パタゴニアはなぜ「超楽しいのにブランド力が高い企業」なのか?

仕事中でもサーフィンに行きたい!

パタゴニアでは各社員が自分の判断で、たとえ平日の勤務時間中であろうとサーフィンやサイクリング、クライミングなどのレジャーに繰り出して良いことになっています。

こんなある意味「ふざけた」働き方をしているにもかかわらず、同社のブランド力はアウトドア専門品業界の中でトップクラス。この一見矛盾する状況が実は全く矛盾するものでないことを、パタゴニア創業者の著書『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』が明らかにしています。

以下では同書を参考にパタゴニアはなぜ「超楽しいのにブランド力が高い企業」なのかの解説を通じて、同社の経営や働き方の哲学を個人の生き方として実践する視点を提案します。

「サーフィンに行かせる」企業だから

●遊びを我慢しない人たちの働き方

パタゴニアの最もキャッチーで特徴的な制度といえば、やはり「勤務時間中でもいい波がくればサーフィンに行っても構わない」という非常に柔軟なフレックスタイム制度にあります。

しかしこれは単に社員に気楽に働いてもらおうというものではなく、パタゴニアの革新性を作り上げている重要な要素である社員間の強い信頼関係が前提になった働き方なのです。

「勤務時間中でもいい波がくればサーフィンに行っても構わない」というのは「仕事を放り出して遊んでも構わない」という意味ではありません。

これはあくまできっちり自分の分の仕事を終えているか、あるいは自分がいなくなっても問題ない程度にチーム内で仕事を共有したうえで、「勤務時間中でもいい波がくればサーフィンに行っても構わない」という意味です。

この前提を満たすためには、自分の仕事がどこからどこまでなのかを把握し、それを適切に処理する責任感と、自分が遊びに行きたい時間に遊びに行けるよう仕事をこなす効率性が必要不可欠です。

また、「いい波が来た」「いい雪が降った」という自然現象にすぐさま対応できるようなフレキシブルな働き方も要求されますし、遊びに行くことをチームのメンバーが受け入れてくれるような関係を作る協調性も必要です。

普通のサラリーマンのように働くだけであれば、勤務時間中に遊びに行くのを我慢するだけで済みますが、パタゴニアの社員はそれを我慢しない代わりに自分の仕事を徹底的に最適化しておく努力をしているのです。

●社員間の信用が作るブランド力

フレックスタイム制度を悪用する社員もいるかもしれないが、優秀な社員はみな、そういう制度を設けるくらい社員を信用してくれる職場でなければ働きたくないと思っている。 引用:前掲書p280

パタゴニアには組織と個人の間に強固な信用関係が成立しています。仮に社員が信用できなければ、勤務時間中にサーフィンに出かける社員を見た経営者は仕事をサボっているのではないかと気が気ではなくなります。

だから一般的な経営者は勤務時間中は社員を拘束することで、心の平穏を保っているわけです。しかし能力が高い人ほど、自分を信用し、任せてくれる経営者を求めています。

『社員をサーフィンに行かせよう』にはTシャツにサーフパンツの格好で、机の上に両足を乗せてパソコンを操作している男性社員の写真が掲載されています。こんな仕事の仕方をしていても、「彼はきちんと結果を出す男だ」という信用があれば、何も咎める必要はありません。

結果とは本来因果関係のない服装や勤務態度に目くじらをたてるのは、経営者に社員を信用する度量がないからか、もしくは社員に能力が足りないからのどちらかです。

経営者の度量と社員の能力が揃い、かつその社員がのびのびと働ける制度を整えているからこそ、パタゴニアの組織は自律的に機能しています。それが改善と革新を生み、「パタゴニア」というブランドを維持しているのです。

「生きることの達人」を受け入れているから

●「生きることの達人」は公私を混同する

我々は、自分たちがデザインし、作り、販売している製品をみずから使いたいと考えている。だから、仕事の成果が自分にはね返る。引用:前掲書p262

創業者のイヴォン・シュイナードさんは、著書の中でイギリスの教育者であり哲学者でもあったL・P・ジャックスの「生きることの達人」についての言葉を引いています。生きることの達人とは仕事と遊びを切り分けず、どのような場面でもただひたすら最高を目指す人を指します。

