「自分にどんな仕事が向いているのかがわからない」「キャリアやこの先の人生を考えたときに、このまま今の仕事を続けていて大丈夫なのか不安になる」そんなキャリアの悩みに直面したことは、誰しもあるのではないでしょうか。とくに職業の選択が自由な現代社会において、数ある仕事のなかから自分に向いている仕事を見つけるのは至難の技にも思えます。
そんなキャリア悩みに対し、科学的根拠(エビデンス)に基づき「キャリア選択」という正解のない悩みに答えを出す方法を具体的に解説しているのが、鈴木祐氏の『科学的な適職』。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねた鈴木氏が、キャリア選択における7つの法則をはじめ、適職を選ぶ際のポイントを紹介した書籍です。今回は同書をもとに、キャリアに悩んでいる人が適職を知るうえでおさえておきたいポイントを解説していきます。
適職とは「幸福が最大化される仕事」のこと
そもそも適職とは具体的にどのような仕事を指すのでしょうか? 同書で鈴木氏は「毎日のタスクを通して生活の満足感が上がり、喜びを感じる場面が増え、悲しみや怒りなどのネガティブな感情を減らしてくれるような仕事」として、適職を「幸福が最大化される仕事」と定義しています。
しかし実際は世の中の7割ほどの人が就職や転職に失敗し、適職に就くことができていません。ハーバードビジネススクールが世界40カ国にいるヘッドハンターや人事の責任者1,000人にインタビューした調査によると、就職と転職の失敗理由の7割が、視野が狭かったことに起因しています。
これについて鈴木氏は「そもそも人類は職業選択に向いていない」と指摘しています。この理由の一つが人類は長い歴史の中で現代におけるまで職業選択をする機会に恵まれなかったために、大量の選択肢を前にすると不安や混乱という感情に襲われて冷静に判断できなくなってしまうこと。
もう一つが、偏見や思い込み、思考の歪みといった「脳のバグ」です。
つまり適職に就くためには、職業を選ぶためのポイントを理解した上で、脳のバグに立ち向かうためのプロトコルを決め、意思決定を行うことが大切だと鈴木氏は言います。これを実行するために、(1)仕事に対する幻想から目覚めること、(2)仕事を選ぶ上で重要な着眼点をチェックすること、(3)幸福な仕事選びを妨げる要素を把握すること、(4)人間の脳のバイアスを知ること、(5)仕事の満足度を測ること、という5つのステップを同書では指南しています。
次の章では人間が本当に幸福を感じる仕事を知る上で鍵となる、仕事を選ぶ上で重要となる、視野を広げるための着眼点について、詳しく説明していきます。
キャリア選択を誤らない! 仕事を選ぶ上で重要な7つの着眼点
職業選択において人間は視野が狭くなりやすく、その結果誤ったキャリア選択をしてしまうことが前述されました。では、そんな視野狭窄を防ぎ発想の幅を広げるために重要な職業選択の着眼点はどのようなものなのでしょうか。

1. 自由な職場で、仕事に裁量権があるか
まず鈴木氏は、最も仕事の幸せを左右する要素は「自由」だと指摘しています。会社の自由度について調べた台湾の研究でも、自由な職場で仕事に裁量権があるほど、労働者の満足度は上がって離職率は下がり、ネガティブな感情に襲われにくいという結果が示されています。
自由業であればこの視点は不要かもしれませんが、もし企業で働くのであれば「労働時間はどこまで好きに選べるのか」「仕事のペースはどこまで社員の裁量に委ねられるのか」はチェックした方がいいでしょう。
2. 達成感や仕事を進めている手応えがあるか
次に注目したいのが、仕事の達成感があるかどうか。2011年5月に発刊されたハーバード・ビジネスレビューに掲載された「仕事のモチベーションを高める最大の要素は何か」という調査によると「人間のモチベーションがもっとも高まるのは、少しでも仕事が前に進んでいるとき」つまり「達成感」という結果が導き出されました。
ちなみにこの達成感は、仕事に関連していれば小さなことでも問題ないということ。そのうえで適職探しの際には「仕事のフィードバックはどのように得られるか」「仕事の成果とフィードバックは切り離されていないか」という達成を感じられる職場環境が整っているかどうかをチェックすることが大切だと鈴木氏は言います。
3. 性格テスト「防御焦点」のタイプに当てはまっている仕事か
同書の一章で「性格診断は適職診断に当てはまらない」と記されていますが、唯一職業選択に役立つ性格テストとして鈴木氏は「防御焦点」を紹介しています。これはコロンビア大学の研究などで仕事のパフォーマンス向上の効果が証明されているテストで、人間のパーソナリティを「攻撃型」「防御型」という2タイプに分類したものです。
