編集部に聞いた!岩波文庫、角川ソフィア文庫、講談社学術文庫、累計売上トップ10!

各社編集部に聞いた「売上ランキングトップ10」

「本の売上ランキング」なるものは通販サイトや大型書店、雑誌アンケートなどでよく見かけます。しかしこれらはあくまでそのサイト、その書店、その雑誌の売上ランキングです。そのため、どうしてもそれぞれのユーザー層の傾向を反映してしまいます。

今回筆者はそうしたユーザー層の傾向を取り除くために、各出版社の編集部に直接問い合わせ、創刊以来の累計売上ランキングトップ10をヒアリングしました。自信を持っておすすめできる名書が並びました。

「本当に売れている本」で教養を磨く

問い合わせたのは以下の2点を満たすレーベルです。

1.普遍的な価値を持ち、読めば教養が磨ける本を扱っている。
2.通勤時などに持ち歩けて、手軽にいつでもどこでも読める文庫本を扱っている。

これらの基準を満たすレーベルのうち、ご協力いただけたのは「岩波文庫」「角川ソフィア文庫」「講談社学術文庫」の3レーベル*。古典の現代語訳や最新の学術書などを多く出版しているこれらのレーベルで、創刊以来最も売れている本のランキングトップ10は以下の通りです。

それでは、この30冊を簡単に紹介していきましょう。

※角川ソフィア文庫の「新版」「新装版」については、旧版の累計売上も含まれています。
※このほかに「ちくま学芸文庫」編集部にもお願いをしましたが、残念ながら「公開はできない」とのことでした。

■売上ランキング1位

【岩】『ソクラテスの弁明・クリトン』

著:プラトン 訳:久保 勉

1927年に創刊された岩波文庫の第1位に輝いたのは、「無知の知」「よりよく生きること」などわかりやすい対話形式で哲学の原点となる思想について書き綴ったこの一冊。論理的思考の初歩テキストとしても優れているうえ、「ソクラテスの弁明」「クリトン」の2篇が入って135ページと、コンパクトな作りも大きな魅力です。多くの教養人が「読むべき本」に挙げている、一読どころか何度も読める手軽さと価値を兼ね備えた本です。

【角】『日本人とユダヤ人』

著:イザヤ・ベンダサン

もともとは1970年にかつて東京にあった「山本書店」から出版された、比較文化論のパイオニア的作品。実は著者のイザヤ・ベンダサンの正体は、山本書店の店主でキリスト教徒の山本七平だったことが知られており、したがって本書は「日本人がユダヤ人のふりをして、その視点から日本文化を批評した本」という一風変わった本になっています。

しかしその批評は確かなもので、第2回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞して当時のベストセラーになるほどです。40年以上も前の本なので読みづらい部分はあるものの、今なお読み継がれるべき日本文化論といえるでしょう。

【講】『論文の書き方』

著:澤田 昭夫

1976年に創刊された講談社学術文庫の第1位を獲得したのは、創刊1年後に出版されたこの一冊。いかにしてトピックを設定するか。どのようにして資料を集め、分析するのか。そしてそれらをどうやって文章にするのか。タイトル通り、本書は論文の書き方や学術的な研究の方法について書いたものです。

すでに社会人になった人にとってみれば「今さらそんなものを教えてもらっても役に立たない」と思うかもしれません。しかし論文を書く、研究をするということは、すなわち合理的に考えて、第三者に納得してもらえる言葉で表現するということ。これは大学を卒業しようが、定年退職しようが、ずっと必要な能力です。

売上ランキング2位

【岩】『坊っちゃん』

著:夏目 漱石

当時の日本の文化について冷徹な観察眼を持ち合わせていた文豪、夏目漱石。江戸っ子気質の若手教師「坊っちゃん」が旧態依然とした社会を痛烈に批判していく様子は、どこかそんな漱石と重なります。そして坊っちゃんの社会批判は今なお色褪せず、現代を生きる私たちにもビシビシと響いてきます。

100年以上前の小説とあなどるなかれ。ストーリー展開もとても面白く、読み始めればあっという間に読み終えてしまうことうけあいです。

【角】『氷川清話 付・勝海舟伝』

著:勝 海舟 編:勝部 真長

明治維新の只中を走り抜け、全てを見聞きした男、勝海舟。彼が晩年、隠居した赤坂氷川の邸宅で新聞記者たちを相手に語った談話録が「氷川清話」です。海舟が語る幕末・維新の思い出や、西郷隆盛や横井小楠などに対する人物評、政治や外交に対しての考え方などから伝わってくるのは、激動の日本を生きた勝海舟という男の人生哲学です。ある意味で同じく激動の時代である今だからこそ、改めて読んでおきたい一冊。

【講】『レポート・小論文・卒論の書き方』

著:保坂 弘司

第1位『論文の書き方』の翌年、1978年に出版された国文学者の保坂弘司による本。高校生や大学生にとってより実践的な「レポート」「小論文」「卒論」にテーマを絞り、豊富な具体例とともにわかりやすく解説しています。

テーマの決め方や資料の探し方・使い方のほか、辞書の選び方や引用・統計・図表の使い方など、学生にとっては至れり尽くせりな内容となっています。社会人にとってはどちらが実践的ということはないので、好みに合う方を読んでみてはいかがでしょうか。