パタゴニアの採用の第1原則は「パタゴニアの製品が大好きでよく買う人」(前掲書p262)。つまりプライベート(遊び)の場面でもパタゴニアを愛し、仕事にしてしまいたいと思う人です。これはすなわち「生きることの達人」といえます。

しかし世間一般では「仕事と遊びを切り分けない」という良い意味の公私混同ではなく、「プライベートを仕事の犠牲にする」「仕事のためなら遊ぶも我慢する」といった悪い意味の公私混同が奨励されがちです。

逆に生きることの達人のように仕事をしているんだか、遊んでいるんだかわからない人というのは「得体の知れない人」「怪しい人」として敬遠されてしまいます。パタゴニアは普通敬遠されてしまうようなこの「生きることの達人」を積極的に受け入れ、活用しているからこそ他のブランドとは違う地位を確立したのです。

●組織も公私混同を奨励している

パタゴニアは公私混同できる人材を雇うだけではなく、組織自体も公私混同を奨励しています。同社が1984年から設けている社内託児所「グレート・パシフィック・チャイルド・デベロップメント・センター」は、その一端です。

この託児所には生後8週間から預かる乳児室、幼児や未就学児のための年齢別の部屋が用意されています。就学児のためには学校から帰ったあとに社内託児所まで子どもたちを送迎する「キッズクラブ」というものまであります。

同社がこの施設とサービスを提供するためにかけている費用は年間約100万ドル。シュイナードさんは優秀な女性社員の離職リスクと、新たな人材の採用コストや教育コストなどを考慮すると、100万ドルの投資は利益の源泉となっていると考えています。

またシュイナードさんは著書の中で、こうした託児所制度を運営する際には有給の育児・出産休暇を8週間にする必要があると忠告しています。その理由がパタゴニアという企業の公私混同を考えるうえで、とても象徴的です。

有給休暇がないと、親になるにはどういうことなのかわかっていない若い親ができるだけ早く子どもを託児所に預け、新車だのなんだのを買うために職場復帰する事態が頻発する。生後すぐの何ヶ月かは、託児所の職員ではなく、親と絆を結ぶのにきわめて重要な時期だというのに。引用:前掲書p275

通常子育ては非常にプライベートなもので、そこまで企業が考慮する必要はないと考えるもの。しかしパタゴニアでは社員のことだけでなく、社員の子どものことまで考えて福利厚生の仕組みを考えていることがわかります。

こうした社員と組織の双方が公私混同をしているからこそ、信用関係はさらに強固なものになり、パタゴニアは「超楽しいのにブランド力が高い企業」になっているのです。

「パタゴニア的働き方」は実践できる


パタゴニアが「超楽しいのにブランド力が高い企業」になったのは「サーフィンに行かせる」「生きることの達人」といったキーワードを、言葉だけでなく制度や経営にも落とし込んできたからです。

ではこうしたパタゴニア的働き方は、パタゴニアにしかできないのでしょうか。もちろんそんなことはありません。例えば自分の仕事を徹底的に最適化して、定時で帰れない空気を読まずに帰るようにする。あるいは社内の(間違った常識)になっている休日出勤を不要にするために、仕事を最適化するなどです。

勤務時間中にサーフィンに行くのは就業規則にサインした以上難しいかもしれませんが、こうしたアクションなら不可能ではありません。

もちろん人によっては「そんなことしたら会社にいられなくなる」という場合もあるかもしれません。しかし、もし本当にパタゴニア的働き方を目指すのであれば、そんな会社からはさっさといなくなった方が賢明です。

この会社そのものを変えてしまうという発想は、「生きることの達人」になるためにも必要です。「仕事で扱っているモノ・サービスに興味が持てない」という問題を抱えている限り、良い意味での公私混同は実現できないからです。

遊ぶことを我慢しないとお金がもらえない時代、好きなモノ・サービスを仕事にしてはいけない時代は、すでに終わり始めています。転職や独立も視野に入れたうえで、ぜひパタゴニア的働き方を実践してみてはいかがでしょうか?

参考文献『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタオニア経営のすべて』
Career Supli
自分たちが一番遊んでいる人たちがつくっているブランドだからこそ、説得力がありますよね。日本法人の代表もサーフィンやスノーボードにガンガン行ってるアグレッシブな方です。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部