プロの映画研究者が選ぶ「映画を語るなら観ておくべき作品」20選

ハズレなしの最強映画リスト

年間数百本単位で映画を観ていて、しかも映画についての専門的な視点も持ち合わせている。そんな人が作ったオススメの映画リストがあれば、手に入れたいと思いませんか?そこで筆者は高知大学人文社会科学部で英文学と映画論を担当され、アメリカの映画理論の翻訳紹介もされている宗洋(そう・ひろし)准教授に協力を仰ぎ、「映画を語るなら観ておくべき作品」を20本選んでいただきました。

以下はこの20本全てを筆者が実際に鑑賞して抱いた感想と、宗准教授の鑑賞アドバイスをまとめたレポートです。どれを観てもハズレはなし。ぜひ映画選びの参考にしてください。

映画って最高!

まずは演者や被写体を含む、制作陣が「映画って本当に素晴らしいんだぜ!」という想いをたっぷり込めた作品を6本紹介します。映画好きはもっと映画が好きになり、そうでない人も「映画っていいもんだな」と痛感できることうけあいの作品ばかりです。

1.『100人の子供たちが列車を待っている』(1988年)

画像出典:Amazon

チリのサンチアゴ郊外の貧しい子供たちに向けて、簡単な手作り教材を使いながら「映画の作り方」「映画の楽しみ方」を教えるアリシア先生とその生徒たちの様子を撮影したドキュメンタリー映画。

作中に登場する子供たちのほとんどは映画館で映画を観た経験すらなく、アリシア先生が紹介する「ソーマ・トロープ」や「ゾーイ・トロープ」といった簡単な映画的なおもちゃにさえ目をキラキラ輝かせています。アリシア先生の授業を通じて映画の成り立ちや歴史を勉強できるとともに、「映画を楽しむってどういうことだったのか」を改めて思い出すこともできるでしょう。

こんな心温まる作品ですが、実は本作はチリの軍事政権下で上映禁止になった作品でもあります。その理由はぜひ観て確かめ、考えてみてください。

2.『僕らのミライへ逆回転』(2008年)

画像出典:Amazon

カイリー・ミノーグのミュージック・ビデオ「カム・イントゥ・マイ・ワールド」で有名なミシェル・ゴンドリー監督作品。主演は超人気コメディ俳優ジャック・ブラックです。ストーリーは映画制作のど素人である主人公たちが、創意工夫を凝らしながら舞台となるレンタルビデオ店を救っていくというもの。

最新鋭の機材を一切使わずに、手作り感満載の小道具や素人感たっぷりのカメラワークで『ゴーストバスターズ』や『ラッシュアワー2』などをリメイクしていくのですが、その様子を思いっきりポップにエンタメ化して観せてくれます。あちこちに名作のパロディが盛り込まれており、映画が映画を語るという自己言及的な面白さにも溢れた作品です。

大人版『100人の子供たち』とも言えるので、『100人の子供たち』のあとに観ることを強くオススメします。

3.『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』(1993年)

画像出典:Amazon

古典的なホラー映画やSF映画などのマニアとして知られるジョー・ダンテ監督のコメディ映画。舞台はキューバ危機の真っ只中。人々が現実の「恐怖」に怯えるなか、作中に登場するB級ホラー映画の帝王・ウルジーは最新作『マント』を公開します。

本作の見所はこの『マント』の上映シーン。ここではキューバ危機が起きている現実世界、映画館の中の現実とフィクションの間の世界、『マント』の作品世界、『マント』の作品の中で流れる映画の世界(物語中物語)が重層的に描かれ、それらの世界がめまぐるしく入れ替わります。

こうした描写からは「誰もが恐怖を求めていて、実際のところはそれがリアルでもフィクションでも区別がつかないんだ。愚かだろう?」という辛辣なメッセージとともに、「だがそれができるのが映画の力であり、面白さなんだ」という映画愛溢れるメッセージも伝わってきます。

冒頭から終始でたらめに見えるウルジーですが、本作を観終わった頃には彼こそが映画の魅力を知り尽くしているのだと感じるはずです。

4.『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993年)

