Contents
「質問」で人間関係は変わる
「どうにも初対面の人と打ち解けられない」といった悩みは多くの人が抱えているものです。あるいは「顧客や家族を説得できない」「いつも議論で負けてしまう」といった悩みを持つ人も少なくないでしょう。
こうした悩みの原因の一つが「自分の意見や話ばかりして、質問をしていない」です。つまり質問の技術を身につければ、少なからず人間関係は変わるのです。ここではみらい総合法律事務所代表パートナーを務める弁護士・谷原誠さんの著書『「いい質問」が人を動かす』を参考に、弁護士仕込みの質問の技術を紹介します。
人の脳は質問に反応する
UCLA医科大学准教授であり、各国企業や英国政府のコンサルタントとしても活躍する心理学者ロバート・マウラーさんの著書『脳が教える!1つの習慣』によれば、人の脳はたとえどんなにくだらない質問、奇妙な質問でも、それを受け入れてじっくりと考えるのを好むのだそうです。つまり私たちの脳は「質問されるとつい考えてしまう」という習性がある、ということです。
人は考えたことを話したくなるので、そこで初めてコミュニケーションが成立します。自分の意見や話ばかりをしているとさもコミュニケーションができているように錯覚しがちですが、実は質問なしではコミュニケーションは成立しないのです。
しかし「何でもいいから質問をする」というのでは、良好なコミュニケーションにはなりません。正しく質問をするためには技術が必要です。以下では質問の基本から初めて、「人に好かれる」「人の心を動かす」「人を育てる」「人に勝つ」の4つのテーマに分けて、質問の技術を学んでいきましょう。
知っておくべき「質問の基本」

本当に自分が欲しい情報を手に入れるためには、質問を始める前に次の4つのポイントをあらかじめ確認しておく必要があります。
1.質問の目的は何か?
→相手から情報が得たいのか、相手に好かれたいのか、もしくはねじ伏せたいのか……まずは質問の目的をはっきりさせなければ質問の型も、以下で紹介する質問の技術も選択できません。
2.相手はその質問に最適な人物か?
→道に迷ったとき、旅行者然とした人物に道を聞いても欲しい情報は得られないでしょう。したがって何を聞くかと同じくらい、誰に聞くかは重要です。
3.質問のタイミングは適切か?
→「いつ聞くか」も重要です。相手が忙しそうなときなどタイミングを間違えて質問をすると、望む結果が得られにくくなります。
4.もっと適切な質問はないか?
→その質問が自分の目的と一致しているかを考えることも必要です。自分の話をつまらなそうに聞いている相手に「なぜつまらなそうに聞いているの?」と質問するのは不適切でしょう。これを「○○さんはどんなことに興味がおありなんですか?」と言い換えれば、コミュニケーションは加速します。
以上を踏まえたうえで、4つの質問の技術を身につけていきましょう。
質問で人に好かれる技術
質問によって相手に好かれるには、単純に「相手が聞いて欲しいこと」を質問するだけでかまいません。人は誰でも自分が得意な分野について話すのは気持ちが良いからです。しかし問題は「相手が聞いて欲しいのはいったい何なのか?」がわからないことです。この問題を解決してくれるのが「ティッピングポイント」と「質問ブーメラン」です。
ここでのティッピングポイントとは「会話が盛り上がるポイント」のことです。例えば仕事関係の質問には反応が鈍かった相手が「そういえばお子さんは元気ですか?」と質問した途端に口が滑らかになったとき、それがティッピングポイントです。
これに気づいたらできるだけ口を挟まず、相手が話すに任せることが重要になります。そうすれば相手は「この人は自分の話したいことを聞いてくれる」と感じて、好印象を抱いてくれます。
ちなみに谷原さんがティッピングポイントになりやすい話題として挙げているのは「自信がある話題」「関心がある話題」「心地よい話題」の3つ。これらについて事前情報があれば積極的に活用していきましょう。
事前情報がない場合に効果を発揮するのが「質問ブーメラン」です。例えば相手が「今度の大型連休はどこかに行かれるんですか?」と質問してきたとします。この場合、相手には「大型連休」に少なからぬ関心があると言えるでしょう。
そこで自分の話は簡単に済ませて手早く「○○さんはどんなご予定なんですか?」と質問をブーメランで返すのです。すると相手は「実はね……」と話してくれるはず。相手のティッピングポイントがわからない場合は、この「質問ブーメラン」で相手の質問を最大限利用してみましょう。
質問で相手を動かす技術
人が何か行動を起こすのは主に「自尊心を満たす」「自尊心が傷つくのを回避する」いずれかが原因です。質問で相手を動かそうとするときは、このどちらかを刺激することが重要となります。そのためまずは「○○したい」「○○したくない」という相手の感情を刺激する質問をする必要があります。
そしてその感情に対して相手が理性的に説明がつけられるような質問を重ねれば、質問によって相手を動かすことができるのです。この「感情→理性」の順番は、人を動かすときの大前提です。
しかしティッピングポイント同様、ここでも問題となるのが相手の「○○したい」「○○したくない」がわからないということです。これを解決してくれる方法の一つが「仮にクエスチョン」。
