覚えておくと絶対役立つ、人間関係に関する格言60選

名言に学ぶ人間関係の作法

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言ったのは、ベストセラー『嫌われる勇気』で紹介されている心理学者・哲学者アルフレッド・アドラーです。全てとまではいかずとも、私たちの悩みの多くが人間関係にまつわるものなのは確かです。

ここではそんな悩みを抱えたときに効く、人間関係に関する格言・名言を古今東西から60個集めました。気になるものを書き留めて傍に置いておいたり、このページをブックマークしておいて、ふとしたときに開いたり、思い思いの方法で活用してみてください。

こんな「友情」にご注意

1.ひとを罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな!
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』

哲学者のニーチェが、その代表的著作で記した忠告。他者を断罪しようとするのは、他者が自分の存在を脅かそうとしないかと戦々恐々としているから。そのような人たちは同時に自分の存在を脅かす何かを隠蔽したり、偽ったりするかもしれません。だから信頼しない方が身のためです。何より、人を罰することばかり考えている人たちといると、単純に気持ちが疲れてくるので精神衛生上よくありません。

2.君の義務が何であるかを、当の君自身よりもよく心得ていると思いこんでいる連中がいつもいる。
ラルフ・ワルド・エマーソン『自己信頼』

アメリカの思想家、作家、哲学者であったエマーソンが著書『自己信頼』に記した言葉です。あなたの意思や価値観を無視して、自分の考えがあたかも「君の義務」だとおしつけてくる「友情」はもはや友情ではありません。くれぐれもそういった友情の仮面をかぶった何かに振り回されないように注意しましょう。

3.年老いた者が賢いとは限らず、年長者が正しいことを悟るとは限らない。
『旧約聖書 ヨブ記』

キリスト教とユダヤ教、イスラム教にも関連のある『旧約聖書』のヨブ記に記された言葉です。友人にしろ、上司や先輩にしろ、年長者だからという理由で賢いもしくは正しいとは限りません。にもかかわらず年上であることを理由に偉そうに振る舞うような人も少なくありません。そうした人との関係は自分の成長には繋がりにくいため、あまり深入りしないようにする方が身のためでしょう。

4.友情。信頼。私は、それを「徒党」の中に見たことがない。
太宰治『もの思う葦』

日本近代の小説家太宰治がエッセイの中で書いた言葉です。どんなところでも信念のない人や、意思の弱い人ほど「徒党」を組みたがるもの。そこにあるのは友情や信頼などではないから間違えることのないように、と太宰は忠告しています。

「真の友情」の見極めかた

5.一人が死に一人がいきのこっているときにこそ、友情がどんなものであったかが知られる。
司馬遷『史記列伝』

中国前漢時代の歴史家司馬遷が遺した言葉です。このあとには貧富の差が生まれたとき、貴賤の差が生まれたときの態度によっても、本当の友情かどうかがわかるという文章が続きます。逆に言えばそうした出来事を経たあとでも「真の友情だ」と思えるものこそ、大切にするべき人間関係といえるでしょう。

6.燕たちが、夏の季節にはわれわれの所にいるが、寒さに襲われればいなくなる、それと同様にいつわりのともも、人生の波の平穏なときにはそばにいてくれるが、運勢の冬来たると見れば、みなたちまち飛んでいなくなる。 作者不詳『ヘレンニウスに宛てた弁論術書』

紀元後3世紀ごろのローマ皇帝ヘレンニウスに対して、当時の誰かが記した文章の一つです。司馬遷と同じことを、渡り鳥のたとえを通じて書いています。

友人の選びかた

7.徳ある者は必ず言あり。言ある者は必らずしも徳あらず、仁者は必らず勇あり。勇者は必らずしも仁あらず。『論語』

儒教の四書のひとつ『論語』に記されている言葉。「言」とは立派なこと、真実味のある言葉を意味し、勇とは勇気のこと、仁とは道徳の最高形態を意味します。言動がカッコいいとそれだけで立派な人物のように見えてきますが、必ずしもそうだとは限りません。言動だけの人物か、中身の伴った人物かを見極める必要があります。

