念願の自分のお店『そよかぜ食堂Keiji』をオープン。3年目を迎え順調に運営していたところに、3.11の震災が起こった。(vol.3 オープンの日 を読む)
震災で迎えた正念場
2009年のオープンから3年が経った2012年6月。僕は、オレゴンを6年ぶりに訪れた。今回は仕事でだ。2011年の年末から、お店のコンセプトを変更する、ある構想を思い描いた。いや、そうせざるえなかった。
震災による放射能の問題だ。誰のせいでもないが、震災以降、日々お店に立ちながら、料理を作ることが辛かった。食の安全を考え、仕入れ先をひとつひとつ洗い出し、変更した。売上げが悪かった訳でもない。だが、僕の描いたコンセプト、そして夢が、ぐちゃぐちゃになっていった。
この年の9月、1週間寝込んだ。たいした熱がある訳でもない。風邪でもない。でも、ベッドから起きることが出来ない…今まで蓄積していた肉体的な疲労に、心理的なストレスが重なったのだろう。
そして、オープン時からお店の運営をサポートしてくれていた妹が、お店を離れることになった。いろいろな歯車が狂いだし、間違いなく負のスパイラルに入っていた。この後どうやって運営していくのかは見えず、状況は最悪だったが、唯一、そこにあったのは、絶対に続けていくという決意だった。
お店のコンセプト変更を決意

このいやな流れをどう断ち切るか… 無意識にそう考えていたのだろう。そんな時は、いつもオレゴンが心のよりどころ。年末の正月休みを利用してオレゴン行きを決意する。オープンのきっかけとなった原点はそのままに、お店の形態を変えてなんとか出来ないだろうか? そんな思いに囚われながら当時の思い出に浸る日々が続いた。
ワインの事なんて何も分からない大学生。週末に10ドルを握りしめ1つか2つのワイナリーを訪れると、1フライト・5ドル、本当は3杯…でも、気づくと5杯ぐらい試飲させてくれていた。
美味しいワインを素晴らしいワイナリーで飲んだと思う。これが僕の週末の楽しみになっていた。本当に色々なワインを試飲させてもらった。ただただ美味しいと思い飲んでいたワイン。それは、ピノ・ノワール…当時、そんなことも知らなかった。
そんな昔の思い出とともに、絶対に誰も考えない、誰もできない、僕にしかできない『オレゴンワイン』だけのお店を創り上げてオレゴンに恩返しをする。そんな思いが、心に広がった。できるか分からない。でも、限界を感じながら、やっているよりも、出来ることをやればいい。そう思えた。そして新たな挑戦を心に誓い、決断をした。
オレゴンワイン専門店『Soyokaze』をスタート

年明けから新たなスタートを切るべく、飲食店の繁忙期である12月、昼は、買い出しに、仕込みに、変更準備。夜は営業。寝食を忘れ、没頭した。
ワインセラーを購入し、お店の雰囲気(椅子の色と壁の色、そして、明かり)も少し変え、メニュー内容も和から洋に振った。
そして誕生したのが、オレゴンワイン専門店『Soyokaze』。ワインのソムリエでもない私が、オレゴンワインとはいえワインに特化した専門店をスタートさせた。実は、本当に悩み、痛みをともないながら、追い込まれた末のこれしかないという決断だったのだ。『Soyokaze』に変える時、心に誓った。必ず一番になる。
ワインという世界の入口に立つ

幸運なことに、一番になるという目標はすぐに現実になった。毎年、行われているオレゴンワインフェアで、売上げでは、一位になれなかったが、オレゴンワイン販売本数日本一位に輝き、オレゴンワイン協会から招待を受け、オレゴンの地を踏むことになったのだ。
久々に訪れたオレゴン。そして、ワイナリー。この旅は、オレゴンワインをイチから勉強する絶好の機会を僕に与えてくれた。それは、『オレゴン・ピノ・キャンプ』
全米を中心に、世界10数ヶ国から100数十名の人がオレゴンのワインカントリー・ウィラメットヴァレーに集まってくる、オレゴンの生産者と協会が一体になって作り上げるオレゴンワインの研修プログラム。
多くの生産者と出会い、直接話を聞き、実際に見て、触れて、感じて、多くのことを学んだ。本当に有意義で素晴らしい機会に恵まれたはずだった。しかし、その帰路。飛行機の中で、僕の心は、ざわつき始めた。
ただ好きなオレゴン…ただ美味しいと思って飲んでいたオレゴンワイン…知れば知るほど、深みにはまっていく。ワインとはそんな世界…
ボルドーの五大シャトー。門外不出のブルゴーニュ。陽気なイタリア。情熱のスペイン・・・全世界には数えきれない程の生産地があり、星の数ほどあるワイン。
いまさらだけどどうしよう、俺…ワインのことなんかこれっぽっちも知らない。でも、やるしかなかった。自己流だけど、そこから必死に勉強した。稼いだお金の全てと言っても過言ではないぐらいワインと料理に費やした。常連さんのアドバイスにも数多く助けられた。そして師匠と仰ぐ方にも出会えた。
そして、遅ればせながら、2014年、ソムリエの資格も取った。安心してください。持ってます!本当に後先考えず行動する僕らしい、順番が逆だろ(笑)
次なるステージへ
こうやって今年6周年を迎え、続けてきた。微かな光だけど、10周年も…見えてきたかな。飲食店をやっていくうえでの様々な葛藤。本当にやりがいに満ちた仕事、でも辛い仕事だと思う。自分でも、なぜ?これほど辛い仕事なのかと思う時も多々ある。
生きていれば、色々あると思う。辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと、きっと全てがそう。僕を支えてくれている全ての要素。それが、僕を歩かせた。そして、本当に様々な意味を僕に与えてくれた。
本当に悩みながら『そよかぜ食堂Keiji』から『Soyokaze』に変えることを決意させた負のスパイラルは、自分が本当にすべきこと、本当になりたい自分を教えてくれるためのチャンスを、誰かがくれたと今になって思う。
今できることを見つめて生きる。自分と本当に対話する。そうやっていれば、きっとどこかで、次の道は切り開ける。そう信じ、今年もオレゴンに行く。でも、一人ではない。大切な仲間・料理担当の柿元とともに、オレゴンの大地を歩く。
fin

写真:左 柿元シェフ 右 佐藤圭史氏
この場をお借りして、この連載特集を企画して下さったキャリアサプリに心から感謝を申し上げます。本当にありがとう!!また、僕の大切な師匠たちにも、日頃の感謝を。某ワインバー・オーナー・吉田さん、たまにしか行かなくてごめんなさい。いつも素敵なワイン、ありがとうございます。某ワイナリー・醸造家・平山さん、いつもワインへの思い、新たな視点を、アドバイスを下さり、ありがとうございます。
追伸
本当の理由はここかも。あなたがいてくれたから、僕は今日まで歩いてくることができました。飲食業を続けていられる意味を僕に与えて下さり、本当にありがとうございます。
故・今西様の安らかなる永眠を願う。
Owner Keiji Sato
(The Oregon Wine Lover)
東京都渋谷区神泉町9-12 03-5456-0557
officialSite: http://www.sykz.jp/
※8/20(木)~8/30(日)は、オレゴン研修のためお休みです
日本で唯一のオレゴン・ワイン専門店をつくってみた vol.1 理想と現実