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行き当たりばったりでは悩みはなくならない
人間関係で悩んでいる人の多くは、目の前の悩みに夢中になってしまいがちです。しかしそれでは主観的にしか考えられません。
「いいや、相手の立場になって考えてみたし、友だちにも相談した」と反論したくなる人もいるかもしれませんが、それでは不十分です。より根本的に悩みを解消するためには、もっとずっと客観的に考える必要があります。
つまり人間を科学的に見るのです。「人間とはそもそもどういう生き物なのか」というレベルで人間を理解しておくだけで、人付き合いは格段と楽になります。
ここでは深い人間理解がなぜ人間関係の悩みを解決するのかを解説するとともに、そのための知識が身につく3つの学問分野をおすすめの書籍とともに紹介します。
「深い人間理解」が悩みを解消する

人間は「誰かを助けるもの」を好む
アメリカの心理学者デイヴィッド・プレマックとアン・プレマックは、生後10ヶ月から1年2ヶ月の赤ん坊を被験者として、ある実験を行いました。
・斜面を上ろうとする三角形
・三角形を後押しする円
・三角形を邪魔する四角形
その実験はこうした3つの図形が登場するビデオを赤ん坊に見せたあと、円と三角形の模型を見せたときにどちらを選ぶかを調べるものでした。
結果は「赤ん坊の多くは三角形を助ける円を選ぶ」。この結果からどんなことが言えるでしょうか。
それは、人間という生き物は先天的に誰かを助けるものとそうでないものを区別できるということです。これは非常に重要な人間理解のヒントとなります。
「性善説」を前提にすると悩みが前進する
たとえば「上司が自分に残業ばかり押し付けてくる」「上司が自分の仕事に何かとケチをつけてくる」といった悩みを抱えていたとしましょう。
確かに主観的に見れば上司が自分に悪意を持っているように思えるかもしれません。
しかし『サピエンス全史』で紹介されているプレマック夫妻の実験を前提にすれば、人間とは「人を助ける」「人に良いことをする」を是とする生き物です。
その観点から考えれば「上司は自分に対して悪意を持って接しているのではなく、善意から行動しているのではないか?」という仮説が立てられます。
こうして相手の善意を前提にすると「どうすれば自分が困っていることをわかってもらえるだろう?それをわかってもらえれば、上司も言動を変えてくれるはずだ」という建設的な思考につながります。
考え方を変えるだけで問題がいきなり解決するわけではありませんが、そのきっかけを掴めるだけでも大きな前進です。
「性善説」は人類学的に見ても正しい
プレマック夫妻の実験は心理学的な視点から人間の性善説を立証したものですが、たとえば人類学の観点からも同じことが説明できます。
というのも人間と類人猿の最も大きな違いは「協力して何かを成し遂げられること」とされているのです。
そのため協力できない個体はこれまでの人類史数百万年のなかである程度淘汰されてきたはずです。
このように考えると、人間という生き物は本来「悪意を持って他者を攻撃する」という非協力的な言動ができない生き物として進化してきたと言えます。
したがって人類学の観点からも基本的には「みんないい人」と言うことができるのです。
大切なのは科学的に人間を見ること
ここで重要なのは性善説が正しいか、間違っているかということではなく、科学的な根拠に基づいて人間を見ることです。そうすることにより「あの上司が嫌いだ」といった主観を取り除いて、客観的に相手を見られるようになるからです。
そうして頭を冷やしてから改めて目の前の問題に向き合うと、それまで見えなかった解決の糸口が見えてくるようになります。これが科学的人間観の効用なのです。
人付き合いが楽になる3つの学問分野

人間観を養うための学問には実にさまざまな分野がありますが、以下ではそのなかから特におすすめの3つを紹介します。
すなわち「心理学」「神経生物学」「人類学」です。以下ではそれぞれの学問を学ぶことで手に入る知見と、おすすめの1冊を紹介します。
心理学で人の心の仕組みを知る
心理テストやメンタリストのDaiGoさんなどの影響で「心理学」という言葉自体は知っている人も多いでしょう。しかし世の中に知られている心理学の成果はごく一部でしかなく、なかには誤解されて広まっているものも少なくありません。
そのため心理学者が書いた本などを読むと、人間の心がいかにシステマティックに作られているかを知ることができます。
もちろん心理学の実験は「20代学生」「中高年の男女」「アメリカ人」といった限定的な人たちが被験者になっている場合も多く、すべてが自分の人間関係に当てはまるわけではありません。
しかし「知っているだけ」でも自分や他人の言動への理解が深まります。たとえば恋人が都合の悪い話は聞かないふりをして、自分に都合の良い話にばかり興味を示す人だったとしましょう。
ここで恋人に悪い印象を抱くのは簡単ですが、人間には「自分に都合の悪い情報を無視したり、取るに足らないことだと考えたりする習性(正常性バイアス)」があって、それを自覚するのは難しいことだと知っていれば、「どうすればこのバイアスを取り除いてあげられるかな?」という考え方ができます。
オススメの1冊『心理学大図鑑』

