覚えておくと絶対役立つ、人間関係に関する格言60選

自分の糧にする

31.清濁併せ呑むということの出来ない人は、広い世界を狭く生き、調和ある人生を、知らず識らず不調和におとしいれる人である。
中村天風

日本初のヨーガ行者であり思想家であり、実業家でもある中村天風が遺した言葉。私たちの人間関係の中には敵もいれば、考え方が合わない人や気が合わない人など色々な人がいます。しかしそうした人を単純に排除するのではなく、受け入れてみるのもひとつの選択肢です。

32.人の数だけ意見あり。
プビリウス・テレンティウス・アフェル『ポルミオ』

共和制ローマ時代の劇作家テレンティウスが『ポルミオ』の中で書いた一節です。他人と争ったり、敵だとみなすのは、自分の意見がただ一つの正しい意見だと思っているからです。人の数だけ意見があるものだと考えていれば、そうした思い込みから脱出することができます。

自分の道を進め

33.批判を恐れることは、成功を恐れることだ。
ナポレオン・ヒル

成功哲学の提唱者ナポレオン・ヒルの言葉です。何かを成し遂げようとすれば、必ずと言っていいほど反対意見や批判が生まれるものです。逆に言えば何の反対意見も批判も生まれないのは、誰からも相手にされていないということであり、すなわち成功の見込みもないと考えることができます。失敗と同様、批判も成功のもとなのです。

34.人がお前のことをどう思はうと何の構ふことがあらう。しつかりとした良心を持って、あとは神に委せろ。
アンリ・フレデリック・アミエル『アミエルの日記』

スイスの哲学者アミエルが30年にわたって書いていた日記の中に記された一節。「他人のことなんかどうでもいいだろ?やることやってれば神が導いてくれる!」という潔いメッセージは、つい他人の評価を気にしてしまう人の背中を力強く押してくれます。

器を大きく

35.寛大は正義の花である。
ナサニエル・ホーソーン

『緋文字』などの作品で知られるアメリカの小説家ホーソーンが遺した言葉です。人間関係において正しくあろうとすると、私たちは厳格の名の下に狭量になりがちです。しかしホーソーンの言葉に従えば、正義の花は寛大であることです。他人のやることや言うことを寛大に受け入れる器の大きさを持ちましょう。それがきっと正しさにつながります。

36.鷲は蝿をつかまえない。
ギリシアのことわざ

鷲などの堂々としたものほど、蝿などの小さなものには頓着しないという意味のギリシアのことわざです。人間関係においても同じことがいえます。立派な人物、頼り甲斐のある人物を目指すのであれば、まず小さな問題やトラブルにこだわらないようにしましょう。

37.人間は本当に落ちるところまで落ちると、もはや、他人の不幸を喜ぶ以外の楽しみはなくなってしまう。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

『ファウスト』などで知られるドイツの文豪ゲーテが遺した言葉。これは15で紹介したトルストイの言葉と同様、自分が落ちるところまで落ちているかを確かめるリトマス紙にもなります。また他人の不幸以外のことで喜べるよう、自分の意識を変えていけば、仮に落ちるところまで落ちていたとしても這い上がれると読むこともできます。

ほどこし、ほどこされるための作法

38.恩恵をほどこした者は黙っているがよい。恩恵を受けた者は語るがよい。
ルキウス・アンナエウス・セネカ『恩恵について』

人間関係においては誰かに対してほどこしたり、あるいはほどこされることで関係が深まっていきます。これについての作法を記したのが、ローマ帝政時代のストア派哲学者セネカです。恩恵をほどこした側は「俺が助けてやったんだ!」と吹聴してはいけない。恩恵をほどこされた側はその事実を黙っていてはいけない。このバランスが崩れると互いにしこりが生まれてしまい、人間関係がギクシャクしてしまいます。

