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日本のホワイトカラーは生産性が低すぎる
日本の労働者全体の時間当たり生産性は、2014年のOECD加盟国34カ国中21位、先進国7カ国中最下位。これは日々オフィスで働き、多くの無駄を実感している人ならば納得の結果でしょう。今後さらにグローバル化が進んでいく中で、ホワイトカラーの生産性向上は個々の企業のみならず、日本経済全体の問題となっています。以下では株式会社経営人事パートナーズ最高経営責任者・山極毅(やまぎわ・たけし)さんの著書『稼ぐ人財のつくり方 生産性を2倍にする「攻めの人事」』を参考に、組織の生産性を高めるための3つのヒントを紹介します。
山極さんは日産自動車に1989年から27年間勤め、2010年からは経営戦略と強く結びついた人員計画「戦略的人員計画(SWP)」の導入責任者を担当した人物。そんな山極さんが著書で紹介している人事のあり方は、これまでの「守り」のイメージとは違う、「攻めの人事」でした。
戦略的人事に必須のツール「SWP」
人事というと管理の仕事というイメージが強い人も多いのではないでしょうか。これに対して山極さんは、これからの人事は一般管理部門から脱却し、積極的に経営戦略と結びつきながら「人財活用」のために機能する必要がある、としています。
そのための必須ツールが戦略的人員計画(SWP)です。これは戦略人事の目的である「利益を生む組織と人財をデザインする」(前掲書p20)を達成するために用いられるツールです。
人事業務ありきの戦略立案ではなく、経営方針を前提とした人事基本方針を基に人事業務を組み立て直すのが、SWPのやり方です。SWPは基本的には次の3つのステップで進めていきます。
①最初に、ビジネスの目標を達成するために必要な、職種、社員数、経験、知識、スキルを明らかにします。
②次に、組織の現状と将来のあるべき姿を比較して、両者の差を明確にします。
③最後に、その差を埋めるための、採用、教育、研修、人事制度、報酬制度の検討をします。
引用:前掲書p21
SWPは短期で1年、長期で5年程度のスパンで計画されます。これを実現するために必要な考え方が「適所適材」「リソースマネジメント」「タレントマネジメント」の3つです。
●ビジネスを加速させる「適所適材」
ある人にどのような仕事が向いているのかを考えるのが「適材適所」ですが、適所適材ではある仕事にどのような人が向いているのかを考えます。SWPはアメリカ生まれのツールなので、人財配置の文脈でもアメリカ的な適所適材の考え方が必要になります。また適材適所は終身雇用を前提に人を育てていく意味合いがあるので、ビジネスのスピード感が鈍ってしまいます。
これに対して適所適材は求めているポストに合った人財を採用するので、よりスピーディにビジネスを展開できます。近年日本の会社でも適所適材型の採用が増え始めているのは、ビジネスのハイスピード化に迫られているからです。
●全ての人財を数値化する「リソースマネジメント」
前述したSWPの3つのステップの前提になっているのは、人財に関する全ての要素の数値化です。でなければ「ビジネスの目標を達成するために必要な、職種、社員数、経験、知識、スキル」を客観的に明らかにすることはできませんし、「両者の差」も導き出せないからです。
それが分からなければ「その差を埋めるための、採用、教育、研修、人事制度、報酬制度の検討」もできません。この数値化を行なって、人財を定量的に把握するやり方をリソースマネジメント」と呼びます。
例えばGoogleの人事部には「3分割ルール」というものがあるそうです。これは人事部を典型的な人事畑出身者3分の1、戦略コンサル出身者3分の1、組織心理学や物理学(修士以上)の素養を持つ人3分の1で構成するというもの。このように組織のポートフォリオを作ることで、人事部のリスク分散を行なっているのです。他にも様々な切り口で人財を数値化、分析して、経営判断の材料になるよう情報に付加価値をつけるのが、リソースマネジメントです。
●タレントマネジメント
リソースマネジメントとともにSWPの両輪となるのが「タレントマネジメント」です。タレントマネジメントではリソースマネジメントで数値化した人財の情報を基に、個人のスキルや能力をどのように生かしていくかを設計していきます。ここでキーコンセプトとなるのが持続可能性です。前の世代が成長するにつれ、その下の世代が成長し、前の世代の後継者となる。この一連の流れをデザインするのです。
そのためには人財確保と育成を包括的に企画し、実行しなくてはなりません。企業によっては採用チームと教育チームが別々に動いていることがありますが、タレントマネジメントの効力をフル活用するためには全てのチームが一貫した戦略に基づいて動く必要があります。
人事の基本業務をスリム化せよ!