例えば自社の製品の購入を迷っている顧客に対して、「仮に○○だったら、ご検討いただけますか?」「仮にご検討いただくとしたら、どういった点を改善すればよろしいでしょうか?」といったように質問するのです。
「仮に」という言葉は相手の心のハードルを下げ、答えやすくしてくれます。すると相手の「○○したい」「○○したくない」という本音がポロリとこぼれる可能性も高くなるでしょう。相手に動いてもらうためには、とにもかくにもこの本音を探り出すことが重要です。
質問で人を育てる技術
質問をすると人の脳は自然と答えを考え始めます。しかしティッピングポイントになるような話題ならともかく、自分を否定する質問やよく考えなければならない質問は脳にとっても苦痛です。それが上司からの「どうしてこんなこともできないんだ?」という質問ならなおさらです。
このような苦痛を与える質問ばかりしていては、その部下とのコミュニケーションはどんどん難しくなる一方です。コミュニケーションなしに人材育成はできません。
そのため、部下に対しても相手に気持ちよくなってもらえるような質問をする必要があります。この質問をするときの手順が以下の3つのステップです。
1.相手の行動もしくは行動の理由を正当化する。
例:メモを取らない部下に対して理由を聞くと「自分はメモをとらなくても覚えられる」と言うので「なるほど、それはすごいな」と正当化。
2.本人の行動の理由とは別の理由を挙げて、行動を変えるよう迫る質問をする。
例:「私や他の先輩が、君がどこまで指導を受けているかをすぐに確認できるようにしておきたいんだ。簡単でもいいからメモをとっておいてくれないか?」
3.相手が行動を変えたら賞賛し、継続するように期待をかける。
例:(メモを確認して)「○◯さんはここまで教えてくれたんだね。じゃあ今日は新しい仕事をやろうか。メモをとっておいてくれて助かったよ。これからも頼むね」
しかし「やる気が感じられない」「成果が出ない」というように、どうしても正当化できない部下の行動や態度もあります。とはいえこれも「やる気を出せ!」「成果を出せ!」と言ったところで問題は解決できません。
ここで重要になるのが質問の「ポジティブ変換」です。質問の仕方を変え、相手の「○○したい」「○○したくない」を聞き出していくのです。例えば「なぜどんなにやる気がないんだ?」は次のように言い換えることができます。
・「どんなときにやりがいって感じる?」
・「今の仕事にやりがいを見出すにはどうすればいいと思う?」
・「どうした?何か嫌なことでもあったのか?」
あるいは「なぜお前は成果が出せないんだ?」を言い換えると次のようになります。
・「君の二つ上の○○先輩はすごいよな。彼はどうしてあんなに成果が出せるんだと思う?」
・「うまくいかない理由を一緒に考えてみないか?」
・「お客様がどんなことを考えているか、少し考えてみないか?」
上司が部下に対して追い詰めるような質問(「なぜどんなにやる気がないんだ?」など)や叱責(「成果を出せ!」など)をする目的は、部下を萎縮させるためではないはずです。こちらの期待に応えて欲しいのであれば、それ相応の質問で相手に変わってもらいましょう。
「勝つ」ためのダーティ・クエスチョン
最後に「勝つ」ために絶大な力を持つ、ややダーティな質問の技術「誤導質問」を紹介します。これは事実と反する結論を導く危険があるとして、法廷では禁止されているテクニックです。谷原さんは著書の中で弁護士が債権回収をする場面として、次のような例を挙げています。
「300万円を支払ってもらうことになりますが、すぐ払えますか、それとも1週間くらい待ちますか?」
「ちょ、ちょっと無理です。色々相談しないと」
「しかし、とにかく今すぐいくらかでも払ってもらわないといけないんですが、10万円にしますか、それとも20万円可能ですか?」
「では10万円でお願いします」
「それと、先送りになるからには、ペナルティがつきます。保証人をつけますか、それとも何か担保がありますか?」 引用:前掲書 p139〜p140
本来あるはずの「払う」「払わない」という選択肢を隠してしまい、最初から払うものとして質問を進めてしまう。これが誤導質問です。他にも「この製品が素晴らしいことをご存知ですか?」「どちらのパンツをお試しされますか?」といった質問も誤導質問の例です。どう答えたとしても前者は「この製品が素晴らしいこと」を認めてしまいますし、後者は試着させられてしまいます。
誤導質問は絶大な力を持っていますが、無自覚に使うと本来自分が欲しかったはずの情報を歪めてしまう可能性があるため、使い方には細心の注意が必要です。また簡単に言いくるめられるからと乱用すれば、あっという間に人間関係は崩壊します。法廷が禁止するほどの危険な技術であることを、よく知っておきましょう。
質問力の重要性はどんどん増していく
質問力の重要性は、現在どんどん増しています。大型書店のビジネス書コーナーに行けば、タイトルに「質問」を含む本が山ほどあります。また人工知能の発達は人間から「答える」作業を奪っていくとされており、人間に残された道は「質問をする」作業だけだと考える人もいます。
このような状況に対応するには、ここで挙げたような質問の技術を繰り返し使い、質問力を磨いていくしかありません。まずは今日から、質問をする習慣を始めていきましょう。
参考文献
『「いい質問」が人を動かす』
『脳が教える!1つの習慣』