39.早くほどこす者は二度ほどこすことになる。
プブリリウス・シルス『金言集』

紀元前ローマの作家シルスが『金言集』に遺した言葉。どうせほどこすなら早くほどこした方が、二倍の効果があるという意味です。もしあなたが誰かに助けられたとして、その人がいの一番に手を差し伸べてくれた人なら印象は強くなりますが、2番目3番目になるにつれ印象は薄れていきます。だから自分がほどこすときもためらわずに一歩を踏み出せ、というわけです。なおこの言葉は「あまり早くあげると、もう一度ほどこす羽目になる」という意味ではありません。

40.人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受けたる恩恵は忘るるなかれ。
ジョージ・ゴードン・バイロン

イギリスの詩人バイロンの言葉です。これもセネカの遺した言葉と同様、ほどこしほどこされるときの作法を記したものです。人にほどこしたことによって得られた利益はさっさと忘れ、人からほどこされたことは決して忘れずにいずれ恩返しをする。これを徹底すれば、自ずと周囲は自分を助けてくれるようになるでしょう。

41.一般にわれわれは、人の怒りを買おうとしてよりも、人に恩を売ろうとして、いっそう多くの罪を犯すのである。
コルネリウス・タキトゥス『年代記』

帝政ローマ時代の政治家タキトゥス歴史書『年代記』に記した言葉です。この言葉は「つい恩を売りつけようなどと考えると、人は罪を犯すに至る」という忠告を与えたものです。くれぐれも恩恵の取り扱いには注意しましょう。

励ます前に知っておくべきこと

42.応援する人間は、応援される人間よりも強くなければいけない。より努力した人間だけに他人をがんばれと励ます資格がある。だから、がんばるんですよね。
映画『フレフレ少女』

今や押しも押されもせぬ人気女優新垣結衣さんが2008年に主演を担当した映画『フレフレ少女』のセリフ。くじけそうな人や弱気になっている人に、私たちはつい口癖のように「頑張って」「頑張ろう」と声をかけてしまいます。しかし励ますには「より努力した人間」という資格が必要です。だから大切な人を大事なときに励ますためには自分も頑張っていなければなりません。自分が頑張るためにも覚えておきたい言葉です。

43.手軽なことだ、災難を身に受けない者が、ひどい目にあってる者らに、あれこれと忠告するのは。
アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』

古代アテナイの悲劇詩人であり、ギリシア悲劇の確立者アイスキュロスがプロメテウス三部作の第1編『縛られたプロメテウス』の中に記した一節です。この言葉は忠告された側のものというよりは、むしろ忠告する側が肝に命じておくべきものでしょう。「自分は災難を受けていないばっかりに、手軽に忠告しようとしていないか?」2500年近く昔に残されたこの言葉は、そう自問自答するために役立ってくれるはずです。

いつも学ぶ姿勢を

44.人の患(うれい)は、好んで人の師となるにあり。
孟子『孟子』

中国戦国時代の儒学者である孟子は、私たち人間の心配事はすすんで誰かに教えを垂れようとすることにあると指摘しました。誰かに教えようとすると自分の話を理解してくれないと嘆いたり、言う通りにして欲しいと期待したりと、新たな悩みが増えることになります。

45.我は師をば儲けたし、弟子はほしからず。尋常(よのつね)は、聊(いささ)かの事あれば師には成りたがれども、人に随(したが)ひて一生弟子とは成りたがらぬにや。
明恵『明恵上人集』

孟子の言葉を一歩進めたのが鎌倉前期の僧明恵のこちらの言葉です。簡単に現代語訳すると「自分は先生こそいるが、弟子はいらない。世間一般の人はちょっとしたことでも先生になりたがるが、誰かに師事して一生弟子になろうとは思わないんだねえ」。誰かの先生になろうとするから心配事が起きると指摘したのが孟子なら、明恵は先生にならずに弟子になればいいのにと提案しています。いつも学ぶ姿勢を持てば、先生になろうとすることで生まれる心配事に悩まされる必要もなくなります。

46.「何が難しいか」と問われて(タレスが)言うことに「自己を知ること」、「何がやさしいか」と問われると、「他人に忠告すること」。
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』

