脳研究者、池谷裕二さんが教える仕事に効く脳の真実7選

脳を知れば仕事はもっとうまくいく

私たちの行動や感情の多くは脳によって支配されています。脳の構造は現代科学でも完全に解き明かすことはできていませんか、少しずつその真実は解き明かされつつあります。

ここでは東京大学薬学部教授であり、脳研究者である池谷裕二さんの著書『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』から、仕事や実生活に役立てられる7個の脳の真実を紹介します。

仕事に効く脳の真実

Business team at the office

1.「手を握るだけ」で記憶力がアップする!

2013年に米モントクレア州立大学のプロッパー博士らが発表した論文によると、覚えるときに右手を、思い出すときに左手を握りしめるようにすると、人間の記憶力は18%も上昇するのだそうです。博士たちは51人の一般参加者に対し、1つの単語を5秒間、合計36個を画面上に表示し、すべて見終わった後で覚えている単語を書き出してもらうという実験をしました。

何もしない状態での単語数は平均で8.6個。しかし直径5cmのゴムボールを45秒間思い切り握り、15秒間の休憩を挟んでもう一度45秒間握るというエクササイズを、単語を覚える前と後に行ったところ、思い出せる単語数が平均10.1個に増加したのです。

このときのポイントは握る手。記憶するための部位である左前頭葉は右手の動作により刺激され、思い出す部位である右前頭葉は左手によって刺激されます。そのため「覚えるときに右手を、思い出すときに左手を握りしめる」というわけです(実験で立証されたのは右利きの人のみ。左利きについては研究中)。

なお手を握るという動作は感情のコントロールにも役立つとされています。簡単に行えるエクササイズなので、「手を握る」を癖にしてしまえば日々の脳のパフォーマンスアップが期待できるかもしれません。

2.第二言語の習得能力は「遺伝」で決まる

2009年にアムステルダム自由大学のヴィンカウゼン博士らが報告した調査によれば、第二言語の習得において遺伝的要因が寄与する割合は71%にも上ることがわかっています。2010年のニューメキシコ大学のデイル博士らも同じテーマで調査をしたところ、遺伝的要因の寄与率は67%だと結論づけました。同研究グループによれば母国語の習得能力と第二言語の習得能力の間には相関関係がないことも明らかにされています。

これらの研究結果から得られる教訓は「英語や中国語などの第二言語の習得に執着しすぎるな」ということです。いくら努力してもなかなか上達しないという人は努力が足りないのではなく、もともと向いていないだけかもしれないからです。向いていないことに時間と労力をかけるより、他の分野にその力を注いだ方が仕事も人生もうまくいくはずです。

3.好調な人の近くにいると自分も好調になる

カリフォルニア大学のボック博士らの2012年の研究によれば、30試合以上連続安打を記録中の選手がいるチームはチームメイトの平均安打率まで上昇させるということが、統計的に証明されました。

同研究グループはこの要因を、人間が生来持っている他人を真似る習性に求めています。すなわち営業成績が伸びている人や女性にモテる人の近くにいれば、意識しないうちに営業スキルやモテスキルを自分のものにし、自分まで好調になれるというわけです。

4.自分が「我慢」している姿は他人の快感につながる

マックスプランク研究所のジンガー博士らの研究によれば、人間の脳は痛がっている人を見ると自分自身でも痛み回路を活性化させ、相手の痛みを自分の痛みとして受け取るのだそうです。

このような脳の習性が「共感する」ということです。しかし共感しているうちは両者とも苦しんでいますが、この共感が「かわいそう(あるいは痛そう)だから、救ってあげたい」というように「同情」に変わると、脳の回路は痛覚の神経活動から「快感」の神経活動に切り替わります。つまり同情という感情は、脳的には自分が気持ち良くなる感情なのです。

したがって、人に助けを求めるときにできるだけ「我慢している姿」を相手に見せれば、相手は同情=快感を抱きながら助けてくれるはずです。これぞまさにWIN-WINの関係と言えるでしょう。

5.「恥ずかしい」という感情は人間の生存戦略だった

京都大学の高橋英彦博士の実験によると、「正装すべきパーティに普段着で来てしまった」などの恥ずかしい状況を思い浮かべた時、人間の脳は内側前頭皮質や上側頭溝などの部分が活動することがわかりました。

これらは「他人の心に気づく能力」を司る部位です。これは人間だけでなく多くの動物に備わっている機能です。動物は他の生き物が自分に敵意を持っているのか、あるいは味方になり得るのかを瞬時に判断しなければ生き残っていけません。

さらに言えば動物は自分の心を隠す必要があります。自分の心を相手に気取られれば、行動が予測され、あっという間に命を奪われてしまうからです。この「相手の心を読もうとしながら、自分の心を隠す」という技術は人間の持つ動物としての原初的な能力です。

そのため「正装すべきパーティに普段着で来てしまった」などの恥ずかしい状況に陥ると、「周囲の人はどう思ってるんだろう?慌てている自分の本心を読まれていないだろうか?」と一種の混乱状態になるのです。

これはつまり「恥ずかしいという感情は、単なる動物的本能のパニックに過ぎない」ということです。このように捉えていればもし同じ状況に陥った時も、今までより早く元の自分を取り戻せるのではないでしょうか。

6.「人格についての言葉」は人の行動をより強く促す

カリフォルニア大学のブライアン博士らが行った実験によると、被験者が嘘をつかないようにするための忠告として「嘘をつかないで」よりも「嘘つきにならないで」の方が圧倒的に大きな効果があることが明らかになっています。この2つのフレーズの何が違うのかというと、前者が「嘘をつく」という「行動」に対するものであるのに対し、後者が「嘘つき」という「人格」に対するものであるという点です。

例えば犯罪を犯す時、多くの人が「本当の自分は善良だが、今の状況では仕方がない」という言い訳を自分自身に対して行います。こうして心に蓋をすることで、「犯罪者」という人格のレッテルから逃げるのです。

この習性を利用すれば、他者の行動を促す時にメッセージの中に「人格についての言葉」を組み込むだけで、より高い効果を得ることができるでしょう。

7.脳が楽に処理できる数字は「3つ」まで

ケンブリッジ大学の研究グループは、モニターに表示された点の数を素早く答えてもらうという実験を行いました。この実験によると1個から3個の点を数えて答えるまでの時間はほとんど変わりませんでしたが、4個以上になると急速に反応が遅くなることがわかりました。つまり脳が瞬時に把握できる個数は3つまでで、それ以上になると情報を処理するための負担が一気に増えるのです。

この研究結果は取引先へのプレゼンはもちろん、部下への指導や上司への進言など、他人に物事を説明する時に応用できそうです。つまりある結論を導くために4つ以上の根拠を述べるのではなく、3つまでに絞り込むことで、より聴き手の情報処理の負担を軽くしてやることができるというわけです。

実践するもよし、うんちくとして語ってもよし

ここで紹介した7つの脳の真実は、どれも科学的に立証されたものばかりです。うまく活用すれば仕事や実生活に役立ちますし、お酒の席やちょっとした雑談の中でうんちくとして語っても面白いでしょう。

科学的な話題なので知性をアピールすることもできますし、仕事でよくあるシーンを例に挙げれば「あれには脳の習性が関係あるんだ!」と驚いてもらえます。ぜひお好みの方法でご活用ください。

参考文献『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』
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脳科学は常に新しい発表がされていくので、定期的に知識をアップデートシていく必要がありますね。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部