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アクション映画で知られるジョン・マクティアナン監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画です。

シュワちゃんが演じるのは現実世界の人間ではなく、本作の中の人気アクション映画『ジャック・スレイター』の主人公・スレーターです。もう一人の主人公ダニー少年はとあることがきっかけで映画の世界に紛れ込み、憧れのヒーロー・スレーターと行動を共にします。

しかし彼は単なる夢見る少年ではなく、根っからの映画マニア。空気を読まずに映画世界の中でメタ発言を繰り返し、スレーターたちを振り回していきます。舞台は、後半ではスレーターたちが現実世界に飛び出して、本物のシュワちゃんと遭遇したり、『スレーター』の敵キャラとその俳優が入れ替わったりと、終始飽きさせない展開が最後まで続いていきます。

キャストやタイトルからしてゴリゴリのアクション映画だと考える人も多いはず。確かに気分爽快なアクションシーンも盛りだくさんですが、それ以上にパロディやメタ表現をてんこ盛りにした非常に知的な映画に仕上がっています。

5.『イングロリアス・バスターズ』(2009年)

画像出典:Amazon

監督・脚本を『キル・ビル』のクエンティン・タランティーノが担当し、ブラッド・ピットが主演した第二次大戦を描いた戦争映画です。5章から構成される物語には2人の主人公がおり、一人はブラッド・ピット扮するアルド・レイン米陸軍中尉。

もう一人は家族をナチス親衛隊に惨殺された過去を持つ映画館館主の女性で、メラニー・ロラン演じるショシャナです。レイン中尉は特殊部隊を率いてドイツ軍に相手にゲリラ戦を繰り広げ、ショシャナはドイツ軍の将校に取り入ってヒトラー抹殺を企てます。全く無関係に進行する二人の計画が交わる時、物語はクライマックスを迎えます。

「ナチスドイツとの戦い」と聞くと、陰鬱な映画のイメージが思い浮かぶかもしれません。しかし本作はあくまでポップに、まるでクライム・エンターテイメントのようにこのテーマを描きます。

そのためきっと「戦争映画アレルギー」の人も引き込まれるはずです。宗准教授曰く、本作は「コメディタッチだが、ドイツ人が英語を話す真面目な戦争映画よりも真摯な戦争映画」。

6.『ラビリンス/魔王の迷宮』(1986年)

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「近代アメリカテレビ史における最も重要な操り人形師」と評されるジム・ヘンソンが監督し、2016年1月10日没したデビッド・ボウイがゴブリンの王・ジャレスを演じた作品。

ストーリーは自分の無責任な愚痴がきっかけでゴブリン世界に巻き込まれたヒロインが、ジャレスに立ち向かっていくというもの。若かりし頃のデビッド・ボウイの美貌や歌も見所ですが、最大の見所はそのファンタジックな世界観にあります。

ジェニファー・コネリー演じるヒロイン・サラとジャレス以外はほとんどマペットであることや、エッシャーのだまし絵や画家ルネ・マグリットのほか、『不思議の国のアリス』『オズの魔法使い』『シンデレラ』など少女が主人公の小説や童話のエッセンスをちりばめているなど、誰が観ても夢見る子供だった頃を思い出せる作品です。

映画とは?リアルとは?

続いては映画そのものの本質に映画自身が自己言及している作品、あるいは映画を通じて「リアルとフィクションの違いはどこにあるのか?」と問いかけてくるメタな作品を6本紹介します。これらの作品を観たあとは、きっと日常が違って見えること間違いなしです。

7.『ブラッド・ダイヤモンド』(2006年)

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エドワード・ズウィック監督作品、主演はレオナルド・ディカプリオ。アフリカのシエラレオネ共和国の内戦とピンク色の大きなダイヤ原石「ブラッド・ダイヤモンド」をめぐるサスペンス映画です。

内戦の残酷さの描写や、ダイヤのためなら何のためらいもなく拷問や人殺しを繰り返す反政府勢力RUFとの戦いなど、社会派のメッセージを数多く訴えかけてくる作品ですが、本作にはこれらとは別のメッセージが込められています。それは「情報とは何か?」という問いかけです。

