知らずに済ませるな!これからを生き抜くために注目すべき10の研究分野

結局どの「最新科学」に注目すればいいの?

人工知能や脳科学などテレビやネットで取り上げられる「最新科学」には、実に様々なものがあります。「科学研究の世界では、急速に新しい技術やビジネスチャンスが生まれている」という予感を持っている人は少なくないはずです。

一方で数ある「最新科学」のなかから、具体的にどの分野に注目するべきなのかを理解している人はそれほど多くないのではないでしょうか。しかし今後伸びる分野に投資をしたり、新たに立ち上げられた科学ベンチャーへの転職を検討したりするためには、注目するべき分野の把握は必要不可欠です。

そこでここでは、1988年に設立され、様々な分野をまたぐ異才研究者が集まっているソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)編の『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』を参考に、今注目すべき10の研究分野を紹介します。

グローバルアジェンダ領域


以下では地球規模の大きな問題に対して、どのようにアプローチするかを研究する「グローバルアジェンダ領域」の研究分野を3つ紹介します。

協生農法

現代は生物史上六度目の大量絶滅を引き起こしている時代であり、このままいくと2045年までに地球生態系全体が取り返しがつかないほどのレベルで崩壊してしまうと言われています。

こうした問題の解決策として注目されている研究分野が「協生農法」です。効率を重視した近代的な農業においては、生産性を上げるために育てる作物の種類を絞ってきました。しかし協生農法は、非常に多くの種類の野菜や果樹などを混生・密生させることで強い生態系を作り上げ、耕作や肥料・農薬を必要としない農法です。従来の農業の常識とはかけ離れた方法ですが、実際に生産性の向上や生物多様性の回復、砂漠の緑化という結果を出しています。

ソニーCSLの船橋真俊氏は、2010年から協生農法プロジェクトを立ち上げ、研究を進めています。

バイオインフォマティクス

超高齢化社会において、すでに発症してしまった病気に対して治療を行う医療を推進するか、病気が発症する前に予防を行う医療を推進するかは大きな問題です。このうち後者の動きを加速させられる研究分野の一つになるのがバイオインフォマティクス(生命情報科学)です。

バイオインフォマティクスはDNAやRNA、たんぱく質の構造などの生命情報を、情報科学や統計学などのアルゴリズムによって分析し、現実世界に活用していくという学問で、例えばどのようなタイプの遺伝子をどういった組み合わせで持っていると、どんな病気にかかるリスクが高くなるかがわかる……というものです。

2018年までソニーCSLに所属していた桜田一洋氏は、現在理化学研究所の「医科学イノベーションハブ推進プログラム」に参加し、この分野の発展に力を尽くしています。

投資型医療

病気が発症する前に予防を行う医療を推進する別の研究分野が「投資型医療」です。この言葉はソニーCSLの研究者であり、同時にヘルステックベンチャーの「ミナケア」の経営者でもある山本雄士氏の造語。同社はこの投資型医療をビジネスモデルとしています。

健康保険組合などの保険者を対象に、保険者が持つ健康診断や医療費のデータを収集、独自の手法で保険加入者の疾病リスクやコスト情報の解析することで、保険者には医療費の削減を、被保険者には健康促進を提供する。これが投資型医療のビジネスモデルです。

今後医療データの収集や解析、提供するソリューション、業界構造の最適化などの研究が進めば、新たな医療の形として投資型医療が確立されていくことでしょう。

Human Augmentation領域

以下では人間の能力の強化、例えばクリエイティビティや感覚能力、身体能力の拡張にどのようにテクノロジーが活用できるかを研究する「Human Augmentation(人間強化)領域」の研究分野を4つ紹介します。

インターネット・オブ・アビリティズ(IoA)

IoAはソニーCSLの副所長であり、東京大学大学院情報学環教授、クウジット株式会社の共同創設者の肩書きも持つ暦本純一氏が提唱する新たなテクノロジーのあり方です。

暦本氏はこのIoAをIoTの次のステージだと考えており、Things(もの)がつながるIoTは、今後ネットワークに人間のAbilities(能力)がつながったり、AIとの融合によって拡張されたりする方向へと移行していくと指摘しています。

AIが人間にとってかわり、VRが現実にとってかわるといった言説も多くみられますが、暦本氏が見ているのはAIと人間、VRと現実が融合する未来です。より明るいテクノロジーの未来に興味があるという人は、IoAの分野を追いかけてみてもいいかもしれません。

超知覚

コンピュータ技術を使って人間の感覚に介入したり、人間の近くをコンピュータに接続することで、技術的に知覚・認知の拡張や変容を行う研究分野を、超知覚(Superception)と言います。

他人が見ている視界を360度見渡せるようになったり、自分と他人が見ているものを同時に見られるようになったり、コウモリや蚊といった他の生物の知覚を体験できたり……超感覚の分野ではこうした体験が実際にできるようになってきています。

ソニーCSLでこの分野の研究を進めているのは、もともとソニー本社でユーザーインターフェイスの研究開発に携わっていた笠原俊一氏。多くの著名な関連学会で研究成果を発表するとともに、「Head Light(ヘッドライト)/ Personal Projection Mapping」などのイベントを通じてテクノロジーの社会実装も実践しています。