簡単に説明すると「攻撃型」は「目標を達成して得られる利益に焦点を当てて働くタイプ」で、「防御型」は「目標を責任の一種として捉え、競争に負けないために働くタイプ」。前者はコンサルタントやアーティスト、テクノロジー系やソーシャルメディア系、コピーライターなどの仕事が、後者は事務員や技術者、経理やデータアナリスト、弁護士などが向いているそうです。
この「防御焦点」において自分がどちらのタイプなのかをチェックした上で、仕事を選ぶといいと鈴木氏は言います。テストをしてみたい方は「防御焦点」で調べてみてください。
4. なすべきことやビジョン、評価軸は明確か
企業に勤めるのであれば、その組織において評価方法や賞罰は明確かどうかも見極める必要があるでしょう。たとえば正当に評価されず賃金にも不公平感があると、従業員のモチベーションは保たれません。
もう一つ大切なのが、タスクの明確さや組織のビジョンが明確かどうかです。自分が負うべき役割が不明瞭で、上司からの指示も一貫しないものであれば、その人は存在意義を感じられず、タスクが不明瞭であるために成果も出ないかもしれません。
そのため企業を選ぶ上では「会社に明確なビジョンはあるか」「そのビジョンを実現するためにどのようなシステム化を行っているか」「人事評価はどのようになされているか」「個人の貢献と失敗を目に見える形で判断できる仕組みは整っているか」を採用面接やエージェントに確認するようにしましょう。
5. 仕事の作業内容は多様か
人間はどのような変化にもすぐに慣れてしまうという、心理学でいう「快楽のウォーキングマシン」という現象が起こり得ます。もし念願の職についたとしても、すぐに慣れてしまうということです。
この現象を克服する唯一の方法として鈴木氏が紹介しているのが、「多様」の考え方。つまり「日常の仕事でどれくらいの変化を感じられるか」が大事だということです。職業を選ぶ際には「自分がもついろいろなスキルや能力を幅広く活かすことができるか」「業務の内容がバラエティに富んでいるか」もチェックできるといいでしょう。
6. 組織内に助けてくれる仲間がいるか
給料の多さや仕事の楽しさ以上に人生の幸福を左右するもの、それは組織内に助けてくれる仲間がいるかどうかだと鈴木氏は言います。実際に職場における人間関係についてアメリカで500万人を対象に行なった調査によると、「職場に3人以上の友達がいる人は人生の満足度が96%も上がり同時に給料への満足度も2倍になる」ほか「職場に最高の友人がいる場合は、仕事のモチベーションが7倍になり作業スピードも上がる」という結果が導き出されています。
そこで着目したいのが、その組織に自分に似た人がどれぐらいいるのかということ。人間は自分に似た要素を持つ人を好きになりやすいという「類似性効果」があります。外見やファッション、文化的な背景など、面接や職場訪問時に確認するようにしてみてください。
7. どれだけ世の中に貢献できる仕事なのか
シカゴ大学が行なった「高い満足度を得やすい職業とはどのようなものか」という調査によると、最も満足度の高い仕事のトップ5は順に聖職者、理学療法士、消防員、教育関係者、画家・彫刻家という結果になっています。この結果について調査を行なったトム・W・スミス氏は「満足度が高い仕事とは、他人を気遣い、他人に新たな知見を伝え、他人の人生を守る要素を持っている」ことだとトップ5の仕事の共通点を示唆しています。
つまり世の中の役に立てる、社会貢献できる仕事ほど満足度が高いというわけです。とはいえ違法な仕事を除き、他人の役に立たない仕事というものはありませんよね。その上で鈴木氏が大切だというのが「自分の仕事が他人の役に立ったという事実を可視化しやすいかどうか」だと言います。その点では直接お客さんと触れ合うような接客業やクライアントと直接仕事をする職業の方が、役に立ったという実感を抱きやすい傾向にあるでしょう。職業選びをするうえではこの「貢献」という視点も大切にしてみてください。
長期的&広い視野を持って職業を選ぼう
職業の選択肢が広がり、働き方も多様化する現代日本において、自分に合った仕事を選べる状況にあることは幸せなのかもしれませんが、その反面特にやりたいことがない人にとっては選択に困ってしまう状況でもあります。またやりたいことがある人にとっても、そのやりたいことが自分のキャリアにとって正しい選択なのかどうかを確かめるのは難しいものです。
この記事で紹介した7つの着眼点は、そんなキャリア悩み、職業選択における不安を解消する手がかりになるかもしれません。ちなみにこの記事では紹介しきれていないことが同書にはまだまだたくさん記されています。より意思決定の精度を上げて、適切なキャリアを選択したい方はぜひ書籍も読んでみてください。
[文]中森りほ [編集]サムライト編集部