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古今東西の心理学の理論を1冊にまとめた図鑑です。1日1項目ずつ気になる部分を読んで網羅的に人間理解を深めるもよし、「もっと深く知りたい」と思う分野を関連書籍で追求していくのもよし。心理学の多様な成果を概観するにはぴったりの1冊です。
認知神経科学で学べるのは人体の設計コンセプト
「認知神経科学」という学問は聞き慣れないかもしれませんが、脳を中心とした神経の回路が人間の心理や認知にどのように関わっているかを研究する学問です。
たとえば人間の脳には「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞がありますが、これは他者に対する共感を司る回路だと考えられています。
この細胞は人間だけでなくサルにもありますが、近年の認知神経科学の研究により、人間のミラーニューロンがサルよりもはるかに高性能だということがわかりました。
つまり人間は生物のなかでもとりわけ共感力が高く、他人の喜びや悲しみを自分ごととして考えられるよう作られているのです。
言い換えれば、人間は協調しながら生きていくというコンセプトに基づいて設計されているということです。
こうした人体の設計コンセプトを知っておくと、人間関係で問題が生じたときも「人間は協調するよう作られてるんだから、なんとかなる」とポジティブな思考を持つことができます。
オススメの1冊『〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義』

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カリフォルニア大学サンタバーバラ校心理学教授で、認知神経科学分野を代表する学者であるマイケル・S・ガザニガが、スコットランドの伝統ある一般公開講座「ギフォード講義」で話した内容をまとめた1冊。
やや専門的な内容も多く、最後まで読み切るには少し根気が必要ですが、読めばきっと認知神経科学の面白さを実感できるはずです。
人類学で人間社会の「クセ」を知る
人類学とはずばり「人間って何だろう?」を科学的に追求する学問です。
そのため生物学的な手法から少数民族へのインタビューや観察といった社会学的手法、アウストラロピテクスやネアンデルタール人のような旧人類の化石や遺跡を対象とする考古学的手法など、さまざまな手法が用いられています。
生物学的手法に基づくものを「自然人類学」、社会学や考古学的手法に基づくものを「文化人類学」と呼びます。
そのためこの学問から学べることは多岐に渡りますが、そのうち人間関係に役立つのは人類学からわかる人間社会の「クセ」です。
たとえばチームのリーダーなどをしているとメンバーに対して「どうして積極的に成長しようとしないんだ」「新しいことに挑戦する意欲が足りなさすぎる」といった不満が生まれてくるでしょう。
あまりにも自分の期待に応えてくれないものだから、「もうこいつらはダメだ」と諦めたくなるかもしれません。
しかし人類学的な観点から言えば、人間社会には「何か強烈な危機感がなければ成長したり、挑戦したりしようとしない」というクセがあります。
この前提を知っているだけで、チームメンバーを諦めずに「どうしたらチームに対して危機感を抱かせられるか」と建設的に考えられるようになるのです。
オススメの1冊『サピエンス全史』

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専門分野の本としては異例の800万部を売り上げた、文化人類学者ユヴァル・ノア・ハラリによる1冊。タイトル通り、文化人類学的な視点からホモ・サピエンスの歴史をすべて解説したものです。
ベストセラーになっているので目にしたり、手に取ったりしたことがある人も多いことでしょう。上下巻でページ数も多いので手を伸ばしづらいかもしれませんが、文章は非常に読みやすく、紹介されるエピソードも面白いものが多いため、想像以上に楽しめるはずです。
自分と他人を「科学的に」見よう
人間の心理にしろ、脳にしろ、文化にしろ、科学では解明できないことはまだまだあります。そのため心理学や神経生物学、文化人類学を学んだだけで、人間の全てを客観的に考えられるようになるわけではありません。
しかしここで見たように、現時点でわかっている人間の性質を前提にして考えるだけでも、人間関係の悩みの大半が解決すると思います。
すると、科学では説明のつかない問題にぶつかったときにだけ自分の頭で考えればよくなるので、悩むことに費やす時間の大幅な節約が可能になります。
簡単な悩みはサクサク解決して、考える時間が必要な悩みにだけ労力を注ぐ。その方が人生はもっと充実するはずです。
「人間関係に疲れてしまうことが多い」という人は、ぜひとも「科学的人間観」を身につけて、余計な悩みとオサラバしましょう。
