Contents
村上春樹が「多作にしてハイレベル」な理由
小説家といえばクリエイティブな仕事の定番で、「気が向いたら書く。気が向かなければ書かない」というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。しかし毎回ノーベル文学賞の候補に挙げられる小説家村上春樹さんは、40年近くコンスタントに質の高い作品を発表し続けています。
なぜそんなことが可能なのでしょうか。ここでは同じく小説家の川上未映子さんとの対談本『みみずくは黄昏に飛びたつ』を参考に、村上さん流のハイパフォーマンスを維持するための仕事術を紹介します。
「キャビネットの抽斗(ひきだし)」を充実させる

だから僕は何も書かない時期には、一生懸命、抽斗にものを詰めていくことにしています。
引用:前掲書p126
村上さんは自分の中に大きな記憶のキャビネットがあり、そこにたくさんの抽斗を持っているそうです。小説を書くときにはこの抽斗からほとんど自動的に記憶が引き出され、物語を動かす材料になっていきます。時には思いもよらぬタイミングで思いもよらぬ抽斗が飛び出てきて、物語が予想外の方向に走り出すこともあるのだとか。
しかし抽斗の中身を取り出してばかりで中身を詰め込む時間を確保できなかったり、もしくはそもそもキャビネットのサイズが小さな人の場合、油断するとあっという間に抽斗が枯渇してしまいます。村上さんはそうならないように、抽斗の充てん期間を作っているのです。
これは小説家のようなクリエイティブな仕事はもちろん、そうでない仕事でも同じことがいえるでしょう。ぼんやりと毎日をルーティンワークとして処理していると、延々とアウトプットだけになってしまい、インプットするのを忘れてしまいます。
しかし常にハイパフォーマーであるためには自分の中の抽斗を常に充実させておき、セレンディピティ(素敵な偶然)の可能性を高めておく必要があるのです。
そのためには村上さんのように「何も書かない時期」、つまり一般的なビジネスパーソンでいえば「働かない時期=余暇」を作り出す努力も必要でしょう。日々仕事に追われているようでは、一向にハイパフォーマーにはなれません。
「文体」をアップデートし続ける

僕はもう四十年近くもいちおうプロとして小説を書いてますが、それで自分がこれまで何をやってきたかというと、文体を作ること、ほとんどそれだけです。引用:前掲書p120
村上さんは『みみずくは黄昏に飛びたつ』の中で、「文体」について何度も言及しています。村上さんにとって文体こそが作家の財産であり、一定の文体を確立していれば食べていくことができるとさえ言っています。
しかし同時に村上さんは、文体は「完成するものではないですね」(前掲書p120)とも言います。作家が生きて変化するように、文体もアップデートし続けなくてはならないのです。
そうやってちょっと違う文体を試し試し使っていると、星野君とかナカタ老人とか、これまで書いたことのないようなキャラクターが自然と登場してくるわけです。引用:前掲書p190(文中の「星野君とかナカタ老人」とは著作『海辺のカフカ』の登場人物)
実際村上さんは『スプートニクの恋人』で自身のそれまでの文体の総決算を試み、『海辺のカフカ』で新たな文体にたどり着いています。一度確立した文体を捨て、新たな文体を習得していく。その繰り返しによって、村上さんも書きたいものが自由に書けるようになったのだそうです。
逆に言えば自分のスタイルにこだわって変化しないでいると、作家としての成長がなくなってしまうということです。
私たちは「自分のやり方」や「一定の正解」を見つけると、それにしがみついてしまいがちです。しかしそれでは人間として、ビジネスパーソンとしての成長はなくなります。成長がなくなればハイパフォーマンスを維持することなど不可能です。
ハイパフォーマーであるためには、安住の地から離れて新たなスタイルを習得しにいく勇気が必要なのです。
「書き直し」を前提に走り出す

あとで書き直せばいいわけだから、第一稿を書くときには、多少荒っぽくても、とにかくどんどん前に進んでいくことを考えます。引用:前掲書p46
村上さんは『みみずくは黄昏に飛びたつ』だけでなく『職業としての小説家』の中でも「書き直し」について語っています。村上さんの執筆は最初から書き直しを前提としており、一番最初の原稿を書くときには設定やつじつまについては細かく考えず、とにかく書き進めるのだそうです。
もしわからない言葉や描写があっても、極力調べずに書ききってしまいます。そうすることで叩き台としての第一稿を作ってしまい、そこから何度も何度も書き直しを重ねていくのです。
2017年2月24日に発行された『騎士団長殺し』は最初から最後までを通しで読んで書き直すという作業を、6回繰り返しています。同作は原稿用紙2,000枚の長編なので、その仕事量たるや想像を絶します。
しかし村上さんは最初から完成稿レベルの文章を書こうとは考えていません。とにもかくにも、その時々の直感を信じて書き進めていく。矛盾や間違いは後から修正し、最終的に最高のものに仕上げる。
このワークスタイルはFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグに名言「完璧を目指すよりまず終わらせろ」や、エリック・リースが『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す』で提唱した「リーン・スタートアップ」にも通じるものです。
ハイパフォーマンスを維持するためには、失敗を恐れていてはいけません。致命傷にならない失敗を重ね、それを絶えず修正していくことで、最速かつコンスタントに高いレベルの仕事ができるのです。
余裕を作るための徹底した「習慣化」
村上さんは様々な著書の中で、「毎日必ず原稿用紙10枚分の文章を書く」という習慣について語っています。
これによって自分を習慣のレールに乗せてしまい、半ば自動的に文章を書くモードにするわけですが、『みみずくは黄昏に飛びたつ』では川上さんの質問に応じて次のような説明をしています。
もし友達が来てくれなくても、来てくれそうな環境を作っておいてあげないといけない。ちょっとこの辺に座布団敷いて、掃除して机を磨いて、お茶いれとこうと。引用:前掲書p78
何も決めずに書き始めることで出会えるセレンディピティを「友達」に置き換えて、その友達がいつ来てもいいように下ごしらえをしておく、というわけです。しかしこの習慣にはまた別の効能もあるようです。
うーん……でも、僕は思うんだけど、どんな人でも時間をかけて読めば、自分のものでもある程度正確な判断ができるはずだと思いますよ。時間をかければね。引用:前掲書p227
締め切りや仕事に追われていると、自分の文章や仕事を改めて確認する時間が確保できません。村上さんでいえば書き直しの時間がとれません。そうなれば高いレベルのものを作り上げるのは困難を極めます。
しかし「毎日必ず原稿用紙10枚分の文章を書く」などと決めてコンスタントに仕事を進めていれば、確認時間の余裕も生まれます。毎日着実に進み続けるのには、しっかりと腰を落ち着けて「書き直し」つまり失敗のリカバリーをするためという意味もあるのです。
習慣化はどんな分野でも難しいことですが、なんとしても習得したいスキルといえるでしょう。
「とどまらない」というクセを身につけよう

ここで挙げた村上さんのワークスタイルから考えるに、村上さんには小説家として「とどまる」という発想がありません。文体についての姿勢にも表れているように、より良い作品を生みだすために常に変化しようとしています。
この「とどまらない」というクセが身についているからこそ、毎回読者をニンマリとさせるような作品が書けるのです。
これは小説家のみならず、一般的なビジネスパーソンにも当てはまるマインドです。「小説家だからできることだ」と諦めるのではなく、どれかひとつでも村上さんの仕事術を自分の仕事にも取り入れてみましょう。
参考文献『みみずくは黄昏に飛びたつ』

