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デキる人は「感情」との付き合い方が上手い
ビジネスでもプライベートでも、デキる人というのは感情との付き合い方が上手いもの。しかしこれは「感情のコントロール」が上手いというだけでなく、「感情の合理性」を上手く利用しているからでもあるのです。
感情と合理性という組み合わせに違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし行動経済学者エヤル・ヴィンターさんの著書『愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める』によれば、感情は私たちが思っているよりもはるかに合理的です。
以下では本書を参考に感情の合理的な側面を明らかにすることを通じて、感情を人生に役立てるための考え方を提案します。
「過剰な自信」は人生を切り拓く大いなる力

●感情は時に知性よりも合理的
感情や直感に基づく決定は、考えられる結果や影響を綿密に分析してから出した決定よりも、ずっと効率的な場合が−−−しかもすぐれている場合が−−−多い。引用:前掲書p12
ヴィンターさんは著書の冒頭でこのように書いています。意思決定をする際、私たちはつい「感情的思考」と「知性的判断」という対立構造を作り、前者を誤った選択に導くものとし、後者こそが正しい選択に導いてくれる考えがちです。
しかしカリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究は、私たちが怒っている時の方が正誤の判断能力が向上するということを明らかにしています。つまり感情がすなわち非合理的であるという考え方は、必ずしも正しくないのです。
●自信過剰は失敗を招くが……
これを「自信」を例にとって考えてみましょう。2000年にカリフォルニア大学が行なった研究は、株式投資家が数年間に行なった取引のうち一度の取引で平均3%も損をしていることを明らかにしました。
仮に合理的であるはずの投資家たちがA株を売ってB株を買う時、彼らはB株の価値がA株の価値を上回るという予想に基づいて決断しています。しかし「自分の予想は当たるはずだ」という自信は、結果的には求める結果を引き寄せられないことを同研究は証明してしまいました。
他にも自信過剰が望まない結果を引き起こす例は枚挙にいとまがありません。
ところがヴィンターさんの著書によれば、あながち「自信過剰は絶対に回避するべきである」とは言えないようなのです。つまり自信過剰はたびたび私たちを求める結果に導いてくれるからです。ヴィンターさんは自信過剰の利点として以下の3つを挙げています。
1.自信は社会的なかかわり合いの中で、私たちの「市場価値」を高めてくれる。
2.過剰な自信は「自信があるフリ」を「本当に自信がある」ように見せてくれる。
3.過剰な自信はやや行きすぎた楽観主義を生み出し、私たちの行動を促してくれる。
例えば原始時代に自信過剰な楽観主義者の狩人Xと、現実的で悲観主義者の狩人Yがいます。Xは「今日こそ草原で一番大きなバッファローを仕留めてやる!」と、特に思い悩むこともなく毎朝元気に洞窟から飛び出して行きます。
一方Yは「Xは馬鹿だよ。あんなこと言って、どうせまた手ぶらで帰ってくるんだ」と昼から日暮れまでの数時間だけ、狩りに出ています。もし草原で一番大きなバッファローを仕留めるとしたら、どちらの狩人の方が確率が高いかは言うまでもなくXでしょう。
ヴィンターさんは、臨床的うつ病の患者の方が健康な人たちよりも現実を正確に捉えていることを明らかにした1989年の精神医学の研究を引いて、次のように書いています。
日々の生活を楽にし、生存確率をあげるのは、健康な人の非現実的な幻想である−−−あまりにも甘い幻想で、現実から乖離してしまったら話は別だが。引用:前掲書p237
限度さえわきまえていれば、自信は可能なくらいが人生の役に立つのです。
「怒り」に見る社会的感情の交渉力

●怒りは人間に備わった交渉術
先ほど怒りが判断能力を向上させるというカリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究を紹介しました。以下ではこの「怒り」という感情を取り上げて、怒れる人がいかに自分の望む結果を手に入れられるかをみていきましょう。
感情を大別すると恐怖や後悔・不安の自律的感情と、怒り・妬み・共感などの社会的感情に分けられます。前者は他人がいなくても感じることができますが、後者は他人がいなければ感じることができません。したがって社会的感情と呼ばれます。