SWPについての解説を見て「こんなことを考えている暇があれば、とっくにやっている」と考える実務担当者は多いかもしれません。山極さんも著書の中で人事の仕事の忙しさに言及しています。しかし同時にこのようにも書いています。
平均して月2回行うセミナーで受ける質問や、実際に様々な会社の人事の方とお話しして実感したのは、9割の会社の人事は、旧来の機能から抜け出せていないということです。引用:前掲書p60
この「旧来の機能」とは、SWPを前提とする戦略人事の機能ではなく、一般管理部門としての人事の機能を指します。「こんなことを考えている暇があれば、とっくにやっている」と否定するのではなく、戦略人事についてじっくり考える時間を確保するためのやり方を考えなければならないのです。以下ではそのためのアイディアを紹介します。
●「業務委託できる業務」と「業務委託できない業務」を見極める
戦略人事の存在意義は「企業の生産性を高めること」にあります。したがって、生産性への影響が小さく、かつ社外にプロフェッショナルが存在する業務に対しては、積極的に業務委託するべきです。例えば給与計算や旅費精算、健康診断に関わる業務が該当します。一方、生産性への影響が大きく、社外にプロフェッショナルが存在する業務についても、業務委託を検討できる可能性は高くなります。例えば人事戦略コンサルや、ヘッドハンティングなどが該当します。
逆に生産性への影響の大小に関わらず、かつ社外にプロフェッショナルがいない業務に関しては、業務委託ができません。これは社内で処理せざるを得ませんが、生産性への影響が高いほど優先順位が高くなるという点については、チーム内で共有しておく必要があります。例えば組織改正や人事評価、労働組合の交渉などは、生産性への影響力が強いので優先順位も高くなります。一方、旧来の機能の代表とも言える社内調整を始め、会議運営や人事年次業務のサポートなどは生産性への影響力が弱いので、優先順位も低くなります。
・生産性への影響力大・業務委託の可能性大
・生産性への影響力大・業務委託の可能性小
・生産性への影響力小・業務委託の可能性小
・生産性への影響力小・業務委託の可能性大
人事の仕事は会社によって大なり小なり変わります。自社の場合はどのような分類になるか、自身で検討してみましょう。
●SWPに基づいて業務を再構成する
人事の基本業務をスリム化し、SWPをはじめとする戦略人事について時間と労力を投入するためには、「再構成(リエンジニアリング)」という方法も効果的です。これはSWPを基にして、人事の基本業務を目的から再構成するやり方です。
例えば採用業務の一番の目的は「欲しい人財を採用すること」です。したがって採用の準備段階で最も重要な業務は「どんな人財が欲しいのか」の見極めです。リエンジニアリングの観点からすると、採用チームはこの業務に最も時間をかけなくてはなりません。
しかし採用業務において採用チームの仕事はこれだけではありません。説明会や面接の受付、履歴書の確認など多岐に渡ります。仮にこれらを全て自分達で処理していると、「どんな人財が欲しいのか」の見極めに使える時間はどんどんなくなっていきます。そこで生きてくるのが「業務委託できる業務」と「業務委託できない業務」の見極めです。業務の中から共通化、効率化、外注化できる業務を見極め、肝心な業務にリソースが割けるようにリエンジニアリングしていくのです。
もっと生産性に投資しよう

ここでは戦略人事のごくごくさわりの部分しか紹介できていません。山極さんの『稼ぐ人財のつくり方 生産性を2倍にする「攻めの人事」』には、日産自動車時代の経験も踏まえた戦略人事の方法がより具体的に解説されています。しかし重要なのは「もっと生産性向上のために時間と人財を投資する」という視点です。「このままでもなんとかなる」と放置していれば、いずれなんともならなくなります。そうなる前に行動に移す必要があります。
参考文献『稼ぐ人財のつくり方 生産性を2倍にする「攻めの人事」』

