『逃げ恥』が大ヒット!マルチすぎる才能の持ち主「星野源」の仕事観

Man playing an acoustic guitar during a concert

地味なのに目が離せない不思議な男

ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で主人公・津崎平匡役を演じ、急速に人気を集めている俳優・星野源さん。彼はドラマでは演技だけではなくエンディングテーマ「恋」の作詞・作曲・歌唱を務めるミュージシャンでもあり、さらにはエッセイなどを書く文筆家でもあります。

なぜ彼はここまで様々なジャンルで頭角を表せるのでしょうか。ここではこの疑問を解決するべく、著書『働く男』(文春文庫版)をヒントに、彼の仕事全般に対する価値観や姿勢を分析していきます。

「星野源」とは何者か?

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画像出典:Amazon

星野さんは1981年1月28日生まれの現在35歳。埼玉県川口市に生まれ、自由な校風で有名な中高一貫校「自由が丘学園」に入学します。

彼はここでギターサウンドと出会いますが、極度の引っ込み思案でバンド活動に勤しむ同級生達に憧れながらも、「人前であんなことをするのは自分には無理だ」とただひたすら自分の部屋で孤独な練習を積み重ねていたそうです。

中学1年にギターを始めて、初ライブはなんと高校3年。6年間も青春のドロドロした想いを自分の中で消化し続けていたのです。そして高校を卒業したあと、20歳の時に自分で集めたメンバーと初めてのバンド「SAKEROCK(サケロック)」を結成、2010年には以前から星野さんの音楽に注目していた日本語ロックの重鎮・細野晴臣さんの勧めでソロアルバム『ばかのうた』をリリースしています。

全日本CDショップ店員組合主催の「CDショップ大賞」では2016年の大賞を含め、今まで3度の受賞歴を持ちます。

一方、星野さんが演劇に出会ったのは中学1年の時。人前で感情を表現できなかった星野少年は「自分じゃない誰かの台詞なら、人前でも言える」という経験をします。

これをきっかけに演劇にのめり込み、出演・演出も勉強するようになります。高校2年の時に後の日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞者でもある俳優・松尾スズキさんと出会い、その6年後に松尾さんが主宰する大人計画事務所に所属。

2014年の第37回日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞するなど、演技力でも各方面から評価を受けています。

文筆業も音楽や演技と同じで、初めはただひたすら誰にも見せないエッセイや小説を書いていたそうです。しかしその努力が実を結び、『POPEYE』や『GINZA』『ダ・ヴィンチ』などで連載を持つまでになります。

前述した『働く男』のほか、『そして生活はつづく』『蘇える変態』などこれまで5冊の本を出版しています。

「好き」を全力で仕事にする男

People in the theater. Side view. Dark tone. Focus on clapping hands.

書くことと同様、高校生のときから、
「星野くんには役者の才能はないよ」と言われ続けてきました。
でもやるんです。好きだから。
引用:『働く男』(文春文庫版)p199

内気な性格ながらコツコツと自分の中で積み重ね、結果につなげる星野さんの仕事の根底には圧倒的な「好き」があります。そしてその「好き」を「絶対に仕事にするんだ」という強い執念があります。

例えば文筆業では途中でただ自分で延々と書いていても上達しないということに気づき、知り合いのライターから編集者の紹介を受け、無理くりに仕事をもらいに行っています。その結果、初めは雑誌の隅のたった200文字のコラムの仕事から、次の400字の連載の仕事をもらい、その6年後には2,000文字のエッセイ連載が決定していくのです。

1stソロアルバム『ばかのうた』のヒットも星野さんの執念がもたらした結果です。メジャーCDではあったものの、予算は全くつかず、売れる要素もゼロ。しかし「大好きな音楽を続けていきたい!」と強い気持ちを持っていた星野さんは、妥協せずに徹底的に楽曲を作りこみます。