■売上ランキング3位

【岩】『エミール(上)』

著:ジャン・ジャック・ルソー 訳:今野 一雄

18世紀フランスの思想家ルソーが1762年に書いた小説風の教育論を、会社員との兼業翻訳家だった今野一雄が翻訳した本。近代教育学の古典とされており、日本では教師になろうという人たちのテキストとしても読まれてきました。

とはいえ、ルソーの教育論が全て正しいというわけではなく、現実と比較すると理想的すぎる部分も多々あります。そうした批判的な視線を持ちながら読めば、より教養を磨くことができるでしょう。なおランクインしているのは上巻だけですが、他に中巻と下巻があります。

【角】『新版 百人一首』

訳注:島津 忠夫

連歌・俳諧・和歌の研究者であった島津忠夫が現代語訳および詳細な注釈を担当した、『百人一首』の解説本。『百人一首』はその名の通り、100人の歌人の和歌を1首ずつ選んでまとめたものです。そのため1首ごとの解釈に終始している解説本が多いのですが、本書の特徴はこれを『百人一首』の選者だった藤原定家の「文学作品」として捉えている点にあります。

そのため、数百年前の歌人たちの情感を学びながら、同時に『百人一首』という和歌集そのものの読み方も学べる本となっています。

【講】『私の個人主義』

著:夏目 漱石

本書は「私の個人主義」「現代日本の開花」など、漱石が行なった講演5つを収録したものです。漱石は座談会や講演の話し手としても一流で、イギリス留学などを通じて得た深い見識と鋭い思考を、わかりやすい例やウィットに富んだ語り口で聞き手に伝えています。

もちろん収録されている講演は100年以上前のものなので、現代にそのまま当てはめられない話もたくさんあります。しかし読むべきはその部分ではなく、当時の日本において漱石がどのような目を持ち、それをどのような言葉で伝え方です。漱石の文学作品と合わせて読みたい一冊。

■売上ランキング4位

【岩】『論語』

訳注:金谷 治

古代中国の最重要古典「四書」のひとつに、中国哲学・中国古代思想の専門家である金谷治が訳注をつけた本。1963年に初版が発行されて以来親しまれてきましたが、1999年に現在の新訂版が発行され、より読みやすくなりました。

内容は今なお中国大陸に大きな影響力を持つ儒教の始祖孔子の言行録となっています。人としてあるいは指導者として肝に命じておくべき基礎について、エピソードを挙げながら紹介しています。手元に置いて、人生の節目節目に読み返したい一冊です。

【角】『旅人 ある物理学者の回想』

著:湯川 秀樹

日本人初のノーベル賞受賞者湯川秀樹が、自身の言葉で幼年期から青年期について語った回想録。無口すぎて「イワン(言わん)ちゃん」とあだ名されたり、文学や古典に親しんで妄想をたくましくしていた秀樹少年が物理学の道を選ぶまでの前半生を、読みやすい文章で描きます。

偉大な物理学者「湯川秀樹」が、人によっては深い親しみを覚える孤独で内気で内省的な少年、あるいは青年だったということを知ることができる、貴重な一冊です。

【講】『古事記 (上) 全訳注』

訳: 次田 真幸

日本最古の古典に、日本文学者の次田真幸が現代語訳と注釈をつけたのが講談社学術文庫の『古事記 (上) 全訳注』です。上巻にはイザナギとイザナミの物語、アマテラスの「天の岩戸」物語、や「ヤマタノオロチ」に「因幡の白兎」など、有名な物語が並んでいます。全部で上中下巻の3巻構成。

なお岩波文庫の売上ランキング10位にも『古事記』がランクインしていますが、こちらに現代語訳はついておらず、校注のみとなっています。

■売上ランキング5位

【岩】『こころ』

著:夏目 漱石

漱石の代表作にして、事実上岩波書店が初めて発刊した小説。教科書などで抜粋を読んだことのある人も多いかもしれませんが、最初から最後まで読んだことはないという人も多いのではないでしょうか。

本作は常に「私」、もしくは手紙の書き手としての「先生」という一人称視点で語られます。したがって語り手以外の人たちの心情を理解するためには、彼らの言動から察するしかありません。そうした作業こそが精神的な教養を磨いていくわけですが、本書はそのための一級のテキストとなるはずです。

【角】『新版 徒然草 現代語訳付き』

著:兼好法師 訳注:小川 剛生

日本三大随筆のひとつ「徒然草」に、国文学者の小川剛生が本文、注釈、現代語訳をつけた一冊。新版では近年の歴史学の成果を積極的に取り込み、歴史的・文学的な側面から本作品を再考し、内容を刷新しています。

ひとつひとつの随筆の面白さもさることながら、一冊の書物の中で正反対の思想がしばしば登場するなど、「一冊の書物は首尾一貫しているべき」ひいては「一人の人間は首尾一貫しているべき」という固定観念を突き崩してくれる面白さもあります。

【講】『日本書紀(上)全現代語訳』

訳:宇治谷 孟

古事記と双璧をなす日本の古典『日本書紀』。しかし1988年にこの『日本書紀(上)全現代語訳』が出るまでは、世間一般には読まれてきませんでした。というのも日本書紀は全30巻という分量を持つうえに、難解な漢文体で書かれていたからです。本書は本邦初の『日本書紀』の全現代語訳なのです。

翻訳者の宇治谷孟は歴史学と国文学の研究者で、このほかに『続日本紀(しょくにほんぎ)』の全現代語訳も手がけています。