人心掌握なしにリーダーなし
天下統一を成し遂げた豊臣秀吉、前アメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュ、ソフトバンク代表の孫正義……。これらの、世に名を馳せたリーダーには共通点があります。それは、人心掌握術に長けた、人たらしであること。
チームメンバーの力を最大限に発揮させ、社外とのパイプを作る人心掌握術は、これからのリーダーにとって何よりも求められることでしょう。
そこで今回は、関わった作品を次々と成功させ、超一流と認められる“名プロデューサー”、スタジオジブリの鈴木敏夫氏から人心掌握術のコツを学ぶというご提案をします。ヒットでは不十分、大ヒットでようやく認められるという、ジブリ映画のプロデュースを一手に担う彼の考え方は、これからプロジェクトを成功させたいと考えるすべてのリーダーの参考になるでしょう。
アイスブレイクは相手を見てから
会議や打ち合わせで不可欠と言われるアイスブレイクですが、鈴木氏のアイスブレイクの特徴は、相手の顔を見て話す内容を決めること。直接会って顔を合わせた段階で相手の好きなものを予想する。難しいスキルのように思われますが、鈴木氏は何度も経験を積み鍛えたおかげで、当たる確率は高くなってきたとのこと。
例えば広告代理店との打ち合わせ、鈴木氏はこのような話題から始めます。
「実は○○さんと親しくしているのですが、あの人が怒鳴るとこにたまたま居合わせたことがあるんですよ」
予想もしていなかった、自社の名物経営者の話題に、相手の顔も思わずほころびます。
「そうなんですか? あの人の別名、瞬間湯沸し器なんですよ」
「アイスブレイクをしたほうがいい」というテクニックではなく、真に相手との関係を築きたいからこそ出る言葉。「今日の天気」「交通手段」など定番のもので会話を始めるよりも、よほど相手へのもてなしの気持ちが伝わるでしょう。
仕事にアクセントを
プロジェクトに関わるスタッフのモチベーションを上げることも、リーダーの重要な務め。特に時間がかかるプロジェクトでは、スタッフのやる気が常に高いわけではありません。そこで鈴木氏が職場に持ち込むのは、仕事を単調にしないための色々なイベント。
例えば『ゲド戦記』を制作していたとき、鈴木氏はアニメーターが一週間に絵を描く目標を倍のペースに定めました。通常1人のアニメーターが1週間に描くのは5秒分の絵ですが、それを10秒分描くことをテーマにしたのです。もちろん、無茶な要求に現場から不満の声も上がりましたが、鈴木氏が重視したのは、その目標を達成するために、スタッフの中で様々な創意工夫が生まれること。
心理学で『馴化』という言葉があります。これは、同じ刺激を繰り返すことによって徐々にそれへの反応が薄れてゆくこと。
毎日同じ作業を続けていると、メンバーの地力は確実についています。しかし、同じペースでずっと仕事をしていては、いつまでたってもそのペースでしか仕事を出来ません。モチベーションも上がらないまま。やっかいな『馴化』現象が起きているのです。
鈴木氏は多少強引でもペースを大きく速めることで、単調な仕事にアクセントを加え、時間あたりの生産性の向上にも成功したのです。
情報源は人から
テレビ、新聞、インターネット……。私たちの周りはたくさんの情報に溢れています。情報が大量にあるからこそ、その取捨選択に苦労している方も多いでしょう。情報感度の高さは、現代ビジネスマンにとって必要な能力の一つです。
しかし、鈴木氏の情報のアンテナはなんと自分の半径3メートル以内。それは、結局マスメディアから発信される情報が半年〜1年遅れていると、自身が出版社にいた時に感じた経験があるから。
もっとも信頼のおける情報源は、自分から半径3メートル以内。その中で、みんなが何を読んで、どんな音楽を聴いて、どんな映画を見て、そして何を考えているか。そこに現代があるんですよ。
今、どういうものが流行っているのだろう。世の中にウケるものを作るにはどうしたらよいだろう。企画やマーケティングで壁にぶつかったら、ネットで情報を集めるだけでなく、隣の人に話しかけてみてはいかがでしょうか。そこには必ず「リアル」な情報があるはずです。そしてそれは、聞かれた人に「情報源として信頼されている」という安心感ももたらすことでしょう。
良い部分だけを見る
あなたの部署に「問題社員」と言われるような人はいるでしょうか。やる気も感じられないし、業務能力も低い。明らかに部署の、会社のお荷物としか思えないかもしれません。
しかし、その社員を「ダメなやつ」と切り捨てているようでは、その社員が去った後でも次の問題社員が現れるでしょう。なぜなら、働きアリの法則(全体の20人はよく働き、60人は普通に働き、20人は働かない)のように、問題社員が生まれてしまうのは企業の常だからです。
そこで、その問題社員も含めて全員に居場所を与えようというのが鈴木氏の考え方です。
「全員に参加してもらいたい」「誰か一人でも抜けたらその仕事はダメになる」と考える鈴木氏の理想は、『十五少年漂流記』。リーダーシップを取れる子供や動物の飼育ができる子、手先が器用な子など、いろいろな子供が集まるからこそ、小さな島で少年たちの持つ社会は形成されました。良い部分も悪い部分もあって、人間。ならば良い部分に目を向けなければ損だと言えるでしょう。
「適材適所」という言葉がありますが、自分がどうしてもできないことは、「問題社員」ができることかもしれません。
全ては自分の居心地をよくするため
チームの人数が増えれば増えるほど、一人一人の適性を知ったり、全員を気遣ったりすることは難しくなるでしょう。なぜ自分がこんなことまでやらなければならないのかと思うかもしれません。そう思ったときは、鈴木敏夫氏のこの正直な本音を思い出してみましょう。
はっきり言えば、すべて自分の居心地をよくするためですよ。周りの人がその気になってくれれば、一番得をするのは僕なんだから。
会社のため、チームのため、そして何よりも自分のために動くことこそ、多くの人の心をつかむために必要なことなのではないでしょうか。
参考文献:プロフェッショナル 仕事の流儀 鈴木敏夫 映画プロデューサー 自分は信じない、人を信じる

[文・編集]サムライト編集部