制作だけでなくプロモーションも一部のスタッフやCDショップ店員の力を借りながら、自分の足で営業に回り、自分の手でコメントカードを書きまくったのだそうです。

「好きなことを仕事にする」というのは、今の日本ではまだ白眼視されがちな価値観です。もちろんその道は平坦ではありません。しかし星野さんのように「絶対にこれで食べていくんだ!」と全力を注げば、必ず道は拓けていくのかもしれません。

「働く」との距離感

Empty Corridor In Modern Hospital
そんな全力で「好きなこと=仕事」に打ち込んでいた星野さんですが、2012年から2013年の間に2度の病気療養を強いられています。病名は「くも膜下出血」。著書『甦える変態』で描かれている過酷な闘病生活の中で、それまで働き続けることだけに生きがいを感じていた星野さんは、少しずつ変わっていきます。

仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。「仕事がないと生きていけない」ではなく、「仕事って楽しい」「でもなるべくサボって遊んでいたい」という性格に変わった。
引用:前掲書p5

病気療養前の星野さんは、仕事がうまくいっていれば上機嫌で、うまくいかなくなると常にイライラしていました。それは仕事が自分の全てだと思い込み、依存していたからです。それが病気をきっかけに考え方が変わり、一気に肩の力が抜けます。

仕事を人生の中にたくさんある「楽しいこと」のうちの一つだと考えることで、以前よりも純粋に仕事を楽しめるようになったのです。仕事が中心の生活をしていると、ついつい「仕事がなかったら自分はどうなってしまうんだろう」と不安になることもあるでしょう。

しかしそのような仕事との距離感は、程度の差こそあるものの病気療養前の星野さんと同じです。より健全に「仕事」と付き合っていくためには、星野さんのように適切な距離を取り、そのうえで楽しむ必要があります。

星野源の「職業観」

「仕事を楽しむなんて無理」と思う人もいるかもしれません。しかしそれならば今の世の中には転職・副業あるいは複業という選択肢もあります。そうやって自分の中で「仕事=楽しい」にしていくことができる時代なのです。

最近、音楽家はそれ一本でいかないとダメとか、芸人さんもそういうところあるかもしれないですけど、何か専門を絞らないといけない時代になっていて。なんでみんな、そんな視野が狭くなっちゃったんでしょうね?
引用:前掲書

星野さんは『働く男』の文庫版特別対談「星野源×又吉直樹 『働く男』同士対談」の中で、こう発言しています。芥川賞作家で芸人の又吉さんもこの点に関して強く共感していて、自身も「僕は、職業はなんでもいいんです」と言っています。

こうした職業観はマルチな才能を持つお二人ならではのように見えるかもしれません。しかし彼らほどのメジャーな存在でなくとも職業にとらわれずにビジネスを成立させている人はたくさんいます。

『ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方』の著者・伊藤洋志さんなどはその代表的存在です。伊藤さんは京都で一棟貸し宿を経営しながら、「木造校舎ウェディング」や「熊野暮らし方デザインスクール-田舎で土窯パン屋を開く-」のほか、シェアアトリエ「スタジオ4」の運営などにも携わります。

「職業」という枠組みにとらわれず「自分が何をしたいのか」「何ができるのか」から、改めて仕事を考え直してみてもいいのではないでしょうか。

知り尽くせない男、星野源

「好きなこと」を仕事にするために奔走しながら、「働くこと」に対して適切な距離を保ち、そのうえで既存の枠組みにとらわれずに動き回る。『働く男』に散りばめられている星野さんの言葉からは、こうした彼の仕事観がそこかしこに垣間見えます。

この仕事観をいきなり丸ごと取り入れるのは難しいかもしれません。しかし少し取り入れるだけでも、今見える景色は変わってくるはずです。ぜひ仕事に「好き」や「楽しい」を取り入れて、毎日を充実させていきましょう!

参考文献『働く男』(文春文庫版)
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部

Career Supli
学生時代にモヤモヤしながら1人で創作していた時代が星野源を作ったのではないかと思います。

Man playing an acoustic guitar during a concert