暴君に仕え続けた、哲人セネカから学ぶ「心の平安」の保ち方

歴代の偉人に読み継がれてきた思想家

「貧乏であれば、失うものが少ないぶん、苦しみも少ない」

2000年前の政治家・思想家のセネカの言葉です。世界史が好きな人にとっては馴染みがある人物ですが、そうではない人にとってはセネカは「セネカって誰?」でしょう。

実はセネカは元投資銀行トレーダーで名著「ブラックスワン」の著者ナシーム・タレブ氏が絶賛している人物です。

セネカは「怒りについて」「人生の短さについて」など多数の著作を残しており、タレブのみならず歴代の偉人に読み継がれてきました。

人間の本質を分析し実用的な処世訓が書かれているのがセネカの本の特徴です。それらの本に通底するテーマはいかに「心の平安を保つか」。本記事ではそのエッセンスを抽出しご紹介します。

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暴君を常に上に持ち続けたセネカの人生

セネカの人生を見てみると、今風に言えばキツい君主(上司)を上に持った環境で揉まれた結果優れた処世訓を量産できたのではないかと思わされます。

シーザー死後のローマの内乱は名君と誉れ高い初代ローマ皇帝アウグストゥスにより一旦収まります。しかし、その後はティペリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロという暴君の皇帝の治世の時代に突入。またもや不安定な時代に突入します。

セネカはそんな時代に政治界で政治家として活躍した人物です。セネカは弁が立ち、有能であったがゆえに嫉妬深い皇帝カリグラから嫉妬され危うく処刑されかけます。しかし、周りの取り計らいで九死に一生を得ます。

皇帝クラウディウスの治世の時には権力争いに巻き込まれ、コルシカ島へ流刑に処されます。当時の流刑とは社会的身分がはく奪され、死刑に匹敵するような罪でした。

地獄を味わったセネカですが、政情が変わり8年後にローマに戻り法務官、そして後の皇帝ネロの家庭教師も務めました。クラウディウス帝の死後はネロが皇帝になります。その皇帝ネロをセネカは後継人として助け続けました。

しかし、最終的には人間不信に陥ったネロに殺されることになります。暴君を常に上に持ちながらも相当な忍耐をもって人生を力強く生きたセネカは数多くの名言を残しています。

損害を少なくする心の置き方

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「持たないほうが、失うよりも、はるかに苦痛が少ないという事実だ。そうすれば、われわれは理解するだろうー貧乏であれば、失うものが少ないぶん、苦しみも少ないのである。」
セネカ他2篇人生の短さについて光文社古典新訳文庫[Kindle版] Kindle位置番号2253

財産を持っていると常に失う、もしくは失うのではないかという不安に悩まされることになります。セネカはお金があっても生活レベルを上げずに、自分のペースで質素に生活しました。また、セネカは時には何も持たずに旅に出て、「何もない状態」を忘れることのないようにしていたようです。

注意したいのは、セネカは財産を持たないようにすること、お金を稼がないことを奨励しているわけではありません。セネカは賜金(皇室からの報酬金)の他インド方面との貿易や資金の融資などの事業から収入を得ており経済的にも裕福でした。お金をしっかりと稼ぐ反面、お金に依存しない精神を志向したのです。

私たちはお金の不安に悩まされがちです。もし失業したらどうしよう、収入が途絶えたらどうしよう等。もちろん適度な不安自体は人を緊張状態に保ち人をモチベーションにもなりえるので悪くないものです。

しかし、不安に駆られて現在、集中して取り組むべきことを見失ったり、お金のことを考えすぎて時間を浪費するのは避けたいものです。セネカのように何もない状態を前提にすれば失う不安は軽減されるでしょう。

万が一失っても精神的な損害は低く抑えることができます。セネカの思想にミニマリズムの原点がセネカの著作に通底している思想を一言で表すと「Less is More=少なくてよい多い」でしょう。

このLess is Moreはセネカではなく20世紀のドイツの建築家ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエが掲げた標語です。彼はこの標語に沿ってシンプルでより良いデザインを心がけました。

現在、Less is moreはミニマリズムの文脈で「少ないもので最大限の効果を発揮する」という意味でも使われています。セネカの思想にはこのミニマリズムに近いものがあります。

不必要な物や考えを持たず失うものが少ない状態。将来に目を向けすぎることなく現在に集中すること。これは現代の私たちにも役立つ思想と言えるのではないでしょうか。

怒りに対する処方箋

誰しも、イライラしたり腹の立つことはあるでしょう。セネカは怒りとは「自分に加えられた不正に対して仕返しをしたいという欲望」であると分析しています。

セネカはその怒りに対する対処法としては一旦時間を置く「遅延」を提案しています。また、物理的にも怒りの原因から距離を置くと良いとも言っています。怒りの感情は最初に頂点に達しますが、徐々に落ち着いていきますので確かに「遅延」は有効な手段でしょう。

そうは言っても怒りを収めるのは決して簡単ではありません。そこで、もっと高い視座から怒りを見るのが良いかもしれません。セネカは以下のような言葉を残しています。

「何ゆえにわれわれは、まるで永遠の世界にでも生まれたかのように、いつも好んで怒りをぶちまけ、きわめて短い一生を駄目にするのか。何ゆえにわれわれは、高貴な楽しみのために費やすべき日々を、好んで他人の悩み苦しみのために向けるか。そのような財産の浪費は認められないし、また時間の損失も許されない」セネカ 怒りについて 岩波文庫P180

今すぐ生きなさい

最後にセネカの著作の中で最も有名なフレーズで締め括りとさせていただきます。

「あなたは、どこを見ているのか。あなたは、どこを目指しているのか。これからやってくることは、みな不確かではないか。今すぐ生きなさい。」セネカ他2篇人生の短さについて光文社古典新訳文庫[Kindle版] Kindle位置番号355

将来にばかり目を向けないで現在すべきことに打ち込む、今を生きることの重要性をセネカは説きます。同時に、セネカは多忙の中で自分を見失ってしまっている人も批判しています。私たち現代人も仕事に追われて多忙であるがゆえに一見充実しているように思えます。

しかし、多忙にかまけて自分が本当にやりたいことを見つめ直す時間を取れていない場合もあるのではないでしょうか。歳を取ってから「若い時に○○しておけばよかった」と後悔してしまうことのないように生きていきたいものです。

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[文・編集] サムライト編集部