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ダークツーリズムとは、悲劇をめぐる旅のこと
ダークツーリズムとは、1966年にイギリスのマルコム・フォーレー教授、ジョン・レノン教授によって提唱された概念のことです。
人類が起こした悲劇──戦争、災害、差別、貧困、虐殺、核などが原因になって引き起こされたもの──にまつわる場所に訪れる旅のことを指します。
例えば、アウシュヴィッツ強制収容所、チェルノブイリ、広島・原爆ドームや沖縄のひめゆりの塔なども、ダークツーリズムのスポットです。
しかし、もともと観光スポットとして有名な場所であるにもかかわらず、なぜ、今改めてダークツーリズムと言われるようになったのか、そしてダークツーリズムとして、それを巡ることの価値と意味とは何か。
今回は、『ダークツーリズム入門』を中心に、ダークツーリズムについて紹介します。
ダークツーリズムは、「負の遺産」を訪れることではない

先ほど挙げたアウシュヴィッツ強制収容所や広島・原爆ドームなどは、訪れたことのある人も多いと思います。
その旅もいわばダークツーリズムですが、現代なぜ改めて「ダークツーリズム」という概念としてその旅が意味づけられているのでしょうか。
そもそも、ダークツーリズムは、近代の問題に通じる悲劇を含んでいる場所が対象となっていて、エジプトの古代遺跡などは(悲劇の要素があったとしても)該当しないとされています。
さらに言えば、ダークツーリズムの“ダーク”とは、「暗いこと、表面からは見えないもの、闇にかくされているさま」という意味。
つまり、「闇そのもの」ではなく、その「闇の向こうにある悲劇」について、改めて考えることに価値があります。
言い換えれば、ただ一概に悲劇で終わらせられない多面性を、ダークツーリズムは含んでいるとも言えます。
例えば、アウシュヴィッツ強制収容所。ホロコーストおよび強制労働により最大級のユダヤ人犠牲者を出した強制収容所として知られていますが、実は戦後しばらくして、「実はユダヤ人虐殺は虚構だったのではないか」という疑いの声が上がるようになりました。
そこで、ユダヤ人たちやポーランド政府はそれを正すために、アウシュヴィッツの博物館をつくったと言われています。
アウシュビッツ収容所でのユダヤ人の悲劇は、ナチス・ドイツが引き起こしたものですが、ユダヤ人の差別そのものは、この時突然に始まったものではなく、古代からあったこともがわかっています。
そう考えると、ユダヤ人の差別はナチス・ドイツが広めたと考えがちですが、そこに至るまでの伏線は多数あったという悲劇が立体的に浮かび上がってきます。
この例にわかるように、ただ一概にそのスポットを巡るだけではなく、改めてダークな部分に目を向け、ダークツーリズムを組み込んだ旅を経験することで、地域を多角的にかつ深く理解することができるようになる、というわけです。
日本のダークツーリズム
日本にも多くのダークツーリズムのスポットがあります。ここではそのいくつかを紹介します。
1.“まとめ見”がおすすめ 水俣病資料館✖菊池恵楓園(熊本)

水俣病資料館にある、水俣メモリアルの一部「祈りの噴水」
水俣病資料館は、水俣市にある資料館で、公害の原点ともいわれる水俣病についての資料を豊富に展示しています。
ご存知の方も多いように、水俣病は、近代化の中で公害を気にすることなく工場を運営し、その結果水俣病が発生し、多くの患者が発病しました。
しかし、患者は水俣病によって残酷な差別を受け、資料館ではそのような資料も展示されています。
一方、菊池恵楓園は、ハンセン病の療養所で資料館も併設されています。
水俣病と同じように差別されてきた歴史がありますが、水俣病が近代化による公害が原因だったのと比べ、ハンセン病は健全ではない人間を隔離しようとする優生思想が元となり、療養所が建てられたと考えられています。
特定の人を隔離するとうのは、ナチスによる優生思想が根底にあり、富国強兵政策や軍国主義もそのひとつです。日本がまさに太平洋戦争へと歩を進めていた頃、ハンセン病の患者は療養所で隔離されるようになりました。
それはある意味においては、アウシュヴィッツ強制収容所ともつながるところがあるのではないでしょうか。
そう考えると、水俣病もハンセン病もともに医学的観点からは別物ではあるものの、日本の近代化・軍国主義化にともなって生まれてしまった悲劇であることがわかります。
ひとつひとつのスポットで見れば、単なる悲劇の場でしか見えないものが、より複雑な原因と構図が見えてくる、それがダークツーリズムの旅です。
さて悲劇ばかり見ることで、見ているほうが辛い、という方もいるかとしれません。
そういう方には、以下の場所をおすすめします。
2.怖いのは苦手という方に!博物館網走監獄(北海道)
博物館網走監獄内の五翼放射状平屋舎房(内部)
旧網走刑務所の内装や歴史物を展示した、日本唯一の監獄博物館。明治政府によって、極悪人がここに収監され、北海道開拓と担ったとされています。
そう聞くと、極寒で怖そうなイメージがありますが、実は、建築物としての価値が高く、放射状になっている木造平屋の舎房は国内唯一のもの。とても美しい作りになっています。
そのほか、囚人の生活や食事、開拓の経路なども細かに説明されており、囚人(マネキン)と一緒に食事ができるというユニークなサービスも! 脱走兵のマネキンが天井にぶら下がっていたりするのもまた面白い点です。
その一方で、囚人と北海道開拓との繋がり、その過酷な働きぶりについても学べ、明治時代のひとつの影の部分であったことがうかがえる内容にもなっています。
このように一見近寄りがたいイメージのスポットでも、十分楽しめる仕組みになっているところもあります。
ほかにも日本・海外問わず、ダークツーリズムのスポットはたくさんあります。ぜひ、新たな着眼点を探して、訪れてみてください。
参考文献:『ダークツーリズム入門』

