AI・ロボット時代の「よい人生」とは?これからの「幸せ」の作り方

日本の「命の質」は下がり続けている

AI技術やロボット技術を始めとするテクノロジーの発達により、私たち人間の「よい人生」「幸せ」のかたちも変わりつつあります。これからの時代の幸せは、こうしたテクノロジーを抜きにして語ることはできません。

一方で、これまで日本人が信じ続けてきた幸せのかたちが、どうやら間違っていたということも明らかになりつつあります。内閣府が2008年に発表した「国民生活白書」に基づけば、戦後日本のGDPは上昇し続けているにも関わらず、国民の生活満足度は1984年以降低下を続けていることがわかっています。

また、日本人の平均寿命は男女ともに伸び続けています。これらのデータが示すのは、日本人の「命の量」が増え続けているのに対し、「命の質」は下がり続けているということです。

WHO(世界保健機関)は健康を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてがウェルビーイングな状態にあること」と定義しています(引用:日本WHO協会)。

このように考えれば、健康=ウェルビーイング=幸せと定義づけられると同時に、日本人は肉体的、社会的には幸せだと言えるものの、精神的には幸せではないと言うことができるのです。

以下ではいま起きつつある幸せのかたちの変化を例を挙げて紹介するとともに、AI・ロボット時代の中で、私たち日本人が幸せになるためには何が必要なのかについて考えます。

誰もが心身のパフォーマンスを「強化」できる時代へ

「フロー」「ゾーン」などと呼ばれる精神状態を脳波の状態から定義づけると、「非常に集中しながらも、とてもリラックスした状態」だと言えます。もしテクノロジーを利用して、自分の意思でこのような状態を作り出せたとしたら、私たちの心身のパフォーマンスは確実に強化されると言えるでしょう。

そうなれば人生はより豊かなものになるはずです。例えば音楽や映像とゲームを融合させる作品を数多く生み出している水口哲也氏が「シナスタジアX1-2.44」で目指したのが、プレイヤーにテクノロジーを通じて「フロー」「ゾーン」を体感させることです。

水口氏によれば、高い集中力は音や触覚、振動や波長、光といった様々な要素を同時に知覚する「共感覚」によって引き起こされる可能性があります。シナスタジアX1-2.44は2つのスピーカーと44個の振動子から構成される装置で、共感覚的な体験を演出。操作をする人にある種の超越的な体験を提供することに成功しています。

まだ未知の部分も多い脳が深く関係している分野のため、現時点で「フロー」「ゾーン」を任意で作り出すことはできません。しかしこれが実現すれば、人間の幸せのかたちが大きく変わることは間違いないでしょう。

これから先、問われるのは「自己認識力」

油断すれば「操作」される

この他にもの分野でも、テクノロジーは様々な角度から私たちの人生を変え始めています。では私たちは、こうしたテクノロジーの進歩に身を任せておけば、自然と次の時代の幸せを手にできるのでしょうか。残念ながらそれは間違いです。

なぜならぼんやりしていると、本来は自分の意思で行うはずの選択や、自分の意思が反映されてこそ生まれるはずの欲望までもが、テクノロジーの使い手によって操作されてしまうからです。

・YouTubeの利用者が観る動画のうち、70%はアルゴリズムによって「おすすめ」された動画である。
・AIやスーパーコンピュータを使えば、カメラで瞳を捉えるだけで、人の瞳孔の動きから緊張状態を読み取れる。
・FacebookやTwitterのデータを使えば、個人が惹きつけられるような広告や政治的メッセージをピンポイントで送りつけることができる。

これらは現時点ですでに実現されている技術です。このことから導けるのは、もはや人間は自分の意思によって選択をしたり、欲望を抱いたりできなくなってきているということです。もともと人間は他人や環境から影響を受ける生き物ですが、インターネットやスマートフォンの発達により、その度合いは格段に強くなっています。

自己認識力を磨け

このような時代に、自分の意思で自分の幸せを追求するためには何が必要なのでしょうか。それは自分の心や身体の状態について自覚的になる能力「自己認識力」を磨くことです。

インターネット以前の時代であれば、自分について一番よく知っているのは自分自身でした。しかし前述したようにYouTubeは本人が観るべき動画を本人よりも知っており、AIとつながったカメラは本人が自覚するより早く本人の緊張を感知し、FacebookやTwitterは本人がまだ欲しいと思っていない商品を提案することができます。

このような環境に身を委ねてしまえば、いずれ自分の意思なのか、テクノロジーによって作り出された意思なのか、区別がつかなくなっていくでしょう。これを防ぐためには、テクノロジーよりも自分について知っておかなけれならないのです。

瞑想、スポーツ、セラピー……自分に合った方法を選ぼう

自分についてより深く理解するための具体的な方法としては、瞑想が挙げられます。『サピエンス全史』でテクノロジーのこうした危険性に警鐘を鳴らしているユヴァル・ノア・ハラリ氏は、本書の最後に瞑想こそが自分をテクノロジーから守るための有効な手段であると書いています。

しかし瞑想が唯一の方法というわけではありません。同氏は『WIRED (ワイアード) VOL.32』のインタビューの中で、自分の心身と向き合う時間になるのであれば、それがスポーツであってもセラピーであっても構わないと答えています。

ともかくも、テクノロジーの発達による幸せを享受しつつ、自分の意思をそれらから守りたいと考えるのであれば、自己認識力を磨くための自分に合った方法を見つけ出し、実践する必要があるのです。

「テクノロジーありきの幸せ」を思い描こう

現代に生きる限り、自分をテクノロジーから完全に切り離して生きるのは至難の技です。だからといってSNSやインターネット上の情報に身を任せてしまえば、それらに操られる人生を送ることになるかもしれません。

もちろんそれも一つの幸せのかたちでしょう。しかし「自分の意思で自由に生きることが幸せになるには必要だ」と思うのであれば、自分に適した方法で自己認識力を磨いていかなければなりません。そうして「テクノロジーありきの幸せ」を思い描くことが、AI・ロボット時代の「よい人生」を生きるための一つの方法だと言えます。

参考文献『WIRED (ワイアード) VOL.32』

【文】鈴木 直人 【編集】サムライト編集部