タレスとは古代ギリシアの哲学者で「万物は水である」と提唱した人物です。彼のこの言葉は自分自身を突き詰めることの難しさと、他人に忠告する=他人の先生になろうとすることの安直さを指摘したものとして解釈できます。安直な道に逃げずに、常に自分と向き合って他者から学ぶ姿勢を持ちたいものです。

会話術

47.人と話をする時は、その人自身のことを話題にせよ。そうすれば、相手は何時間でもこちらの話を聞いてくれる。
ベンジャミン・ディズレーリ

イギリスの元首相ディズレーリの言葉です。会話術としては至極真っ当なことを言っているだけなのですが、ユダヤ人にもかかわらず19世紀の英国保守党で党首にまで上り詰めた男の言葉だと思うと重みがあります。

48.人間には舌は一枚しかないが、耳は二つある。
プルタルコス『講義の聴き方』

「話すための口は一つだが、聴くための耳は二つある。だから話す2倍は聴くことに費やすべきだ」とする言葉です。話すぎるだけでなく、ただ聴いているだけでもない。この姿勢は「講義の聴き方」としても、日常的な会話の作法としても通用するものです。

49.何でも覚えている奴と飲むのはごめん。
作者不明抒情詩断片1002

プルタルコスはこの言葉を『食卓歓談集』で引用し、「酒の席で何でもかんでも覚えている奴はかなり付き合いづらい」と指摘しています。また酒の席での言動は完全に忘れてしまうか、さもなければ冗談めかしてたしなめるに留めておくべきだとも言っています。これは現代の酒宴でも通用する作法といえます。

人間関係のタブー

50.愛せざる所に愛する真似をしてはならぬ。憎まざる所に憎む真似をしてはならぬ。
有島武郎『惜みなく愛は奪う』

19世紀末から20世紀初めを生きた小説家有島武郎が遺した評論作品『惜みなく愛は奪う』の中の一節。このあとには「もし人間が守るべき至上命令があるとすればこの外(ほか)にはないだろう」と続きます。愛するふりや憎むふりは、相手の心を振り回します。しかもそのあとには虚しさや喪失感しか残りません。これは人間関係において破ってはいけないタブーといえるでしょう。

51.友への同情は、堅い殻のしたにひそんでいるのがいい。
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』

プライドの高かったニーチェにとって、友人からあからさまに寄せられる同情ほど屈辱的なものはなかったのでしょうか。彼はそれを「堅い殻のした」にひそませておくべきだと言っています。万人がここまで友人からの同情に過敏なわけではありませんが、人によっては大きな関係の亀裂が走る原因になりかねません。同情をよせるときには細心の注意を払いましょう。

感情の取り扱い

52.恋と同じで、憎悪も人を信じやすくさせる。
ジャン=ジャック・ルソー『告白』

フランスの哲学者ルソーが自伝『告白』に記した一節。恋は盲目といわれますが、憎悪という感情も同じくらい理性的な思考を奪い、信じやすくさせます。これは今までの人類の戦争史を振り返っても明らかです。憎悪の感情に心を支配されているときは、目の前の情報が真実からは遠ざかっていることを知っておくべきでしょう。

53.怒りは一時の狂気である。
ホラティウス『書簡詩』

ホラティウスが遺したこの一節は、憎悪とよく似た感情「怒り」の性質について述べています。怒りに任せた言動はたいていの場合悪い結果を招きます。自分が怒りを感じていると知ったら、衝動のまま行動したり発言したりするのではなく、「これは一時の狂気だ」と冷静になることからはじめましょう。それがきっと余計な人間関係のトラブルから身を守ってくれるはずです。

54.うれしまぎれに、軽はずみな承諾を与えてはならない。酒の酔いにまかせて、腹を立て怒ってはならない。
洪自誠『菜根譚』

「嬉しい」という気持ち、あるいは酩酊状態にあるときも、恋・憎悪・怒りと同じように言動に注意すべきだと指摘するのは洪自誠、中国明代の著作家です。感情の取り扱いについては、昔から万人が悩んできた問題のようですね。

