世界で7番目の富豪になった伝説のマフィアのブラックな成功哲学

「パブロ・エスコバル」の成りあがりの軌跡ー現地リポート

今から遡ること30年前、チンピラから世界で7番目の富豪になりあがった男が南米コロンビアにいました。麻薬マフィアのパブロ・エスコバルです。Netflixのドラマ『ナルコス』で日本でも一躍有名に。

コロンビア在住の筆者は現地のコロンビア人に『ナルコス』をどう思っているのか質問したところ、エスコバルを美化しすぎだと批判する人がほとんど。コロンビア人からすると『ナルコス』人気は迷惑なようです。

しかし、エスコバルは興味深い人物なのは確かです。エスコバルは極端なまでの冷酷さと温かさを併せ持った2面性が特徴的。

また、リスクに臆せず商機を掴むのもうまかった。これこそがエスコバルがただのチンピラに収まらなかった理由でしょう。

リスクを負って商機を捉えたーコカインを安く仕入れて高く売る


エスコバルの経歴を簡単に紹介します。1970年頃より米国で流行し始めていたコカインをペルー、ボリビアから安く仕入れてコロンビアを経由して米国に密輸出することで莫大な利益を獲得(※米フォーブス誌でも世界で7番目の富豪として認定)。

エスコバルに味方する身内への利益を還元し、権力基盤を強化。コロンビア国内のコカイン輸出の元締めとして麻薬密輸組織メデジンカルテルを組織しました。一時は世界のコカイン流通量の8割を占めたと言われています。

メデジンカルテル組織の過程でエスコバルは投獄された経験もあります。リスクを負って闇ビジネスの商機を捉えたと言ってもよいでしょう。

それでは、エスコバルはいかにして強力な麻薬密輸組織メデジンカルテルを組織したのでしょうか。エスコバルは1993年に死んでいますので、彼の側近だった『ポパイ』の発言を参考にその秘密に迫りましょう。

刑期22年を終え釈放されたエスコバルの右腕の証言

コロンビアにおいてパブロ・エスコバルの右腕の暗殺者として政治家から敵対勢力まで250人もの暗殺を実行したとされる「ポパイ(Popeye)」という人物が22年の刑期を終え釈放されました。ポパイの外見は普通にコロンビアの街を歩いていそうな中年のおじさんです。

現在、ポパイはYouTuberに転身して街中で「ポパイ万歳!」と声をかけられるようなちょっとした人気者となっています。さらに、ポパイはあまり反省の様子を見せていないことから「釈放されるべき人物ではない」と物議をかもしています。

このポパイは幾人もの政治家などの要人、敵対勢力の幹部の暗殺に関わっており、敵対勢力の恨みを買って何度も報復で殺されそうになっています。ポパイは自分の命の危険を冒してでも暗殺に関わっていたことが察して取れます(なお現在も命を狙われている模様)

エスコバルのカリスマ性

ポパイは17歳の時、はじめてエスコバルを見た時の印象をこのように語っています。
「エスコバルの目を見た時に深い情を感じた。ものすごいオーラを放っておりまるで神のようだと思った。彼の傍を一時も離れることなく付いて回って仕事した。」

「彼はとても強い男だった。死を恐れていなかった。早かれ少なかれ自分も死ぬ運命にあることを悟っていたのだ。」引用&翻訳:「The true life of Pablo Escobar: Blood, betrayal and death」

エスコバルはある時ポパイに対して「お前は俺と一緒に死ねるか?」と質問してきたそうです。ポパイはそれだけ自分が信用されていることに感動したと述べています。

ポパイは今もエスコバルの墓には定期的に訪れているようで、エスコバルに心酔していたと言ってよいでしょう。エスコバルはこのポパイのような手下を従えることで勢力を拡大することに成功しています。それではどのようにしてこのようなポパイを手下に従えたのでしょうか。

