科学的思考のエッセンスと科学との「正しい付き合い方」

科学的思考は理系のもの?

日本において「文系/理系」の区別は何かと重要視されます。「文系」の人からしてみれば、「理系」の人間は理屈っぽい反面、自分たちとは違う能力を持っていると感じ、「理系」の人からしてみれば、「文系」の人間は情緒や枝葉末節にこだわりすぎて本質をすぐに見失うと感じているかもしれません。

しかし筆者はこうしたいわゆる「文系/理系」の区別にはほとんど意味はないと考えています。なぜならば学問は総じて科学的でなくてはならず、そこに「文系」と「理系」の違いはないからです。

重要なのは科学的思考ができるかどうかであり、それさえ身につければ「文系/理系」の区別は超えられるのです。ここではサイエンス作家の竹内薫さんが、自分をいわゆる「文系」だとして科学的思考を遠ざけている人のために書いた『文系のための理数センス養成講座』にヒントをもらいながら、科学的思考のエッセンスと、科学との「正しい付き合い方」を解説します。

科学的思考のエッセンス

科学的思考とはどんなものなのかを理解するために、まずはそのエッセンスのうちいくつかを解説します。

●本質を見極め、抽象化する

第一のエッセンスは「抽象化」です。例えば化学の実験は実験結果という具体的な事象を、抽象化して理論化していく作業です。数え切れないほどの実験から導き出される理論とか科学的な原理といったものは、一定の条件化における物事の本質なのです。

これは実験の現場だけでなく、仕事の現場でも同じです。科学的思考ができる人は「仕事の本質」を見抜く能力に長けています。例えば仕事を抽象化すれば「○○社への対応」と「△△社への対応」の共通点を発見し、「他社への対応」をマニュアル化できるかもしれません。

一方でいわゆる「文系」は具体論に終始してしまうため、○○社の担当者の名前や性格、好きなお菓子の銘柄や家族構成などは覚えていますが、それを△△社への対応に応用できません。

確かにいわゆる「文系」の覚えているような情報が、その企業への対応に役立つことは十分考えられます。しかし科学的思考による抽象化が効率化にもたらす影響力は無視できないでしょう。だからこそ社会も科学的思考に長けている傾向のある「理系」を重用するのです。

●前例の打破・事後の調整

第二のエッセンスは「前例の打破」そして「事後の調整」です。竹内さんは著書の中でこの2つは表裏一体の関係にあるものとしています。というのも「理系」の世界では、まず従来の理論や実験の手法(前例)を身につけたうえで、前例を打破するために何度も試行錯誤を繰り返すのだそうです。そのため科学的思考に秀でた人は前例を踏襲し続けるのではなく、成長し続けられます。

また前例の打破を実現するためには、お役所仕事のように事前の調整ばかりしていてもダメです。「とにかく結果を出して、社会や人間的な感情との調整は事後にする」というマインドが必要不可欠になります。でなければ調整している間に他の研究者に先を越されてしまうからです。

これは米シリコンバレー発の起業手法「リーン・スタートアップ」の考え方とも似ています。事後の調整を前提として試行錯誤を繰り返すからこそ前例の打破を実現しやすくなり、新しいビジネスモデルを生み出すことができるのです。

●論理的であれ、客観的であれ

第三のエッセンスは「論理性」もしくは「客観性」です。科学的な法則や理論は、論理(ロジック)の積み重ねで作られています。論理に不備があれば、どんなに新しい法則や理論も認められません。この意味で論理性は科学的思考の中でも最も基礎となるエッセンスと言えます。

ところでもともと論理の考え方はいわゆる「文系」のものです。なぜなら最もメジャーな論理の組み立て方「三段論法」は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが完成させたものだからです。哲学といえばいわゆる「文系」のイメージが強いかもしれません。しかし元来全ての学問は哲学から派生されたものです。

そうした由来があるために、哲学を海外から輸入した日本とは違い、海外では「文系/理系」の区別はさほど重要視されていません。これが「科学的思考の有無に『文系/理系』の区別は無意味」とする理由です。

