Contents
その生き方で生き延びられる?
人生には数々の失敗や危機が立ちはだかります。これらは残念ながら全て回避することはできません。しかし失敗や危機に直面したときのために備えることはできます。
ここではともすれば命の危険さえある単独での登山に挑む人たちのノウハウから、人生に応用できるものを6つ紹介します。参考にしたのは月刊誌『山と渓谷』の2017年2月号、そして一人の単独行登山者である筆者の実体験です。
「登る山以外」も見渡せる地図を持って行くべし

「単独行を行う際は、普段使用している地図より、ひとまわり大きなスケールの地図も使うことをオススメします」
引用:前掲書p48
山岳ガイドであり、フォトグラファーでもある廣田勇介(ひろた・ゆうすけ)さんは、「登る山以外」も見渡せる地図の重要性を語っています。地図を有効活用するためには、自分が今どこにいるのかを把握しなければなりません。その精度が高くなるほど、道迷いのリスクは高くなります。
しかし初心者の場合、熟練者のような精度で現在地を把握するのは至難の技。そこでより大きなスケール(縮尺)の地図の出番です。これを使えば遠くに見える山と自分の位置関係で、大まかな現在地が把握できます。
仕事や人生でも「この業界だけ」「この生き方だけ」という狭い範囲で考えていては、その範囲の中でぐるぐると迷ってしまいます。
現在地を把握し、正しい選択をするためには、より広い視野で仕事や人生を見る視点が必要不可欠です。仕事ならば業界の幅を広げる。人生ならば本を読むなどして見識を広げる。そうした積み重ねが致命的な失敗や危機を防ぎます。
自分も、地形図も疑うべし

「単独で道のない山を歩くときは、常に自分も地形図も疑ってかかる必要があるんです」
引用:前掲書p33
静岡県山岳自然ガイド協会所属の登山ガイドで、ガイド地図に示されていない道を歩く「ヤブ山歩き」を単独で行う三上浩文(みかみ・ひろふみ)さんは、こう語ります。地図を読み慣れていない人からすれば、「地形図=間違いない」と思い込みがちですが、三上さん曰く間違いも多いのだそうです。
もちろん自分が地形を読み間違えている可能性もあるので、自分自身の判断さえ信用しきることはできません。経験や地図読みの技術でカバーする他ないのです。
私たちの人生には、ヤブ山歩きのように道無き道を行かねばならないときがあります。そのようなとき「信じられるの自分だけだ!」という人もいるでしょう。しかし残念ながらその考え方ではあさっての方向に進んでしまう危険があります。
経験したことのない仕事や解決策の見えない問題に直面したときは、常識や前例(=地形図)に囚われず、さらにはいっときの自分の判断にも固執せず、冷静にならなければなりません。
ときには遠回りして高台に登り、状況を俯瞰する必要もあるでしょう。これまでの道のりが無駄になっても引き返すのが最善という場合もたくさんあります。くれぐれも自分や常識、前例を信頼しすぎることのないよう、注意しましょう。
登山家加藤文太郎の「PDCA」に学ぶべし
加藤文太郎は大正から昭和にかけて活躍した登山家です。新田次郎の小説『孤高の人』や谷甲州の『単独行者』にも言及されているほか、1941年に朋文堂から出版された遺稿集『単独行』は、2000年に山と渓谷社から『新編・単独行』として再編集され出版されています。
当時まだまだ冒険的要素が強かった厳寒期の北アルプス登山を、単独で成し遂げたことで「不死身の加藤」の名を持つ彼ですが、実は非常に堅実な登山家だったことで知られています。
『山と渓谷』2017年2月号によれば、加藤は今でいう「PDCA」を絶えず回し続けたからこそ日本を代表する登山家として語り継がれることになったというのです。加藤はまず標高931m、現在の関西では登りやすい山として知られている六甲山への日帰り登山を計画し、実行に移しています。
下山後その登山の反省をし、加藤は通勤に20kgの背嚢を背負って行くようになります。そしてまた別の山への計画を立て、PDCAを回していったのだそうです。特筆すべきは加藤が徐々に山の標高や、難易度を高くしている点です。細かくPDCAを回し、少しずつ目標を引き上げていく。加藤はこれによって無茶な登山をせずに、着実に成長できたのです。
これは加藤流の失敗や危機の確率を未然に引き下げるための努力であったわけですが、これはそのまま人生に当てはまります。人生においてPDCAが持つ価値については、キャリアサプリでも「PDCAサイクルを「鬼速」にするための10の条件」などで触れてきました。PDCAは成長だけでなく、人生の危機管理のためにも必須のフレームワークと言えるでしょう。
山行プランは複数用意しせよ