社会的感情は自分の決定だけでなく、他人の決定にも影響を及ぼします。この力は、怒り・妬み・共感などは自分と他人に対してコミットメント(確約)を作り出す強力な武器になります。
例えば恋人と今夜のデートの行き先について口論になったとします。このとき、先に怒りを露わにして「自分はたとえ自分が損をしたとしても、あなたと行く今夜の花火大会を譲らない!」と表明すれば、相手の優位に立てる可能性が高まるでしょう。
恋人との口論でなくても、怒りを露わにできる人ほど交渉ごとが上手くいくという場面を目の当たりにした人は少なくないはずです。
この怒りという感情は、私たち人間が生存戦略として獲得した交渉技術と考えることもできます。というのもヴィンターさんが教え子のメイア・メシュラムさんとエルサレムにあるヘブライ大学合理性研究センターで行なった研究によれば、被験者たちは怒り・満足感・平静のうち怒りを表に出す能力が最も長けていることがわかっているからです。
もちろんこれがそのまま全人類に当てはまるわけではありませんが、大いなる示唆に富んだ実験結果には違いありません。人間は満足感を他人に示すよりも、怒りを露わにする方が得意なのです。
●感情の真偽は見抜かれる
ここで重要なのは、コミットメントを作り出すためには偽物の感情ではダメだということです。コミットメントを行う側はそれによって生じる犠牲を払う覚悟を決めている。これはコミットメントの鉄則です。
交渉ごとを有利に進めるためには、少なくとも相手に「自分は何があってもコミットメントを追求する」という覚悟を信じ込ませなくてはなりません。そのためには本物の感情が必要になります。なぜなら感情の真偽は見抜かれるからです。
アメリカの研究者が人気テレビ番組『フレンド・オア・フォー』の結果を調査した研究結果がこのことを明らかにしています。同番組では2人のプレイヤーが力を合わせてクイズを解いて正解ごとに賞金を貰うというコーナーと、1万ドルを超えることもある合計賞金を2人のプレイヤーがどう分けるかを決めるコーナーで構成されます。決め方は以下のとおりです。
・両プレイヤーは「フレンド(味方)」か「フォー(敵)」のいずれかを相手にわからないように選ぶ。
・いずれかを選ぶ前に、相手とどちらを選ぶつもりか話し合う時間が15秒設けられている。
・両プレイヤーともフレンドを選んだ場合は、合計賞金は山分け(50%ずつ)。
・片方がフレンド、片方がフォーを選んだ場合は、スティール側が100%を独り占めし、スプリット側は0%。
・両プレイヤーともフォーを選んだ場合は、どちらも賞金はもらない(0%)。
合理的思考に基づけば、プレイヤーが選ぶべきはフォーです。相手がフォーを選ぶつもりなら自分がどちらを選んでも賞金はもらえませんが、自分がフォーなら相手がフレンドを選ぶ可能性に賭けられるからです。
しかし両プレイヤーがこのように考えれば、合理的な帰結は「どちらも賞金をもらえない」です。プレイヤーたちはこの帰結を避けるため、15秒の話し合いの時間で相手に自分がフレンドを選ぶと信じさせようとします。これが同番組のメインパートです。
アメリカのエイヴナー・カレーという研究者はこの番組の4つの結末、すなわち「両方フレンド」「両方フォー」「フレンドとフォー」「フォーとフレンド」の出現頻度を数百回の放送にわたって調査しました。
すると両プレイヤーが同じ選択をする可能性が高いことがわかったのです。これはつまり相手がどちらの選択をするかをプレイヤーたちが把握できているということを示します。
相手がフレンドを選ぶとわかっているからこそ自分もフレンドを選び、相手がフォーを選ぶことがわかっているからこそ(独り占めを防ぐために)自分もフォーを選ぶからです。
このことから私たち人間が相手の感情を正確に見抜く力を備えていることがわかります。したがって交渉ごとを有利に進めるためには、本当に怒る必要があるのです。
感情を賢く利用しよう
ここまで見てきた自信と怒りについての研究や実験の結果を前提にすれば、むやみやたらに感情を制限することの愚かさに気づけるはずです。私たちの意思決定は感情と知性のメカニズムが互いに連動しあって行われています。
場合によっては「ここまでが感情、ここからが知性」とはっきりわけることさえできません。それを無理矢理に切り分けるのではなく、感情が持つ合理的な側面にもっと意識を向け、これを賢く活用するやり方を模索することこそ、最も合理的なやり方なのです。
参考文献『愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める』