処世術としての「笑い」

55.何でも妙なことにぶつかったら、笑うってことが一番かしこい手っ取り早い返答なんで、どんな目に逢おうと、取っておきの気休めにならあ。
ハーマン・メルヴィル『白鯨』

アメリカの小説家メルヴィルは世界十大小説の一冊に数えられる『白鯨』の中で、笑いの力について書いています。「困ったらとりあえず笑っておけ」というアドバイスは一見大雑把に見えて、恐ろしいほど的を得ています。もちろん笑うだけでは乗り越えられない場面もありますが、たいていの場面は実際なんとかなってしまいます。

56.笑いによる攻撃に立ち向かえるものはなんにもない。
マーク・トウェイン『不思議な少年』

『トム・ソーヤーの冒険』で知られるアメリカの小説家トウェインが『不思議な少年』の中で、超然とした少年に語らせるセリフです。このあとには「だのに、君たち人間は、いつも笑い以外の武器を持ち出しては、がやがや戦ってるんだ」と続きます。この考え方は人間関係においても強い効果を発揮するでしょう。『不思議な少年』には他にも「うーむ」と唸らされる言葉がたくさん書かれているので、一読をおすすめします。

57.ばかげたことも度をすぎたばあいには、その間違いを道理でたたこうとするのは、おとなげないやりかた。興奮しないでもっとばかげたことを言うほうが手っ取りばやい。
ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ『寓話』

「すべての道はローマへ通ず」「火中の栗を拾う」という言葉を生んだフランスの詩人フォンテーヌが遺した一節です。「道理から外れた行いに対して道理で対抗しても仕方ないのだから、もっとばかげたことを言ってしまえ」というアドバイスです。この一節中では「ばかげたこと」は笑いに限定されていません。しかし道理でたたこうするのではなく、みんなが笑ってしまうような「ばかげたこと」が言えれば、あっという間に場はオチます。それこそが真の大人の処世術でしょう。

縁の切れ目と結び目

58.保証人とならば破滅は近きにあり。
作者不明(年代は古代ギリシア)

「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉は今も昔も人生訓となっていたようで、古代ギリシアにおいても「保証人≒破滅」という言葉が残っています。友人や恋人、会社関係の人間であっても、お金の貸し借りかそれに似たことをするのであれば、いつ切れてもいい関係だと割り切る必要があります。

59.離れればいくら親しくってもそれぎりになる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵(かたき)同士でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう。
夏目漱石『道草』

日本近代を代表する小説家夏目漱石の小説『道草』の中の一節。人と人の縁の切れ目、そして結び目を的確に表現しています。漱石によれば「こいつとはどうにもならん!」と嘆きたくなるような相手がいたとしても、あまり気にやむ必要はありません。「どうにかこうにかなるもの」だからです。これは人間関係に悩む人にとって、心強い励ましになるでしょう。

60.言葉に打たれぬ者は、杖で打っても効き目がない。
ギリシアのことわざ

会社などで指導する立場にいる人のための「人材の諦めどき」の基準となることわざ。もちろん指導者として言葉を尽くす必要はあります。しかし言葉を尽くしてもどうにもならない人は、もうどうにもならないと諦めることも必要です。

何度も読んで嚙みしめよう

何十年、何百年、何千年の時を経て語り継がれる言葉には、それに見合うだけの普遍性と含蓄があります。一度さらっと読んで「良い言葉だなあ」と思うだけでなく、気になった言葉は折に触れて読み返して意味を噛みしめましょう。そうしているうちにその言葉は思考となり、行動となり、人生を良い方向に導いてくれるでしょう。

参考文献『世界名言集』『ギリシア・ローマ名言集』『生きる力がわいてくる名言・座右の銘1500』
Career Supli
時間がある時にじっくり読み込んでください。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部