記者であるヒロインのマディー(ジェニファー・コネリー)は、内戦地域の記事を書きながら「こんなものには何の意味もない」というようなことを言います。物語化された情報では本当に伝えるべきことは伝えられません。記事を読む人たちは「かわいそう」と思うくらいで何もせず、内戦地域の平和にも何一つ役立たないのです。

これはそのまま内戦地域の悲惨さを伝えている『ブラッド・ダイヤモンド』という映画の意義についての問いかけになります。「果たしてこの映画にどれだけの意味があるんだろうか?」「自分たちに何ができるんだろうか?」そんな映画人たちの苦悩が聴こえてくる、奥深い作品です。

8.『ジェイコブズ・ラダー』(1990年)

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『危険な情事』で全米の男性を震撼させた監督作品 、名優ティム・ロビンス主演のサイコスリラー映画です。舞台は1971年ベトナム戦争中のベトナムと戦争後のアメリカ。主人公ジェイコブはかつてベトナム戦争に従軍し死地をくぐり抜け、現在は平凡な郵便局員として恋人ジェジー(エリザベス・ペーニャ)と同棲していました。

しかし彼は徐々に悪夢にうなされ、どれが現実でどれが夢かわからなくなり始めます。物語はどんどん曖昧になる現実と夢との境界線をさまよいながら、ジェイコブが核心へと近づいていく様子を描きます。

現実と夢の境界線がわからなくなるのはジェイコブだけではありません。この映画の観客も彼と同じように「いったいどれが本当の現実なんだ?」と考えざるを得ないのです。この映画を最後まで観終わった時、最後に残る「現実」はいったいどんなものなのかを考えてみてください。そこに本作の最も重要なメッセージが隠されています。

9.『ブルーベルベット』(1986年)

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ドラマ『ツイン・ピークス』で有名なデヴィット・リンチを有名にしたクライム映画。『イージー・ライダー』のデニス・ホッパーがクレイジーなギャング、フランク・ブースとして出演しています。主人公ジェフリー・ボーモント(カイル・マクラクラン)はあることがきっかけで殺人事件に首を突っ込み、そこから夜の暗い世界に取り込まれていきます。

その様子はまるで悪夢でもみているように不条理で、不可解です。そのため観客側もその不条理に巻き込まれていき、知らぬ間にデヴィッド・リンチが作り出す世界に迷い込んでしまいます。これこそが「カルトの帝王」デヴィット・リンチの思惑です。

本作を理解するためのキーワードは「目」です。映画を観るという行為は、登場人物たちの人生や生活を覗き見る行為です。本作ではそうした映画鑑賞の基本的立ち位置が崩され、宙ぶらりんになります。

そのとき私たち観客の「目」はどこにあるのか。これがこの作品を理解する重要なヒントとなります。答えはぜひご自分の目で確かめてください。

10.『スティング』(1973年)

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本作でアカデミー賞監督賞を受賞したジョージ・ロイ・ヒル監督作品、出演にはポール・ニューマンやロバート・レッドフォードなど名だたる俳優が揃い踏みした作品です。

時代は1936年、舞台はアメリカ・シカゴ。ストーリーは小規模な詐欺で日銭を稼ぐ主人公ホッパー(ロバート・レッドフォード)が、師匠と考えていた詐欺師を殺したギャングに復讐するため、凄腕の詐欺師ゴンドーフ(ポール・ニューマン)と協力して大規模な詐欺を企てるというものです。

本作の見所はなんといっても「演技」です。本作には役を演じている「役者の演技」と、詐欺のために演技をしている「登場人物の演技」のほかに、登場人物が架空の人物を演じて詐欺をする演技(ダブルスパイならぬダブル詐欺師)の3種類の演技があります。

物語が進むにつれてこれらの演技は巧妙に入り混じり、観客は煙に巻かれます。「何が真実で、何が嘘なのか」と問わざるを得ないのです。

この問いを突き詰めれば「そもそもこの映画自体が詐欺といえば詐欺である」という結論に行き着くでしょう。もしかしたらそれこそがこの映画の真のメッセージなのかもしれません。