登山をするときは複数人で行くにせよ、単独で行くにせよ、複数のプランを立てておくのが一般的です。自然が相手のアクティビティのため、当日になって天候が悪化したり、山に入ってからトラブルに見舞われる可能性があるからです。
順調に行けばどこを目的地にするのか、天候が悪くなったらどこで引き返すのか、体力的に歩き続けられるかどうかを判断するタイミングはいつにするかなど、様々な視点から複数のプランを立てます。
場合によっては登山自体を取りやめて、麓の観光をするというプランもアリです。最悪なのはプランを一つしか立てていなかったばっかりに、悪天候で無理をして山に入ること。これは山岳事故の典型的なパターンといえます。
これは昨今の「副業」「複業」とよく似た考え方です。たった一つの仕事や生き方にこだわってしまうと、それが会社の倒産やリストラなどの外的要因でダメになったとき、安全な道を選べません。
そのためにも「こうなったら最高だけど、ダメだった場合はこっちの道もアリ」というプランは、できるだけ複数用意しておく方が良いでしょう。
これは人生全般でも同じで「結婚する人生」「子供のいる人生」しか考えていないと、それが上手く行かないだけでアイデンティティまで崩壊しかねません。経済的な面でも、精神的な面でも複数のプランは必須なのです。
「これさえあれば生き延びられるもの」を確保すべし
仮に山で道に迷ってしまったとして、何があれば生き延びられるでしょうか。水、食料、夜を越すためのエマージェンシーシート、あるいは歩くための足やそれを守るための靴。登る山や行程によって装備は変わりますが、「絶対に持って行くもの」「何に代えても守るもの」は変わりません。
その基本があってこそ、緊急時の臨機応変な対応があります。例えば水が流れている山なら、緊急時は水を捨てて荷物を軽くするでしょうし、人里の近い山なら足さえ無事ならなんとかなるでしょう。そんなときに「先週買ったばかりの一眼レフカメラ」は命を危険に晒しかねない、重くて邪魔な荷物にしかなりません。
仕事や人生においても「これさえあれば生き延びられるもの」を把握することは重要です。「やりがい」や「楽しさ」を求めて就いた仕事にもかかわらず、実際にはそれらがなかったとしましょう。もちろん給与さえ出れば厳密な意味では生き延びられますが、精神は徐々に蝕まれて行くでしょう。
あるいは結婚した夫が、豊かな財力や整った容姿はあるものの、ドメスティックバイオレンスや不倫をするような人間だった場合も同じです。仕事や人生では「生きているだけ=生き延びている」ではありません。
自分の仕事や人生にとっての「これさえあれば生き延びられるもの」とは何か。これをよくよく精査して、死んだように生きることのないようにしたいものです。
登山って、人生だ
筆者は登山を始めてたかだか数年のひよっこです。しかしそれでも登山をするたびに「登山と人生は似ている」と痛感します。ここで挙げた6つのノウハウを仕事や人生に生かすもよし、これをきっかけに登山を始めてその哲学を体で学ぶもよし。自分に合った形で、単独行登山者たちの危機管理術を取り入れてみてください。
参考文献『山と溪谷 2017年2月号 単独行60の知恵:単独行 計画と実践、実践と危機管理、究極のソロ登山者』