バイオメカニクス

バイオメカニクス(生体力学)が生物の構造や運動を力学的に研究、その結果を応用する学問です。これをロボット工学と組み合わせ、義肢装具の分野に応用しているのがソニーCSLの遠藤謙氏です。

同氏が代表取締役を務め、為末大氏などが参画する「Xiborg」は「すべての人に動く喜びを」をコンセプトに、義足のアスリートが100m走で健常者のアスリートチャンピオンより速く走ることを目指して、この分野の研究開発と義足に合わせた選手育成を進めています。

音楽医科学

音楽の分野では、音楽学や美学などの研究を通じて感性や音楽性、理論が行われてきました。一方で「どのように練習をすれば上達できるのか」「故障はどのように予防し、対処するべきか」といった身体面での研究はほとんど行われてきませんでした。

そのことに気づいたソニーCSLの古屋晋一氏が立ち上げたのが「音楽医科学」という分野です。同氏は自身がピアニストとして故障してしまった経験から、膨大な努力によって身につけられる音楽家の技術を、科学サイドからサポートし、最終的にはピアニストの身体研究を通じて「文化が進化し続ける世界」を目指しています。

実際古屋氏のところには数多くのプロの音楽家が、科学的に正しい体の動かし方について相談するために訪れています。まだ世界でも稀な研究ではあるものの、今後の展開に注目したい分野の一つと言えるでしょう。

サイバネティック・インテリジェンス領域

「サイバネティック・インテリジェンス領域」とはAIやデータ解析によって、現実席あのシステムやプロセスを最適化することを目指す研究領域です。以下ではこの領域から3つの研究分野を紹介します。

因果情報分析

インターネット技術の発達により、人間に利用可能なデータの総量は増え続けています。しかしそうしたビッグデータの中から必要な情報を引き出す技術が十分に発達しているかというと、答えは否です。というのも「風が吹けば桶屋が儲かる」「アイスクリームが売れると水難事故が増える」といった本来関係のないものにまで、人間は相関関係を見出してしまいがちだからです。

こうしたバイアスのかかった情報ではなく、本当に因果関係のある情報だけを引き出す方法を研究する分野が因果情報分析です。この分野の研究は、今後データ総量が増えれば増えるほど、重要性を増していくでしょう。

ソニーCSLでこの分野の研究を行なっているのは、磯崎隆司氏。2017年にはより高い精度で因果関係を推測し、マーケティングなどに役立てるためのツール「CALC」をリリースし、株式会社電通国際情報サービス (ISID)、クウジット株式会社とソニーCSLの三社でCALCのライセンス販売、分析受託などのサービスの提供をスタートさせています。

経済物理学

経済的な現象を、物理学の理論を応用して分析する研究分野が経済物理学です。扱う現象には株式や為替、先物などの市場、株の持ち合いなどの企業間ネットワーク、個人・法人の所得などが挙げられます。

前述したように今後人間が利用可能なデータの総量は増え続けていきます。経済物理学を使えば、こうしたデータから情報を引き出す際の道筋を立てることが可能になります。

ソニーCSLの高安秀樹氏はこの分野のパイオニアの一人で、数多くの著書のほか『経済物理学の発見』という一般向けの新書も執筆しています。今は現状人間にしかできない理論物理学を人工知能にもできるものにするべく、研究を進めています。

システム生物学

生物学は、分子レベルや細胞レベル、生理レベル、生態レベルなど様々な分野に分かれて、それぞれのシステムを研究しています。しかしこれらは別々に研究されるだけで、統合されることはありませんでした。

そんな中で各分野のシステムを統合的に理解していこうとする「システム生物学」を提唱したのが、ソニーCSL所長を務める北野宏明氏です。同氏はこの分野に人工知能を持ち込み、人間では対応しきれない膨大なデータや複雑なシステムの分析に活用する試みを進めています。

こうした研究がどのような分野で活用されるかはまだまだ未知数です。しかしシステム生物学への人工知能の応用から、生物の新たな側面が発見される可能性は十分にあるでしょう。

あなたはどの分野にベットする?

ソニーコンピュータサイエンス研究所はモットーは「越境し、行動する」。そのため同研究所では新たな研究領域や研究パラダイムが生まれ、それに応じて新技術や新事業も生まれています。そのため今回紹介した分野が、アップデートされて新たな分野に変化していく可能性も十分にあります。

もし最新科学に投資をしたり、そこから生まれた科学ベンチャーへの転職を検討したりするのであれば、そうした変化の可能性も考慮に入れたうえで、どの研究分野に賭けるのかを選ぶことになります。

その際の判断基準は、今回の参考文献のタイトルにあるように「好奇心」なのかもしれません。自分がドキドキ、ワクワクする分野にお金やキャリアを投じてみる。新しい未来は、そこから見えてくるのではないでしょうか。

『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』では、同研究所の研究者20人のインタビューが掲載されており、各々の研究分野の概要や関心の方向などが語られています。「妄想を現実化し、世界を変える研究所」が見ていること、考えていることを覗き見たいという人は、ぜひ手に取ってみてください。

参考文献『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』

Career Supli
未来の変化をイメージするためにぜひ本書を読んでみてください。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部