「会社員を辞めてみる」という選択

なぜあなたは就職したのか?

「就職しない」という生き方が、徐々にではあるものの確実に広がってきています。そうした生き方の中でも「小商い」という選択肢があることをご存知でしょうか。

ライター兼編集者として活動する鈴木雅矩さんの著書『京都の小商い~就職しない生き方ガイド~』には就職をせずに小商いという生き方を選んだ人たちの姿が生き生きと描かれています。以下ではこの本に登場する小商い実践者を紹介しつつ、「会社員を辞めてみる」という選択肢を提案します。

銭湯マニア25歳、番台になる

京都市下京区岩滝町にある銭湯「サウナの梅湯」を経営するのは、25歳の湊三二郎さんです。彼は学生時代から根っからの銭湯マニアでしたが、大学卒業後アパレル業界に就職します。

しかしうまく仕事に馴染めず、1年足らずで退職。そんな時に学生時代アルバイトをしていた梅湯が閉湯するという話を聞きます。周囲からは「やめておいた方が良い」と諭されましたが、湊さんは即決します。

しかしバイト経験はあっても経営についてはど素人です。湊さんは当時の事業計画書を見て「今の僕なら叱ってたと思います。こんな内容で、ふざけているのかって」(前掲書p31)と語ります。それくらい見切り発車の銭湯経営でした。

でも湊さんはとにかく諦めません。銭湯に寝泊まりしても、月の生活を5万円で切り詰めても、ボランティアの人たちに支えられながらなんとか辛い時期を乗り越えます。そして今や梅湯の経営を立て直し、少しずつ銭湯文化の未来を見据える余裕も生まれ始めています。

この湊さんの最大の力は、銭湯への熱量です。銭湯の文化を絶やしたくないという想いが尋常ではなく、「やめたいな」と思った時にも「自分には辞めた先の自分が想像できない。これしかない」という結論が出るのだそうです。

就職している場合、なかなかここまで覚悟を決められません。決められる人がいるとしてもごく稀でしょう。ではなぜ湊さんにそれが可能なのかといえば、湊さんにとっての銭湯経営が自分の選んだ道であることと、自分の仕事に心底納得して打ち込んでいることが関係しています。

ここには小商いならではの特徴があります。というのも手広くビジネスを展開していれば、多少なりとも納得のいかない仕事に手をつけなくてはなりません。

一方小商いならあくまで小規模なビジネスに終始するため、軸をぶらさずに仕事ができるのです。25歳の銭湯マニアの青年の生き方は、「就職しかない」という常識に揺さぶりをかけ、「知識と経験がなければ起業はできない」という思い込みも打ち砕いてくれます。

彼だけではありません。『京都の小商い~就職しない生き方ガイド~』に登場する人たちは一様に「働く」ということの新しい形を実践しています。

そしてなぜ彼らにそんなことができたのかというと、才能やバイタリティなどの特別な能力を持っているというよりは、「自分がやりたいことを実行に移してみた」という一点が他の人と違っただけとさえいえるのです。

「会社を辞めてみる」という生き方に少しでも興味のある人にとって、このことは大きな希望ではないでしょうか。

小商いを始めるための3つのポイント


本書の末尾には『ナリワイをつくる』の著者伊藤洋志さんとの対談「小商いを始めるには」が収録されています。以下ではこの対談での伊藤さんの言葉のうち、特に重要な3つをピックアップして紹介します。

人それぞれやり方がありますが、苦労している時にそこでやめないことが重要なのかなと思いました。
引用:前掲書p226

小商いは規模が小さいとはいえ事業を1つ経営することに変わりありません。そのため未経験の事態に直面する確率も高くなります。したがって苦労する時期が来るのも当たり前です。もちろん諦めも必要ですが、そこでやめないこともそれ以上に重要です。

僕のやっている仕事は、どうすればできるだけ元手をかけないで始められるかということにポイントを置いています。引用:前掲書p228

しかし仮に今から始めようとしている小商いを唯一の収入源にしてしまうと、それが軌道に乗らなくなると行き詰ってしまいます。そうではなく他に収入源を確保して置くか、失敗しても問題ない程度の資金を用意しておいて、その上で小商いに挑戦するのがベターです。

もちろん湊さんのように体当たり戦法で道が拓ける場合もありますが、大きな失敗をしてしまうと挽回するのがそれだけ難しくなってしまいます。フットワークを軽くするためにも、リスク管理には慎重さが必要です。

この仕事は現金を生み出していないけどムダな支出は減らせているとか、することで生活の質が上がるものであれば、僕のなかではそれは仕事であるととらえています。 引用:前掲書p235-236

伊藤さんの「生活の質が上がるもの=仕事」という捉え方には、「生活の糧=仕事」という一般的な考え方と全く違うものです。前者においては生活と仕事は地続きになっていますが、後者においては生活と仕事は分断されているからです。

『京都の小商い~就職しない生き方ガイド~』に登場する人たちは自分の「やりたい」という気持ちを持っている人ばかりです。自分の気持ちから出発すれば、自ずと生活と仕事は地続きになり、仕事をするように生活し、生活するように仕事をするようになっていきます。

これは会社員としても実現できる在り方ですが、自分で仕事を作って生きている人の方が実現しやすいのも事実です。

小商いをすれば働き方だけでなく、生き方もきっと変わります。今の「常識的な人生」に窮屈さを感じている人にとっては、挑戦に値する選択肢ではないでしょうか。

会社員を辞めてみる


ここまで小商いの魅力について書いてきましたが、小商いも良いことばかりではありません。『京都の小商い~就職しない生き方ガイド~』の中にも最初から経営が軌道に乗った人とそうでない人がいます。

湊さんのように収入源を一本化した人の場合で、小商いが軌道に乗らない場合は貧しい生活を送らざるを得ません。また小商いの成否には少なからず巡り合わせや運も絡んでくるため、ビジネススキルの有無に関わらず成功することもあれば失敗することもあります。

しかしそれでも小商いという働き方は魅力的です。またここまで述べてこなかったメリットとして「ビジネスパーソンとしての価値が上がる」という点も挙げられます。

受け身で雇われている人にとってマネジメントや経営といった問題は、決して自分ごとにはなりません。そうした問題を自分ごとにできない人材は自律的に仕事ができないため、しばしば組織のお荷物になってしまいます。

一方小さいながらも一度自分でビジネスを起こしていれば、マネジメントや経営を自分ごととして考える力を身につけやすくなります。自律的に働ける人材は今後も高い需要を維持し続けるでしょう。

「会社員を辞めてみる」という選択には、最終的に会社員として戻った場合にも大きな付加価値になる可能性があるのです。

働き方生き方を変える面でも、ビジネスパーソンとしての価値を高めるという意味でも、「会社を辞めてみる」という選択には大きなメリットがあるといえます。

「就職している」が当たり前の時代は終わる

クラウドソーシングのランサーズ株式会社の「フリーランス実態調査2017年版」によれば、広義のフリーランス人口は1,122万人に上り、経済規模は18.5兆円にまで拡大しています。

そう遠くない未来に「1つの企業に勤め続ける」だけでなく「就職している」さえもが当たり前でなくなる時代がやってきます。もはや無理をして会社員を続ける理由はありません。

今の働き方生き方に疑問や違和感を覚えているのなら、一歩踏み出す勇気を持ってみても良いのではないでしょうか。

参考文献『京都の小商い~就職しない生き方ガイド~』
Career Supli
まずは少額でもいいので自分でお金を稼ぐ経験をすることをオススメします。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部