信用できない人とは仕事はできない?
職場や取引先、地域に家族など、誰かと連携して何かを成し遂げなければならない場面はたくさんあります。しかし全ての場面で気の合う相手とだけ連携できるのなら気は楽ですが、現実にはそうはいきません。場合によっては信頼できない、敵とさえ言える相手と連携して仕事をしなければならないこともあります。
経験のある人なら痛感しているように、信頼できない人との連携は至難の技です。衝突くらいは当たり前で、事態が硬直して前に進まないなんてことも日常茶飯事です。では信用できない人とは仕事はできないのでしょうか。答えはNOです。
そのために必要なのが「ストレッチ・コラボレーション」という方法です。この方法は世界的なファシリテーターとして活躍し、数々の紛争解決の糸口を作ってきたアダム・カヘンさんが著書『敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』の中で提唱しているものです。ここでは本書を参考に、このストレッチ・コラボレーションのエッセンスを3つのポイントに分けて紹介します。
同じ方向を向く必要はないと知る

何か問題を解決しようとするとき、犯しがちな間違いが「全員に同じ方向を向かせる」という方法です。確かに敵対するもの同士も含めて全員が同じ方向に向かって行動すれば、効率的に問題を解決できるでしょう。しかしカヘンさんは次のように言い切ります。
多様な他者と協働するときは、一つの真実、答え、解決策への合意を要求できないし、要求してはならないのだ。
引用:前掲書p76
近年の日本では多様性(ダイバーシティ)が叫ばれ、組織も個人も自分以外の価値観や生き方とどのように向き合うかを迫られています。このような時代にあって、もはや全員に同じ方向を向かせて問題を解決するというやり方は、通用しづらくなっています。
一方ストレッチ・コラボレーションの手法においては、解決策は何か、何が問題かについてさえ合意を得ずに、ある意味でバラバラのまま問題解決に臨みます。これにより終わりの見えない各ステークホルダーの利害調整や、いつまでも平行線を辿る価値観や意見のすり合わせといった無駄な問題を全て取り除くことができます。
しかしストレッチ・コラボレーションは、完全にバラバラなまま問題解決にあたれと言っているのではありません。すなわち自分たちが直面している状況が「問題が複雑に絡み合っている状況である」という点においてのみ、合意を得ます。
この点でさえ合意していれば、「こっちが正しい」「いやこっちが正しい」というところで事態が硬直することなく、「この状況を打破するために何をするべきか」という建設的な議論に進むことができるのです。
「それぞれにとっての解決策」を試してみる

全員が同じ方向を向かなければならないという呪縛から自由になり、「この状況を打破するために何をするべきか」という議論に進むことができたら、次はそれを実行に移す段階に入ります。
しかしここでまた「解決策は一つであるべきだ」という話になってしまうと、元の木阿弥です。問題が複雑に絡み合い、最適解が論理的に導き出せない様な状況においては、もはや解決策が一つであることはあり得ません。
問題が複合的であるならば、解決策も複合的になるからです。ましてや互いを信用していないようなチームの場合、それらのチームが協働して一つの解決策を実行するなど不可能です。
であれば、解決策を一つに絞るのではなく、「それぞれにとっての解決策」を試してみるということが重要になります。
コラボレーションの成功とは、参加者が互いに賛同するとか、好きになるとか、信頼するということではない。(中略)成功とは、行き詰まりから脱して、次の一歩を踏み出すことだ。
引用:前掲書p153
「解決策は一つであるべきだ」という思い込みに縛られて、平行線の議論を続けるのであれば、それぞれにとっての解決策を実行に移し、一歩でも前に進む方が現場から抜け出すためには必要なのです。
自分にできることに集中し、実行する

私が最も頻繁に聞かれるコラボレーションの質問は、「どうすればあの人たちに……させることができますか?」だ。
引用:前掲書p157
自分以外の他のステークホルダーが考えや行動を変えてさえくれれば、問題は解決する。たいてい何か問題を解決しようとステークホルダーを集めると、その場にいる全員がこのように考えがちです。
このような状態ではここまでの2つのポイントが浸透していたとしても、結局事態は硬直してしまいます。このような場合にとるべき行動は「自分にできることに集中し、実行する」です。他人に変化を求めるのではなく、まずは自分から変わり、問題解決のために行動するのです。
このように書くと「それで相手が行動しなければ、自分だけが損をするのではないか」と思うかもしれません。確かにそのような結果になる場合もあるでしょう。しかしたとえそうだとしても、自分が自分のやるべき仕事を誠実に実行したのであれば気にする必要はありません。
なぜなら他人の考え方ややり方を無理やり変えることはできないからです。自分にコントロールできるのは自分の仕事だけであり、他人の考え方ややり方が変わるかどうか、それによって問題が解決するかどうかはコントロールできません。だから何よりもまず、自分にできることに集中し、実行することが先決なのです。
敵同士のままでも仕事はできる
ストレッチ・コラボレーションは、問題解決のための唯一の手段というわけではありません。
・状況は変えられず、現状にも耐えられない→離脱する
・状況は変えられないが、現状には耐えられる→適応する
・状況を変えられるうえ、その変化を主導できる→強制的に変える
・状況は変えられるが、その変化を主導できない→連携する
このように連携するという手段は、あくまで問題解決のための選択肢の一つでしかないのです。しかしもしストレッチ・コラボレーションが効果を発揮する状況であるのなら、ぜひともそれを実現するべきでしょう。
アダム・カヘンさんはこの方法を世界各国の紛争解決の現場で編み出し、活用してきました。命にかかわる争いをしていた人たちでさえ手を取り合えることがあるのですから、職場や家族のレベルでもきっと実現できることでしょう。
『敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』にはカヘンさんが犯してしまった失敗を含め、様々な事例が豊富に収録されており、本稿では省略した抽象的でより本質的なトピックも丁寧に説明されています。
どうにも気が合わない人や、嫌いな人、信用できない人との付き合い方に頭を悩ませている人は、ぜひ手にとって読んでみてください。きっと悩みの解決の糸口が見えてくるはずです。
参考文献『敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』