「エスコバルコミュニティ」ー地元の名士として認知

エスコバルは手下や身内に対しては家族同様の扱いをするなど非常に寛大でした。コカイン輸出で稼いだ莫大なお金で貧困層の住居を建てるなどのインフラ整備やサッカークラブ設立などチャリティー活動の投資に回しました。

とりわけエスコバルの拠点メデジンの貧困層から熱烈な支持を得ていたようです。コカインで稼いだ莫大な利益によって政府が出来なかったことを次々に実行していくエスコバルを彼らは支持しました。

中には自らエスコバルの護衛役を買って出る人もいたそうです。現在でもエスコバルが住んでいた家の近所の人の中にはエスコバルのイラストシャツを着ているほど。

様々な文献を読んでみたところ手下として暗殺や襲撃を実行したのはポパイのような若者が多かったことが伺い知れます。

ポパイのような自分のエネルギーを持て余している、仕事がなかったり、居場所がない人物を家族同然に厚遇して忠実な手下を獲得し基盤を固めたのです。

エスコバルは自分がいかに成りあがったのかをポパイに語り、暗殺の仕方を教え暗殺のプロフェッショナルとしての誇りを植え付けました。さらに、暗殺に成功すると莫大な報酬が彼らには渡されていました。

エスコバルは手下の居場所、働き口、さらにはアイデンティティを提供し運命共同体ともいえる強力なコミュニティを築き上げていたのです。

恐怖政治ー敵対勢力、裏切りに対しては徹底的な暴力で対抗

一方でエスコバルは敵対勢力に対しては徹底的に恐怖政治を実行。脅迫して買収に応じなかった政治家、裁判官、検事、ジャーナリスト、警察官を次々に暗殺していきました。

とりわけ1989年のルイス・カルロス・ガラン大統領候補のスピーチ中の暗殺が有名です。麻薬の規制強化を推進しようとしていたガランが大統領になるのを恐れた犯行です。

また、仲間の裏切りに対しては容赦ありません。裏切りが発覚すると裏切り者に待っているのは死です。

しかしながら、エスコバルは恐怖政治によって敵を増やしすぎました。豊富な資金を持っていても米国、コロンビア政府、敵対勢力のカリカルテルらを相手に回すのは手に余ります。

エスコバルの家族や手下は敵対勢力に殺され、徐々に勢力がそがれていきました。最終的には1993年、隠れていた家に突入したコロンビア国家警察によって射殺されました。

重要な補足

コロンビア人の友人や知人と話していて感じたことなのですが、パブロ・エスコバルが海外で有名になりすぎたことに複雑な、いや悔しい思いを抱いている人はかなり多いです。

Netflixのナルコスによってコカイン、麻薬、殺人というネガティブなイメージが世界中に流布されたことで、ネガティブなイメージが自分たちコロンビア人に対して定着してしまったと感じているようです。

海外旅行に行ったときにコロンビア人だというと決まって「ナルコス」の話題となり、それがかなり悔しいそうです。

また、パブロ・エスコバルがコカインや反社会的行為によって莫大な利益を得たという事実そのものが「一生懸命働かなくても悪事を働くと手っ取りお金を早く稼げる」というメンタリティを流布させ健全な国の経済発展を遅れさせたと考えて嫌悪している人も多いです。

コロンビアにおける殺人率はかなり低下しており、他の中南米と比べても安全な水準になってきています。

コカインやパブロエスコバルというネガティブなイメージで他の良い面が覆われてしまう事実を悔しく思っているコロンビア人も多くいることを補足しておきます。

Career Supli
イメージで判断するのではなく、しっかりと実情を理解する習慣を身につけたいですね。
[文] パブロ
ライター兼英日翻訳家のパブロです。 基本、中南米在住で用事があれば日本や米国にも行きます。 サルサダンスが三度の飯より好物。
http://kaigaihanno.com/kaigai/

[編集] サムライト編集部