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「日本的組織」の問題点
現場主義がもたらす部分最適化と、最終意思決定者を欠く「空気」による支配。これらを大きな特徴とする「日本的組織」もかつては日本を世界トップクラスの経済大国にまでのし上げました。
しかしその過去の成功は様々な要因が重なった奇跡のようなもので、戦後の日本において「日本的組織」は幾度となく同じような失敗を繰り返し、それは今なお大企業や政治を中心に繰り返されています。
ここでは池田信夫さんの著書『失敗の法則 日本人はなぜ同じ間違いを繰り返すのか』から、日本的組織が失敗する理由を解説します。
行き過ぎた「部分」への権限移譲

●「合議」というボトムアップの意思決定システム
日本の役所や企業は、基本的にボトムアップによって意思決定が行われています。問題はこのボトムでの意思決定の手続きが、おそろしく複雑だということです。
例えば霞が関では何かを決めようとすると、まず水面下で他官庁との「合議(あいぎ)」という名の合意形成の場が設けられます。
この合議はかつてはFAX、現在はメールで行われていますが、各官庁に拒否権があるため関係官庁の意思が完全に一致しない限り話は進みません。
にもかかわらず、一度合議の場で決定事項になると、その次の段階の各省トップで行われる「事務次官会議」や内閣で行われる「閣議」、そして国会の場でその決定が覆ることはほぼゼロです。
それほどまでにボトム=現場に権限を移譲しているのが、日本的組織の大きな特徴です。これは池田さんが勤めていたNHKでも同じで、「NHKスペシャル」の企画会議で提案が通るまでに9段階の会議の場が設けられ、その会議のための非公式の合議が何度も繰り返されていたのだそうです。
●「合議」「稟議」が現場の暴走と部分最適化を招く
合議のほかにも、日本のビジネスパーソンがいつも頭を悩ませているのが「稟議」です。起案者が関係部署を調整して稟議書を回し、全ての部署のハンコをもらってようやくプロジェクトがスタートするというこのシステムも、日本的組織が現場を重視した挙句、非効率でも続けざるを得なくなった慣習といえます。
このため日本的組織の中で出世しようと思えば、ただ優秀なだけでなく、関係部署の調整能力も要求されます。場合によっては優秀でなくても調整能力に長けていれば出世できてしまいます(他社で役に立たない40代・50代の人材が生まれる原因のひとつ)。
確かにこの合議や稟議のシステムは、極めて民主的な意思決定方法です。しかし現場への過度な権限移譲は、現場至上主義による部分最適化を促進し、現場の暴走を招く結果になりかねません。
事実太平洋戦争が泥沼化したのも、政界が国を主導できずに軍部という現場が暴走した結果でした。わざわざ歴史に目を向けなくても、現場が暴走して組織全体の舵取りに支障をきたす例は私たちの周りにありふれています。
●部分最適化は「みこし」を軽くする
現場至上主義の部分最適化は、もうひとつ大きな問題を抱えています。それは「みこし」=トップの権力や権限を限りなく小さくしてしまうことです。
単なるお飾りになってしまったトップにはもはや組織を動かす力はありません。現場主導で進められた太平洋戦争を、心を痛めながらも止められなかった天皇を筆頭に、現場に翻弄される日本のリーダーは枚挙にいとまがありません。
驚異的な「空気」の支配力

●誰も決めない、「空気」が決める
日本的組織において「空気」の支配力は計り知れません。仮に制度的に部署のトップや組織のトップのハンコが必要だったとしても、実際に決めたのは彼らではなく組織内に漂う正体不明の「空気」であるという場合も少なくありません。
日本的組織の中で何か問題が起きたときに、立場の低い人間が処分されてうやむやになるのは、そもそも誰かが決めたのではなく「空気」によって決められたからだとも考えられます。
誰かが決めたのであればその人に責任がありますが、そうでないなら責任をなすりつけることもできるからです。
責任の所在が明らかでないなら、問題の原因を突き止めることもできず、同じような事態に陥っても未然に防ぐことはできません。「空気」の支配力は、日本的組織が同じ過ちを繰り返す大きな原因となっているのです。
●「空気」がもたらしてきた日本の損失
例えば高度経済成長期の公害対策に、この「空気」の力を見ることができます。1967年8月に公布・施行された公害対策基本法には、当初第1条第2項に「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」という条文がありました(いわゆる「調和条項」)。
しかしこれに対してマスコミは「公害防止に経済との調和を考慮するとはどういうことだ」と批判を浴びせ、政府は調和条項は削除されます。
すると世の中には「公害を防止するためなら、経済との調和を図らなくても良い(どれだけコストをかけても良い)」という「空気」ができあがります。その結果使われた公費の例は以下のとおり。
・イタイイタイ病の原因物質とされるカドミウムの除染のために、1,600ヘクタールの土地に8,000億円を投入(カドミウムが原因物質かは科学的決着を見てない)。
・ダイオキシンを除去するためのゴミ焼却炉の取り壊しと改造に数兆円を投入(ダイオキシンにはほとんど健康被害はない)。
2011年の東日本大震災後に作られた「自粛ムード」がもたらした経済損失や、放射線への過度な恐れによる風評被害や差別も、この「空気」によるものといえます。
●「空気」が強める「サンクコスト」の影響力
日本的組織や日本社会は「空気」の力が強まると、科学的な根拠や理性的な判断はそっちのけでこうした間違った判断や行動をとってしまいます。
この力は「サンクコスト(回収不可能のコスト)」の影響力を高め、さらに組織や社会を間違った方向に導くことがあります。
池田さんはこの例として青森県にある核燃料再処理工場「六ヶ所再処理工場」を挙げています。同工場には1993年からこれまでに約2兆円1,900億円の設備投資が行われています。
しかしここまでの資金が投入されても、採算が取れる見込みは経っておらず、「もし今から六ヶ所村(の再処理工場)をつくるかどうか判断するとしたら、つくらないだろう」(引用:前掲書p150)と語る電力会社首脳もいます。
原子力委員会の計算によれば、使用済み核燃料をそのまま廃棄した場合のコストは約1円/キロワット時であるのに対し、再処理にかかるコストは約2円/キロワット時となっています。
こうして考えればすでに投資してしまった約2兆円1,900億円のサンクコストは無視するべきです。しかし建設計画は止まりません。
2兆円以上もの投資がほとんど無駄になってしまって「もったいない」という「空気」があるからです。もし建設計画を中止すれば、マスコミや社会からの凄まじいバッシングが待っているでしょう。
「空気」に支配されている今の状況では、所有者の日本原燃も政府も適切な判断ができないのです。
失敗の本質を見誤るな
日本的組織が失敗する理由を知って「まさにウチのことだ」と頭を抱えている人も少なくないのではないでしょうか。
失敗を繰り返さないためには、こうした本質的な問題点に目を向けて、たとえ時間と労力がかかろうとも改善のアクションを起こさなくてはなりません。さもなければ組織はまた同じ理由で失敗を繰り返す羽目になります。
失敗の本質をしっかりと見据えて、それを解決するのはチームを率いるリーダーの責任です。
参考文献『失敗の法則 日本人はなぜ同じ間違いを繰り返すのか』

