲のSEより知識が少し足りなかったので、常に不安でした。何とかカバーしようと思って周りにいい顔ばかりして自分を追い詰めたところもあります。
―そうでしたか。その時の小林さんは精神的にも追い詰められて、体力的にも限界でプロジェクト終了まで必死で頑張ったのですよね。もし、自分がメンバーだったとして、サブリーダーがそのような状態で仕事をしている姿を見たら、どう感じますか?
小林:……。なんで私たちに相談してくれないんだろうと思いますし、万が一、サブリーダーが急にいなくなったりすると、自分たちの負担が増えるんじゃないかと思って不安になります…。
SOSを出すことはダメじゃない

【カウンセラーの視点④】倒れる限界まで働いた過去のある小林さん。結果的にサブリーダーを降りた経験があります。キャリアアップを望む小林さんにとって一番いい選択は何だったのでしょうか?
―ここから私と一緒に考えてもらいことがあるのですが、小林さんの上司であるリーダーがメンバーから求められることは、休日出勤や夜勤をこなす事なのでしょうか?
小林:リーダーが倒れちゃったらプロジェクトは良い結果を出せないですよね…。そう考えると、リーダーが重要とする仕事は休日出勤や夜勤ではないですよね。
とはいえ、私はサブリーダー時代に、あんなに頑張って働いて倒れてサブリーダーを降りたので、全然納得できないんですけどね。
―一生懸命頑張ったから思うこともありますよね。今回、話してみて、プロジェクトが成功して結果を出すためには、一生懸命に真面目に頑張る事も大切ですが、常にパフォーマンスに安定感が必要であるとも感じられましたが、いかがでしょうか?
小林:悔しいけれど、ほんと、客観的に考えてみるとそうでした。私あの時、プロジェクト終盤で記憶がないほど疲れ切っていましたからね。今思うと周りのメンバーからはどう見えていたんだろう…。完全に不安定なサブリーダーですよね。
―小林さんが倒れてしまうほど働いて、喜ぶ人はいませんよね。とはいえ、プロジェクトにはゴールもありますし、期日までに結果を出さなくてはいけないものです。頑張ってしまうお気持ちはわかります。ただ、その時に、小林さんが上司や同僚のメンバーにSOSを出すことも大切だったのではないでしょうか?
小林:そうだよなぁ…。確かにそう考えるとリーダーはちゃんとコントロール出来ているかも。
【まとめ】マネジメントに立つために必要なスキルとは

【カウンセラーの視点⑤】リーダーは前職で仕事と家庭の両立に失敗し、一度休職を経験しています。おそらく、その経験を踏まえて、セルフマネジメントに力を注いでいるのでしょう。一方で、小林さんは限界まで仕事を抱え、やり切ろうとしました。今後、どうすればキャリアアップできるのかを考えてもらいます。
―もしも、倒れる前にSOSを出していれば、今の小林さんはどうなっていたと思いますか?
小林:リーダーを目指すサブリーダーだったと思います。でも、あの時必死だった…。
―サブリーダーを降りる決断に至ったときは、疲労困憊が常態化して、冷静さを失い、本来のサブリーダーとしての仕事の目的を見失ってしまっていたのかもしれません。当時、乗り越える解決方法は倒れるまで働くことではなく、別の視点で冷静に考えてみることが重要でしたね。
小林:別の視点…ですか。
―そうです。厳しい言い方ですが、自分のマネジメントが出来ない人にリーダー職は任せられますか?
小林:いいえ…。みんなを不安にさせるだけだし、チームのパフォーマンスも落ちます。
―キャリアアップのチャンスはこれから考えていきましょう。まず、今の立場でSOSを出してみましょうか。
先ほど、小林さん自身がおっしゃっていた通り、リーダーは失敗した経験があって、今の仕事の進め方やセルフマネジメントスキルを身に付けたのだと思います。リーダーに相談してみるのはいかがでしょうか?
小林:そうか。この状況でSOSを出すなんて考えたことはありませんでした。できないと発言するのはダメな事だと思っていました。
―そもそも、夜勤や休日を全て小林さんやサブリーダーが背負うのが本当にベストな方法なのでしょうか?今の状況を説明して、リーダーやメンバーと一緒に考えてみてはいかがでしょうか?また体調を崩してしまってはキャリアアップを目指すどころではなくなってしまいますよね。マネジメントは相手だけではなく自分に対しても必要なことですよ。
小林:本当、そうですよね。私、今までずっと真面目に頑張っていればいつか認められるんじゃないかと思って働いてきましたけど、そのスタンスだとリーダー職につくのは難しいですよね。今やっと気づきました。
―キャリアアップには様々な視点でものごとを捉えることが重要ですよね。これから、ダイバーシティが当たり前となっていく時代で、一人一人様々な事情や考え方がありますから、お互いに黙っているだけでは、分かり合えませんよね。自分からSOSをしっかり発信出来て、相談できる体制や環境を作ることもマネジメントの重要なスキルではないでしょうか?
小林:確かに、うちの部署でも半分近くは転職者ですね。私も、もしかすると転職するかもしれないし、マネジメントスキルは今のうちに意識していかなきゃですね。
このセッションの要点

このセッション事例は、長く頑張れる仕事を探し、転職した結果、倒れるまで頑張ってしまい、結果的にキャリアアップに遅れをとってしまった35歳の女性の事例でした。
上昇志向の強い人は、つい頑張りすぎてしまい、周囲にも気を遣って働く場合が多くみられます。それは、けっして悪い事ではありません。
しかし、視野を狭めて必死にしがみついて仕事をしていると、様々な背景や視野の広いキャリア転職組に自分のポジションを持っていかれることもあるかもしれません。
逆に、自分がもっと活躍したい場所があれば、どんどん活躍の場を広げていくために転職を考えることもキャリアアップの手段の一つでもあります。
いずれにせよ、マネジャー職を目指す場合は、真面目に仕事を頑張るだけでは務まらないことが増えてきます。チームメンバーと自分自身のマネジメントのバランスを取り、仕事でいい結果を出すことがキャリアアップの近道かもしれません。
宮本 実果(みやもと・みか)/MICA COCORO代表 産業カウンセラー
1975年、札幌生まれ。フリーアナウンサー、鉄道企業本社広報、人材開発コンサルタントなどを経て、産業カウンセラーを取得。2007年、MICA COCORO(東京都渋谷区)を設立。10年間で6,000件のセッションと社員研修を行いビジネスパーソンの問題解決を多方面でサポートする。2015年から社内外で通用する人材育成を目指した「NEXT STAGE PROJECT」をプロデュース。著書は「仕事は人間関係が9割」(クロスメディア・パブリッシング)
自分を客観視できていますか?
様々な考え方やキャリアを持った人が多く入り混じったプロジェクトや組織で働くことは珍しくない現代に、自分の社内や周囲だけの視点や評価だけで自分のキャリアを考えるだけではキャリア形成が難しくなるかもしれません。
「仕事は人間関係が9割」第1章の自己分析では自分を客観視できるツールや手法を紹介しています。自分のことを客観的に考えてみることにより現在の仕事だけではなく新しいキャリア形成の道を拓くことができます。

[文]宮本 実果 [編集] サムライト編集部