神経科学が明らかにした五感の1つ「触覚」の事実

「触覚」について考える

もうすぐ3月14日、すなわちホワイトデー。本命チョコを大切な人から受け取った人は、もうお返しを用意している頃でしょうか。このホワイトデー前の時期に、私たちが持つ五感の1つ「触覚」について、ぜひとも科学的な切り口で考えてみませんか?

というのも特別な関係にある2人が触覚について考えるのは、科学的に言っても非常に重要なことだからです。しかも触覚は特別な関係のみならず、仕事のチームづくりやメンタルのメンテナンス面でも重要な役割を果たしています。「本命チョコなんてもらってない」という人も、これを機にぜひ触覚について考えてみましょう。なお、以下の内容は主にデイビッド・J・リンデン著の『触れることの科学』を参考にしています。

人間は「温かいものをくれた人」=「温かい人」と認識する


私たちは日常的に「あの人は冷たい人だ」とか「温かい人柄」という比喩を使って表現します。しかしこうした表現による人物評価は比喩にとどまらず、実は触覚と関連していることがわかっています。これによれば人間は温かいもの(コーヒーやお茶など)をくれた人を、温かい人柄の持ち主だと認識する可能性があるといえるのです。

コロラド大学のローレンス・ウィリアムズとイェール大学のジョン・バーグの実験によれば、実験前にホットコーヒーを手渡された被験者は、冷たいコーヒーを手渡された被験者よりも、架空の人物についての評価を「人間的、信頼できる、友好的」などの温かい人柄だと評価しています。

さらにジョン・バーグが通りすがりの人に対して行なった別の実験では、履歴書を重いクリップボードに挟んで求職者の人物評価をさせると、軽いクリップボードで人物評価を行なった人に比べて、「仕事への関心度がより高い」と評価しました。ジョン・バーグはこれ以外にも触覚と認識の関係性にまつわる実験を行い、そこでも関係性の存在を証明しています。

『触れることの科学』はジョン・バーグらの実験に有用性を認めたうえで、(実験空間ではない)日常における触覚の役割を明確にするには問題があると指摘しています。しかし少なくともこれらの実験結果は、人間が温かいものをくれた人を、温かい人柄の持ち主だと認識する可能性を示唆しています。仲良くなりたい異性に気遣いをするのであれば、私たちはアイスコーヒーやアイスティーよりも、ホットコーヒーやホットティーをプレゼントするべきなのです。

ホワイトデーのお返しに温かいものは難しいかもしれませんが、包装紙あるいはその中身を肌触りの良いものにするだけでも、自分の印象を良くすることができるでしょう。

恋人への愛撫は秒速3〜10cmがベスト

C触覚線維と呼ばれるその神経は、人と人との接触に特化した、いわば愛撫のセンサーなのである。
引用:前掲書p99

ホワイトデーにディナーやホテルを予約して、めくるめく夜を過ごそうと企んでいる紳士もいることでしょう。そんな人はぜひいつもよりもゆっくりと、具体的には秒速3〜10cmの速度で大切な人の肌を撫でてみてください。なぜなら、人間の触覚の神経には、こうしてゆっくりと優しく撫でられたときだけ反応する愛撫専用の触覚系「C触覚線維」が存在するからです。

人間の触覚には様々な種類の神経があります。例えば筋肉や関節、腱にあるセンサーを使って高速で情報を伝達するのがAα線維、痛みや温度を中速で伝達する神経はAβ線維と呼ばれます。これらは危険を素早く察知し、回避行動や回復行動をとるための神経で、刺激が強いほど強く反応します。したがって素早く撫でるほど、Aα線維やAβ線維は強く刺激されます。

これに対してC触覚線維は、Aα線維やAβ線維を刺激するような撫で方ではあまり反応しません。C触覚線維が反応するのはもっとゆっくりとした撫で方、秒速3〜10cmの範囲での愛撫です。

一方速度を変えて被験者の前腕や太ももを撫でる実験によれば、被験者が最も心地よいと感じる速度は秒速3〜10cmの範囲だということがわかっています。この2つの事実から、『触れることの科学』はC触覚線維=愛撫専用の触覚系だと結論づけています。

ホワイトデーの夜がめくるめくものになるかどうかは、2人の気持ちがともに高まるかどうかにかかっています。そのためにもはやる気持ちを抑え、秒速3〜10cmの愛撫を実践してみてください。

「やり返し」は人間関係を破綻させる?

