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天才編集者から学ぶ、激動する現代を生きる術
2012年、国内屈指のヒットメーカーが講談社を去った。
『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』、『働きマン』の編集を担当し、大ヒットへと導いた敏腕が、次なるステージとして挑んだのは、クリエイター・作家のエージェント業という、国内にはまだ定着していない新しい分野である。
彼の名は、佐渡島庸平。「何故、講談社を辞めたのか?」という質問に対して、こんな印象的な言葉を返してくれた。
「サラリーマンってどういう状態かというと、自分と会社があった時に、どちらかというと会社を信頼しているということ。僕は自分のことを信頼してみたくなった。だから僕は独立したんです」
これほど、自分のことを俯瞰して見れる人間が果たしてどれくらい存在するのだろうか? 職種の定義や働き方が劇的に変化しつつある現代は、彼の“鳥の目”にはどのように映っているのだろうか。
職種の定義を、いま一度、見つめ直す。

– 忙しい中、取材をお引き受け頂き有り難うございます。
佐渡島:いえいえ!
– 最近、様々な職種の定義が変わってきているな、と考えていまして。UZABASEの執行役員であり、NewsPicksの編集長でもある佐々木紀彦さんも「編集者の定義を変える時代がきた」とおっしゃっていました。
これは営業など、他の職種においても言えるなと思うのですが、佐渡島さんはどうお考えですか?
佐渡島:営業などの他の職種は置いておいて、僕は編集者の定義自体は変えていないですし、変わっていないと思っています。「集めて編む、それだけ」。集めた情報の出し方次第で、見え方が全然違いますよね。
– 集めて編む・・・そこから読者やユーザーに届ける、ディストリビューションの部分も今のWebの世界でいえば求められるのかなと思うのですが。
佐渡島:それって、一般的にはマーケティングやプロモーションと言われる仕事ですよね?多分、インターネットの中だと、“集めて編む”という行為と“ネット上で見つけてもらう”という行為は、ほぼイコールになってくるなと思っていて。
現在、様々なキュレーションメディアなどが発達しています。そしていいコンテンツをつくって出せば、より見つけられやすくなっていくはず。
– ただ、適切なモノをつくらないと、届けないと結果的に届きませんよね?
佐渡島:ええ、まさにそうですね。きちんといいモノをつくる、よりシンプルに集めて編むという行為に特化していけば、見つけてもらえるようになるんじゃないかなと思いますね。本物だけが生き残るというか。
例えば、『ドラゴン桜』で有名な三田紀房さん。彼って今、『クロカン』や、『砂の栄冠』などの野球漫画を描かれています。当たり前ですが、漫画なので現在は漫画雑誌に掲載されている訳ですが、より多くの人に楽しんでもらえるなら、『Number』のようなスポーツメディアの中で連載しているほうがいいと思うんですよ。
さらに言うと、甲子園のコラムとセットになっていて、併せて読むと面白さが倍増するような。食べ物で、併せて食べると全然味が違ったり、よりおいしく感じたりするじゃないですか、そのイメージです。紙の雑誌なら無理でも、Webならできる。
ソーシャルによる、食べログならぬ、“ひとログ”の時代

– たしかにその組み合わせは面白いですね。このアイデアはこれまでの編集者という概念を超越しているなと感じるのですが、あくまで集めて編むことに特化しているだけなんですね?
佐渡島:そう、あくまで集めて編んでいるだけです(笑)。
– ちょっと話は変わりますけど、職種の定義の話もそうなのですが、今、パラレルキャリアとか、そういう言葉が台頭してきています。佐渡島さんは、これからの時代の働き方ってどう変わっていくのかなと思って。
佐渡島:働き方以前に、これからってどういう時代になるかというと、今まで可視化されていなかったものが、可視化されていく時代なんですよ。だから、人がある一面だけでなく、全体的に評価される時代がやってきます。
例えば、FacebookとかTwitterも当たり前に使用する時代です。そんな中で、ソーシャルメディアから完全に無縁になることってかなり難しいと思うんですよ。完全に無縁だと、どんどん生きづらくなってくる時代が来てしまう。
ソーシャルメディアって様々な情報が可視化されちゃっているので、正直、履歴書を送ってもらうよりも、「FacebookのアカウントとTwitterのアカウントをください」の方がわかりやすい。
裏アカウントあったらその時点で、「キツいな」となりますよね(笑)。
-(笑)
佐渡島:リアルにそんな時代が来る可能性って全然あって。だから、相対的ではなく全体的に人は評価され、その人がどれくらい信頼できる人間かということも、ソーシャルがあるから可視化されている。
例えば、飲食店の美味しさって今まで可視化されていませんでしたよね?そんな中チェーン店は、美味しさと値段を“看板”によって可視化してきた訳です。
ただ、「食べログ」のような飲食店の情報を可視化するサービスが誕生し、チェーン店はもちろん、個人商店の情報も可視化されるようになった。
今、いろいろとチェーン店の苦境が取り沙汰されていると思うのですが、僕はこの可視化からすべてが始まったのではないかと思っています。
– 3.5以上だと「あの店、おいしい」、3.0以上あれば「まぁ、入ってもいいか」という基準が出来ていますね。
佐渡島:それが人間にも起きているということです。まだ、自分の行為が可視化されているという事実を理解している人は少ないと思うけど、実はすごく中世的な生き方になってきているというか・・・神様に全部見られているような時代になってきているんですよ。
これまでの世の中って、ずっと正直な人間が得をしない世の中が続いていたんです。ちょっとしたチーティング(嘘)が全部、許されていて、ちょっとした嘘をついた人のほうが短期間的には得をするという時代だった。
でも今は、「正直」こそ、誠実な人間こそが、最後は得をする時代へと変わってきています。
– 確かにそうですね、ある種の誰もが神様に監視されているという時代な訳ですね。そして誰もが神様になり得る・・・
佐渡島:でも、それって実はすごく怖いことでもあるから、みんなが神様にはなるべきではないんですよね、本当は。
1億円の現金より価値のある、“100万人のフォロワー”

– 結果的に、誰もがしっかりと自己ブランディングを行わなきゃいけない時代に来ているのかなとも言えますね。でも、最近はソーシャル疲れも発生しています。
佐渡島:過剰に監視されている感じですよね。で、Facebookなど実名のSNSでは自分を演出する感じになっていて、匿名のTwitterなどのほうが楽だし、アクティブな人が多かったり。
でも、それで面倒だと思っていると信頼感が可視化されないから、信頼が必要とされる転職などの場面では不利になる。ソーシャルの意味が、“繋がる”というところから、すごい勢いで変わってきていますね。
– 確かに、ただ繋がるから、そこからもっと踏み込んだものになっていますね。価値を自分自身でつけることが何よりも重要かと。
佐渡島:だから、今の時代って、1億円を誰かがくれるのと、100万人のフォロワーを得られるのであれば、100万人のフォロワーの方に価値があると思うんです。
1億円って、1回失敗すると終わり。でも、100万人のフォロワーがいれば、失敗しても次もその100万人が応援してくれるかもしれない。
インターネットによって世界は変わっているのに、Webサービスで起業している人たちですら、お金に頼っているんですよね。
– 1億円は変な話、目減りするだけですけど、正直に誠実に生きていれば、100万フォロワーって、そこからどんどんプラスになっていくと思いますね。
佐渡島:そうなんですよ。だから1億円と、100万フォロワーじゃなく、10万人フォロワーでも、僕は絶対に後者を選びますね。
[インタビュー・執筆] 編集長 後藤 亮輔 [編集] サムライト編集部 [撮影] 初瀬川 裕介