科学的思考とPDCAサイクル

PDCAサイクルは、じつは科学研究の手法と非常に近いものなのです。
引用:『文系のための理数センス養成講座』p53

ビジネスパーソンにとってPDCAサイクルは必要不可欠なフレームワークであり、科学的思考にも欠かせないものです。「PDCAサイクルを「鬼速」にするための10の条件」で紹介した「仮説思考、リーン思考で動く」は前述の前例の打破や事後の調整とつながっていますし、「行動目標も必ず数値化」は抽象化の作業です。PDCAサイクルを本当に理解し、習慣化すれば、いわゆる「文系」の人でも科学的思考を身につけることは可能でしょう。

竹内さんは著書の中で自然科学の研究プロセス「観察」「仮説」「実験」「考察」を挙げ、PDCAサイクルとの共通点を指摘しています。中でも科学はPDCAサイクルのC(Check、検証)のステップを重要視します。

今科学的に真実とされていることも、検証を繰り返せば間違いが判明するかもしれない。こうした前提で検証を行い、そのたびに修正点を改善・修正して次の仮説に生かしてきたからこそ、科学はハイスピードで進化してきたのです。

PDCAサイクルを効率的かつ高速で回している企業が現在大きな存在感を持っていることを考えれば、ビジネス分野に科学的思考を持ち込めば今よりも高い成果が上げられそうです。

科学的思考の「限界」と「問題」を理解する


しかし科学的思考にも「限界」や「問題」はあります。そうした科学の持つマイナスの側面について理解したうえで、正しい科学的思考との付き合い方を考えましょう。

●「想像力」が科学の限界を決める?

科学の限界というとき、その限界を本当にもたらすものとはなんでしょうか。それは、科学が解決すべき課題の難解さなどではなく、実は人間の「想像力の限界」なのだという考えがあります。
引用:前掲書p117

竹内さんは「知識よりもイマジネーションが大切だ」というアインシュタインの名言を引いて、科学的思考における想像力の重要性について言及しています。科学が論理や実験の積み重ねであるといっても、「もしこうだったらどうだろう?」という想像力なくして、新たな発見はありません。

常識にとらわれず、想像力を働かせるからこそ、思いも寄らない理論が見つかります。アインシュタインの「相対性理論」や京都大学の山中伸弥さんがノーベル賞を受賞した「iPS細胞」などはその好例でしょう。

この想像力は、どちらかというと「文系的」な言葉です。論理をコツコツ組み立てるのではなく、時には論理を飛躍しなければ豊かな想像力は生まれないからです。つまり科学的思考の限界を超えるのは、「文系的」な想像力なのです。

●「科学っぽい」の力

世の中には科学を装った情報や悪意があちこちにあふれています。科学的思考や科学について理解せず「科学的事実なら正しいだろう」と安易に考えていると、思わぬトラブルに巻き込まれてしまいます。

私たちはこうした「科学っぽい」の力から身を守るため考え方を身につけ、正しく科学と付き合わなければなりません。ここではその方法の1つを紹介しておきましょう。キーワードは「再現性」です。

子供がごねるように「ボクはたしかに見た」「ワタシは上手くできた」と言い張っても、一度きりのことで他人が再現できないのでは、それは科学とは呼べません。
引用:前掲書p176

全く同じ条件で全く同じようにすれば、全く同じ結果が出る。これが科学における再現性であり、科学的理論の大前提です。もし「科学っぽい」の力に惑わされそうになったら、この再現性について確認するようにしましょう。

「文系」と「理系」のハイブリッドになろう!

科学的思考の有無に「文系/理系」の区別は無意味です。重要なのは抽象化や論理性といった科学的思考の本質を理解し、それらをPDCAサイクルなどの科学的な手続きに昇華させられるかどうかです。

しかも場合によってはいわゆる「文系」の素養(=豊かな想像力)が、科学的思考の限界を超える重要な役割を果たす可能性すらあります。あるいは科学の使い方や認識の仕方を間違えれば、「科学っぽい」の力に惑わされる危険もあります。「自分は文系だから」「あいつは文系だから」と「文系/理系」の区別に執着せず、両者のハイブリットを目指しましょう。

参考文献『文系のための理数センス養成講座』

 

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文系の大学なんかもういらないといった乱暴なことを言う人もいますがそれは非常にナンセンスです。AI時代には哲学などの知識が非常に重要になってきます。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部