私たちの神経は、自分自身が起こした動きの結果生じる触覚信号よりも、外界で生じた動きの結果生じる信号の方により大きな注意を向けるようにできているのである。
引用:前掲書p230

特別な関係にあると互いの物理的・精神的距離も近くなるため、衝突も少なからずあります。しかしそうしたときに「相手がそう出るなら、こっちだって考えがある」とやり返そうとすると、人間関係は破綻してしまいます。これは経験的に導くこともできますが、実は神経科学の視点からも導き出せる教訓です。

服を着た状態で体を動かすと、少なからず服の生地が皮膚を刺激します。しかしこれをいちいち意識することはほとんどありません。これは「自分自身が起こした動きの結果生じる触覚信号」だからです。一方、別の通行人の服が触れるとすぐに気がつき、その方向を振り返ります。これが「外界で生じた動きの結果生じる信号」だからです。

このことからもわかるように、私たちは外界からの刺激に対して敏感です。そのため仮に他者から2単位の刺激を受けたとき、同じ2単位の刺激をやり返そうとすると、3単位の刺激を与えてしまいます。

もしこの3単位の刺激に対して相手が同じだけやり返そうとすると、自分は4単位の刺激を受けます。これが繰り返されれば刺激の単位は徐々に上がっていき、最終的に破局を迎えるのです。

『触れることの科学』がこうした触覚が引き起こす錯覚を、人間関係に適用しているわけではありません。しかし心の痛みと身体的な痛みのつながりが証明されていることもあわせて考えると、物理的な衝突に限らず、やり返しの応酬がなぜ人間関係の破綻を招くのかは、神経科学的に説明されているといえそうです。

触覚はビジネスにも役立つ!


触覚は恋愛関係だけでなく、仕事における人間関係にも大きな影響をもたらすことが示唆されています。例えば営業目標を達成した部下の肩を「よくやった」と叩いたり、困難な試練を乗り越えたチームメンバーとハイタッチをしたりすることで、信頼関係やチームの協調性を引き上げ、パフォーマンスを高めることができるかもしれません。

このような可能性が示唆されたのは、カリフォルニア大学バークレー校の研究グループが行なった調査においてです。彼らはアメリカのプロバスケットボールリーグNBAのチームを対象に、ゴールを喜ぶ際の身体的な接触回数をカウントし、その数字と個人およびチームの成績を比較しました。その結果、身体的な接触回数が多いチームほど個人とチームの成績を引き上げており、その要因が協調性の強化であることを突き止めたのです。

あるいは仕事上で身体的・精神的な苦痛を感じている人は、瞑想によって触覚をコントロールすれば状況を改善できる可能性があります。

私たちは痛みのある部分に集中したり、ネガティブな感情を抱いたりすると、より強く痛みを知覚するようにできています。しかし痛みの扱い方によっては、逆に軽減することもできます。

モントリオール大学のビエール・ランヴィルのグループが行なった研究によって、瞑想の熟練者は自分が経験している痛みを自分から切り離せる、端的にいえば無視できることがわかったのです。

恋愛でも仕事でも重要な「触覚」

プライベートの大切な人はもちろん仕事のうえで大切な人に対しても、適切な触覚的コミュニケーションをとることが、人間関係全般を深めたり、守ったりするのに役立ちます。

こうした触覚の持つ役割を知っているだけでも、今後の他者に対する接し方が変わりそうです。ホワイトデーが関係ある人もない人も、ぜひ日常の中に触覚の科学を取り入れてみてください。

参考文献『触れることの科学 なぜ感じるのかどう感じるのか』
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部

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慣れないとちょっと照れくさいですが、嬉しいことがあった時は握手やハイタッチをするとチームの一体感がでるので、意識的にやってみてください。