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今の企業は「沈みゆく泥舟」か?
規模の大小を問わず、多くの企業がハイスピードで栄枯盛衰する現代のビジネスシーンにおいて、自分の今いる企業が今後どうなっていくかを見極めるのは、ときに人生の死活問題につながります。
もし今の企業が沈みゆく泥舟なのだとしたら、一刻も早く転職し、新たなステップを踏み出すべきでしょう。しかし悩ましいのは組織が抱える問題や業績の伸び悩みが一時的な、あるいは改善できるものなのか、経営にとって致命的なものなのかの見極めが難しいという点です。
この問題を解決するために、ここではマッキンゼーの元パートナーであり、現在も数々の大企業の社外取締役を務める「企業再建請負人」小森哲郎さんの著書『会社を立て直す仕事』を参考に、「ダメ企業」の基準を解説します。そのうえで経営者ではない一社員が、どのような決断を下すべきかを考えてみましょう。
企業再生のプロに学ぶ「ダメ企業」の基準
●「ダメ企業」は課題解決のPDCAサイクルが穴だらけ
小林さんは著書の中で「胎動期」「成長期」「成熟期」「淘汰期」の4段階に事業のライフステージを分類し、「日本にある既存の産業の多くが、この淘汰期フェーズにあると言っても差し支えない」(前掲書p14)と指摘しています。
技術がものをいう胎動期、生産能力がものをいう成長期、マーケティング力・営業力がものをいう成熟期に対して、淘汰期ではこれら全てをトータルで成長させなければ生き残りにくくなります。というのも技術、生産能力、マーケティング力・営業力どの面でもメソッドが汎用化してしまい、競合他社と大きな差をつけるような伸びしろが事業自体に残っていないからです。
この淘汰期フェーズにある事業を扱う企業のうち優れた企業には、課題解決のPDCAサイクルを組織全体が自分の頭で考えて回し、正しい課題に対して正しい解決策を実行するという体質が備わっています。逆に「ダメ企業」「ちょっとマシな企業」は以下のような特徴を持っています。
※前掲書図表1−6を簡略化。
モレ・ヌケが多発せざるを得ないダメ企業はもちろんのこと、トップの能力次第で企業の業績が大きく左右されるちょっとマシな企業も、何かの拍子に沈没しかねない危険な船と言えます。
●不振企業が陥りやすい「三重苦」
これだけでも自分が今いる企業について心当たりのある人もいるかもしれませんが、以下では小林さんが挙げる「変革が必要な不振企業が抱えている症例」(前掲書p24)の典型についても見ておきましょう。それが「問題山積み」「複合汚染」「複雑骨折」の3つです。
モレ・ヌケが多発する企業においては、問題が後回し・隠蔽されやすくなるため、戦略的な問題、人材面の問題、オペレーション面の問題などあらゆる問題がどんどん積み重なっていきます。
これらは見て見ぬ振りをされるので、いつ爆発するかもわからない爆弾を抱えているようなものです。仮に問題を指摘するような人材がいたとしても無視されたり、本質的な解決には至りません。これが「問題山積み」です。
「複合汚染」は各方面の問題が複雑に絡み合い、企業の業績低迷に対して複合的に悪影響を及ぼしている状態です。この「複合汚染」を解決するためには、マクロ的な視点で問題解決に当たる必要があります。
この2つの症状が重なると、その企業の中にはいくらでも解決できる問題があるように思えてきます。目の前にある問題を解決していけば、達成感は味わえるでしょう。しかしこの状態にある企業を改革するためには、適切な順序と方法でアクションを起こさなければなりません。これを間違えると取り返しのつかない結果を招く危険があるからです。
例えば「企業は人だ!社員がモチベーション高く働ける人事制度を作ろう!」と意気込んで、人事制度の改革から始めたとします。しかし人事制度を機能させるためには、そのもととなる業績評価の基準の整備、さらにそのもととなる適切な事業計画・事業戦略が必要不可欠です。これらを無視して人事制度だけをすげかえても、新制度が機能しないどころか、企業全体の改革に対する士気まで削ぐ危険さえあります。
ダメ企業は「もうどうにもならない」のか?
課題解決のPDCAサイクルが穴だらけなうえに、すでに不振企業の三重苦にまで陥ってしまっているダメ企業には、もう手の施しようがないのでしょうか。もちろんそんなことはありません。慎重かつ適切な対応をすれば、十分活路は見出せます。
事実、小林さんは著書の中で自身が対照的な2つの企業を立て直した事例を詳しく解説し、それが実現可能であることを証明しています。同書では事例から引き出せるいくつかの重要ポイントを紹介していますが、これを読むと1つの共通点があることに気づきます。それは「経営をマネジメントする立場から、全社的に企業体質改善に乗り出す必要がある」という点です。
例えば小林さんは、改革において確実性の高い利益成長策である「Shrink to Grow(効率化から規模拡大へ)」の採用が必須であるとしています。これは多少売上が犠牲になっても、まずは収益性を徹底して高め、それから売上規模を拡大していく施策のことです。仮にこれを営業部だけ、製造部だけで実行しても、大した効果は上がらないでしょう。
小林さんが著書の中で明言しているわけではありませんが、「経営をマネジメントする立場から、全社的に企業体質改善に乗り出す必要がある」ということは、「経営をマネジメントする立場」にいなければ抜本的な改革を成功させるのは極めて困難であるということです。
企業の体質改善に乗り出すか?それとも見限るか?
もちろん経営をマネジメントする立場にいなくても、企業体質の改善は不可能ではありません。しかしそこに投じる時間と労力を考えると、場合によっては組織を見限り、外の世界に飛び出したほうが得策です。
私が体験した事例では、改革がスタートして3ヶ月で「なんとなくうまく行きそうだ」という予兆が現れ、6ヶ月後には、一部業績数字が上向き、多くの改革アクションが取られ始め、「このままいけば改革全体がうまくいきそうだ」との確信が得られる。成功するときは短期のうちに事が起きる。
引用:前掲書p31
小林さんは成功する改革の時間設定として、仕上がりも含めて長くて4年、通常で2〜3年としています。逆に5年以上かけてしまうと、人材が疲弊してしまうため、失敗に繋がりやすいのだと言います。これは仮に経営をマネジメントする立場にあっても企業の体質改善には気力・体力が必要だということです。
そうでない立場の人間が挑戦するとなれば、必要な労力と時間は何倍、何十倍にもなるでしょう。いうまでもなく、その努力が報われる保証はありません。
もし今いる企業が「ダメ企業」なのなら、その場で踏ん張るという選択肢はあまりにもリスクが高すぎます。自分の人生を俯瞰したうえで、適切なリスクヘッジをするべきでしょう。
自分の人生を守れるのは、自分だけ
企業に長く勤めているほど、同僚だけでなく組織そのものへの愛着が湧いてくるのも人情です。しかし「ダメ企業」は、どんなに尽くしても自分の人生を守ってはくれません。自分の人生の責任を取れるのは、自分だけです。
この事実を冷静に認識し、今いる企業を見つめ直したとき、その結果が「ダメ企業」なら、転職や起業という選択肢を視野に入れる必要があります。転職や起業は一見リスキーな選択肢ですが、「沈みゆく泥舟」を守り続けるよりも、よほど安全で建設的な判断なのです。
参考文献『会社を立て直す仕事』

