2030年、自動化によって遥かに多くの雇用が生まれる理由

2025年までに8,500万人の雇用が脅かされる?

テクノロジーの進化により、私たちの生活は急速に便利で快適なものとなっています。とくにAIやロボティクス分野の成長はめざましいものです。たとえば米研究開発企業がオープンAIとして公表した言語AI「GPT-3」を活用したアプリは2021年には300を超え、短文やキーワードを入力するだけでブロガーレベルの文章を自動執筆。また、医療現場ではAIを組み合わせたロボットが外科医を補助し、手術を行うなど、AIやロボットが私たちの仕事場にも浸透しつつあります。

そんななか懸念の声が上がっているのが、人間の仕事がAIに奪われてしまい、路頭に迷うのではないかということ。しかしAIが雇用へおよぼす影響はネガティブなものだけではありません。『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』では「自動化によって失われる雇用より、新しいものに置き換わる雇用のほうがはるかに多い」と指摘されています。同書はイーロン・マスク(スペースX、テスラCEO)、エリック・シュミット(Google元CEO)やクリントン元大統領らが支持するシリコンバレーのボスことピーター・ディアマンディスと、ジャーナリスト兼起業家のスティーブン・コトラーが、この先10年のビジネス・産業・ライフスタイルを解説した本です。以下では自動化によって遥かに多くの雇用が生まれる理由について、同書を参考に紹介していきます。

人間を機械に置き換えるより、人間と機械が協力した方が生産性は向上

これまでの歴史でも産業革命による機械化、インターネットの普及で労働者の雇用が脅かされたことは幾度となくありました。たとえばアメリカにATMが登場した1970年代、銀行社員の大量解雇が懸念されましたが、実際はATMにより窓口業務の負担が減少。銀行の拠点数は40%、銀行員の数も増加しました。また、法律事務所が開示手続き支援ソフトウェアを導入した1990年代のアメリカでは、弁護士を補佐するパラリーガルや助手が仕事を失うと予想されましたが、これも外れます。ソフトウェアの導入によりそれまでよりも膨大な法律関連の資料が発掘され、その膨大な資料を調べる人手が必要となり結果的にパラリーガルの雇用数は増えたからです。

また2018年7月発行の『ハーバード・ビジネスレビュー』誌でアクセンチュアのジェームズ・ウィルソンとポール・ドアティも「人手を減らすためにAIを使うと生産性の向上は一時的なものになる。1500社を対象としたわれわれの調査では、人間と機械が協力したときに最大のパフォーマンス向上が見られた」と説明。実際に自動車メーカーのBMWが完全自動型の組み立てラインから、人間とロボットが協力する形に置き換えた結果、生産性は85%向上したといいます。つまり生産性向上に一番寄与するのは機械やAIそれ自体ではなく、人間が機械の性能を引き出したときなのです。

そもそも企業の経営者の目的は、生産性を高め、効率よく利益を上げることです。生産性向上が望めないのであれば、やみくもに人件費だけを削減するという判断はしません。つまり人間の仕事をそのままAIに置き換えるというのは経営者として賢明ではなく、最も生産性向上が見込める人間とAIを協力させるスタイルこそが今後増加するであろうことが考えられます。

AIの台頭により9,700万人分の新たな雇用が生まれる

AI台頭と同じく、インターネット台頭時も雇用の減少が懸念されました。しかしこれも見込み違いでした。マッキンゼーは、インターネットによって失われた雇用の2.6倍にもおよぶ新たな雇用が、インターネットによって生み出されたという調査結果を発表。ロシアやアメリカなど対象国13ヵ国すべてにおいて、インターネットの普及によりGDPは10%拡大し、その成長はいまも続いているといいます。

インターネット台頭時と同じように、世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2020」では、AI台頭により9,700万人分の新たな仕事が生まれることも予測。とくに求人が増加すると予測されるのが、介護、保育、看護などに形成されるケアエコノミー、第四次産業革命関連のテクノロジー業界(AI等)、コンテンツ創造の分野です。レポートでは「マネジメント、指導、意志決定、推論、コミュニケーション、交流等のタスクでは、機械に対する人間の相対的な優位性は保持される」と指摘されており、今後はそういった職種のニーズが高まることが予想されるでしょう。

AIやテクノロジーなどの技術を使いこなす能力や、機敏さを身につけよう

今後失われる雇用以上に多くの新しい雇用が生まれるとはいえ、ドライバーや倉庫業、小売業の従業員など、近い未来まるごと機械に置き換わり消失してしまう仕事も少なくありません。ゴールドマン・サックスは、自動運転車によって毎年30万人の運転手が職を失う説を唱えています。一方で、こうした変化が起きるのは25年先とも指摘。つまり私たち労働者にとって今後鍵となるのは、こうした自動化の影響が社会全体に広がる前に、新たなスキルを身につけ、来る時代に備えることです。

幸いなことに教育分野もさまざまなテクノロジーの恩恵を受けています。VRを使った学習や、AIがコントロールする学習カリキュラムなどが進歩。経営層は労働者を再教育しやすく、労働者自身も新たなスキルをスピーディーかつ容易に身につけられるようになってきました。

そのうえで同書では労働者として今後大切になってくるのが、何かの仕事に習熟することよりも、AIやテクノロジーなどの技術を使いこなす能力や機敏さだと指南しています。同様に実業家の堀江貴文とメディアアーティスト・博士の落合陽一の共著『10年後の仕事図鑑』でも、これからの時代はAIを使いこなし価値を生み出す高い視座をもつことが大切だと記されています。AIそれ自体に「これがやりたい」といったモチベーションやゴール設定能力はありません。つまり「何をやるかが決まっていない状況」ではAIよりも人間が勝ります。やりたいことは人間が決め、AIなどのテクノロジーを活用して目的を達成する「半人力半AI」というビジネスの進め方が今後一般的になるはずです。

未来に備えるためには、継続的に学び続けることが必須

このようにAIは人間の雇用を奪う存在ではなく、より良い未来に備えるための人間のパートナー的存在だと言えます。とはいえ単純労働などはAIが担ってくれることが予想されるため、今後労働者は単純労働ではなく、より「何をやりたいか」といった意思や「どうAIを使いこなして目的を達成するか」という戦略立案・遂行力などが求められるようになるでしょう。落合陽一も先述した書籍で「存在自体に人に対する訴求力のある人になれ」と論じています。

日本でも少子高齢化や人手不足問題が叫ばれていますが、人間とAIの共存がうまくいけば、これら多くの問題が解決できるはずです。さらにテクノロジーによる進化圧と人材市場に対し淘汰圧をかけることで、これまで不当に搾取されてきた労働者も効率的に働ける道が開けるのではないかと考えられています。

ピーター・ディアマンディスとスティーブン・コトラーは「これからの10年で起ころうとしている100年分の技術変化に対応するのは容易なことではない」としたうえで「この未知の領域を切り開いていくための唯一の方法と考えているのは、常に、そして継続的に学び続けること」と話しています。AIやテクノロジーに親しみつつ、継続的に新たなスキルを身につけ、知識を学び続けることこそ、未来を生き抜く力となるようです。

参考文献

https://jp.weforum.org/press/2020/10/recession-and-automation-changes-our-future-of-work-but-there-are-jobs-coming-report-says

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210528&ng=DGKKZO72327260X20C21A5TEC000

[文]中森りほ [編集]サムライト編集部