Contents
サッカーの人材育成はビジネスと密接な関係がある
近年、ヨーロッパへ移籍する選手が増えてきた日本サッカー界。サッカーの本場でプレーをする選手が増えたことで、選手一人ひとりのパフォーマンスやサッカーに対する意識が明らかに変わってきています。
しかし、日本代表というチームとしてはまだまだ世界に劣っているのが現状。この問題に対し、世間や各メディアでは様々な討論が繰り広げられていますが、根本的にある日本と世界の差は一体なんなのでしょうか。
今回は、アーセナル市川のCEOであり、サッカー・コンサルタントとしても活動する幸野健一氏に、日本が世界と戦えるようになるための人材育成、そして、スポーツの価値を高めるサッカーとビジネスの密接な関係について語って頂きました。
若くして痛感した「人種差別」の壁―日本と世界のレベルの差

―本日はよろしくお願い致します。まず、幸野さんのご経歴から伺えたらと思います。
幸野:10歳からサッカーを始めて、高校3年生の夏にイギリスへサッカー留学をしたんです。その理由は、37年前の1979年、日本はワールドカップに出ることなんて考えられなかった時代で、何故こんなにも世界との差があるのか知りたかったからです。
当時は、月一回販売されるサッカーマガジンと、唯一テレビで放送している「ダイヤモンドサッカー」という番組でしかサッカーの情報を得られない“日本サッカーの暗黒期”でした。
なので、イギリスには日本と世界の差を明確に示してくれる、魔法のレシピのような練習があるんじゃないかと想像していたんです。そういった夢や希望を持って現地に行ったのですが、実際に僕を待ち受けていたのは、「人種差別」。
イギリスには貴族階級の社会が国としてあるので、初めは「試合に出るな」と言われるくらい差別的な扱いは受けました。ほとんどが単一民族である日本では、そういう問題を表立って受けることってあまりないですよね?民族や文化によって異なる常識の違いを肌で感じました。
学校の世界史の授業で、そうした人種差別があることは知っていましたが、実際に自分がそういった扱いをされた時、怒りよりも悲しい気持ちが込み上げてきて。「人間はとても残酷な生き物なんだな」と、とてもショックを受けましたね。
―そんな人種差別が横行する環境の中、どのように生き抜いてきたのでしょうか?
僕は負けず嫌いなので、ひたすらピッチに立って結果を出し続けました。するとみんな、僕が結果を出すことでその態度を変え始めたんです。
僕は当時FWとしてプレーをしていたのですが、点を取り続ければ「こいつ、できるんだ」と思ってもらえたみたいで。このとき認められるためには“ピッチに立って結果を出し続けるしかない”ことを学びました。
日本だと、結果を出してもここまで態度が変わることってそんなに多くはないと思います。そういう意味でも、「日本のスタンダードは世界のスタンダードではない」ことをこの時期に学べたのは大きな財産になりました。
日本人は、サッカーには向いていない?日本と世界の圧倒的なメンタリティの違い

―文字通り結果が全ての世界で、結果を出し続けることは生半可な覚悟ではできませんよね。イギリスでの練習では、先ほどお話に出た“魔法のレシピ”のような特殊な練習は実際にあったのでしょうか?
幸野:いえ、やっている練習は日本とそんなに変わりません。ただ、選手のメンタリティが全く違いました。
毎回練習の最後に紅白戦があるんですけど、例え味方同士でも激しく削り合ったり、時には殴り合いも起きるなんてこともザラにありました。それくらい自分の位置を確保するために選手たちは必死なんです。
でも、日本ではそんなことはめったに起きませんよね。万が一激しくぶつかっていこうものなら、「怪我したらどうするんだ!」と責められて、雰囲気が悪くなってしまいます。
イギリスの場合、むしろそういった激しい戦いの中で生き残った選手でないとレギュラーを勝ち取れません。
なので、スパイクの裏でスライディングするような攻撃的姿勢を誰も見せないから、日本人は余裕でボールをキープしてしまう。一見器用に見えてしまいますが、いざ世界と戦って激しくプレッシャーを受けた時、途端に技術の制度がブレてしまうんです。そこが“世界との決定的な差”なんだと感じました。
―イギリスでは、U-12のアシスタントコーチも経験されたということですが、指導する立場から見ても、現地の子供たちの意識の違いと言うものは感じられましたか?
幸野:ヨーロッパの子供たちは練習前から意識の高さが違います。例えば、練習の前に必ずその日の練習メニューを説明するんですけど、3人に1人は必ず「そのメニューは試合でどういう意味があるんですか?」と、質問してくるんです。
そこでまともに答えられないと「コーチが説明できないような練習はしたくないです」と言って帰ってしまうんですよ。イギリスではたとえ小学生でも、ひとつひとつのメニューが試合にどう活きるかということを説明して納得させなければ、練習にも参加してくれません。
逆に日本は提示された練習を「はい、分かりました」と、言われたことをただやるだけ。スポーツに例えて言うなら、まさに野球のようなメンタリティなんです。監督が指示したサイン通りにプレイヤーが動きますよね。
監督の命令を無視して、好き勝手にホームランを狙いにいった途端、メンバーから外されてしまいます。
語弊がある言い方かもしれませんが、日本人は年配の方を中心に野球が好きな理由はここにあると思うんですよ。言われたことを忠実に遂行することを得意とする、日本のメンタリティに合っているから。
サッカーは逆で、ピッチに出たら監督の指示なしで、自分で考えてプレーしなければいけませんよね。そこで気が付きました。サッカーというのは、ヨーロッパのメンタリティで育ったスポーツだから、もともと日本人には向いていないんだと。
サッカーの監督に「好き勝手やっていいよ」と言われても、何をすればいいか分からないから指示を仰ぐ。これが日本のサッカー、ひいては日本という社会なんです。
日本ビジネスの未来を変える、”サッカー的”な人材育成

―たしかに歴史的に見ても、日本は古来から上の人の言うことを聞くという体制がありました。幸野さんはイギリスでの留学経験を経て、どんなことを考えて帰国したのでしょうか?
幸野:僕は負けず嫌いなので、どうすればいいかと考えながら日本に帰国しました。そうしたら、様々な日常を見ていくうちに気付いたんです。
タクシーに乗り降りする時は自動でドアが開き、のどが渇けばどこにでも自動販売機があって飲み物を買える。朝学校に行くときには、生徒のお母さん方が旗を持って安全を確かめてくれるんです。日本は全て至れり尽くせりなんですよ。
大人にとっては、安全で快適な社会でいいかもしれませんが、子供の成長過程にとってはその全てがマイナスなんです。何故なら、自分で考えて行動する必要がないから。
自分がやらなくても誰かが手を差し伸べてくれるから、自らやろうという意欲がなくなってしまうんです。誰かに言われたもの、押し付けられたものをこなすことだけ考えて、思考停止状態が続いてしまう。そんな”なんとなく生きてる”状態になっている人は多いのではないでしょうか。
ヨーロッパの場合、自動販売機なんてロンドンやパリでさえありません。なので、出掛ける時にはペットボトルに水を入れて持っていく。このように、常に次の行動を予測して、考えて行動する。それを日々の習慣として繰り返しているんです。
―子供の頃から「自ら考えて行動する働き」が日本は圧倒的に劣っているわけですね。
幸野:そういうことです。だから、今では「考えてサッカーしろ」と、周りでは言っていますが、日頃から考えてないのに急にできるわけないんです。そこが日本の明確な課題なんですよ。
でも、それはサッカーだけではなくビジネスでも共通の認識として捉えなければいけない問題だと思うんです。もともとサッカーをプレーさせるために人を育てるというのはおかしいと思っていて、「サッカーの育成=ビジネスの育成」でなければいけない。
たとえて言うと、試合の中で中盤では組織で動きつつ、ゴール前ではリスクをおかしてチャレンジするという“個の力”でも活躍できる人材育成をする。そんな人づくりを、私の運営している「アーセナルSS市川」では実践したいと思っています。
サッカーでプロになる人はおよそ2万人に1人と言われています。したがって、サッカーをしているほとんどの子が将来ビジネスマンになります。
「アーセナルSS市川」で育った子が社会に出た時に、どんな分野のビジネスであろうと、リーダー的な存在として人を引っ張っていける人間になると信じています。
そして、社会の中でスポーツの価値が低いなか、サッカーというスポーツで価値を高められたらと思っています。ビジネス社会にとっては言われたことをやるだけのイエスマンはもういらないんです。
サッカー的な人材育成に成功した時、はじめてサッカーというスポーツが日本の文化になり、日本のビジネスの発展に繋がっていくと、私は考えています。
■気になる後編はコチラから!
スポーツをもっと身近に!アーセナルSS市川・幸野健一が示す生涯スポーツ立国・日本への道