8.よき友、三つあり。一つは、物くるゝ友。二つには医師(くすし)。三つには、智恵ある友。
兼好法師『徒然草』

鎌倉〜室町を生きた兼好法師のエッセイ『徒然草』の一文。人間関係に損得勘定を持ち込むのは嫌だという人もいるかもしれませんが、一つの尺度として知っておいて損はないでしょう。

9.生まれながらに欠点のない人間などいない。最上なのは、欠点が少ない人間だ。
ホラティウス『風刺詩』

古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラティウスが遺した言葉です。「あいつはあそこがダメだ」「こいつはここがダメだ」などと欠点ばかりをあげつらっていても、信頼できる人間関係は作れません。完璧な人間を友人や恋人に求めるのはさっさとやめにしましょう。

10.悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』

知り合うなら悪人よりも善人の方が良いと思うのが普通です。しかしだからといって善人の及ぼす害悪は、こちらが覚悟をしていないぶん、悪人の及ぼす害悪よりもダメージが大きくなります。こう考えると多少悪いところがある人の方が、付き合いやすいのかもしれませんね。

友人は自分の鏡

11.友は第二の自己である。
アリストテレス『ニコマコス倫理学』

哲学者プラトンの弟子であったアリストテレスが代表的著作『ニコマコス倫理学』で記した言葉。人間が変わるためには「時間配分」「住む場所」「付き合う人」を変える必要があるという言葉もありますが、ここに付き合う人=友人が含まれているのは、アリストテレスが言うようにそれが第二の自己だからです。

12.あなたのお仲間を見れば、あなたのお人柄がわかります。
ミゲル・デ・セルバンテス

アリストテレスと同じことをやや皮肉っぽく書いたのが、『ドン・キホーテ』で知られるスペインの小説家セルバンテスの言葉です。交友関係は自分の鏡。手当たり次第に交友範囲を拡げればいいというわけでもありませんし、友人の数が多ければいいというわけでもありません。大事なのは本当に自分がこうなりたいと思う自分が、そこに映っているかということです。

言葉遣いは慎重に

13.おしゃべりの人は、たとえ本当のことを言っても、不審の目を向けられる。
プルタルコス『饒舌について』

帝政ローマ時代のギリシア人著述家プルタルコスがエッセイの中で書いた言葉です。プルタルコスはこの言葉について、多く話そうとするとどうしても嘘偽りを混ぜ込んで水増しをせざるを得なくなるからだと説明しています。ついついしゃべり過ぎてしまう人は、自戒を込めて知っておきたい言葉です。

14.常に率直に語れば、卑しい人間はお前を避けるであろう。
ウィリアム・ブレイク『天国と地獄の結婚』

18世紀末から19世紀前半を生きたイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクが遺した一節。一点の曇りない率直な言葉を使う人に対しては、なかなか意地悪や詐欺を働きづらいものです。だから「卑しい人間」を遠ざけるには、率直な言葉遣いが効果的だというわけです。ただし多少は迂遠な言葉遣いをした方が人間関係がうまくいくときもあるので、言葉遣いはやはり難しいですね。

善良さの力を知る

15.人間は善良であればあるほど、他人のよさをみとめる。だがおろかで意地わるであればあるほど、他人の欠点を探す。レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ

帝政ロシア時代の小説家トルストイの言葉です。この言葉は逆にしても真でしょう。つまり他人の欠点を探しているときはおろかで意地わるになっていますし、他人のよさをみとめられているときは自分自身も善良になっています。人間関係の悩みを抱えているとき、自分が善良なのか意地わるなのかをチェックするリトマス紙になってくれる言葉です。

16.世間は自分に不都合の生じないかぎりおおかたは善良なものを愛する。
中勘助『菩提樹の蔭』

『銀の匙』などで知られる日本の小説家中勘助が、短編小説の中で書いた一節です。善良であるということは、ただそれだけで愛される理由になります。日常生活ではもちろん、人間関係のトラブルに巻き込まれたときの指針になりうる言葉でしょう。

17.人間のすべての性質のなかで、嫉妬は一番みにくいもの、虚栄心は一番危険なものである。
カール・ヒルティ『眠られぬ夜のために』

スイスの哲学者ヒルティは代表的著作『眠られぬ夜のために』の中で、私たちの中に存在する性質のうち「嫉妬」と「虚栄心」に注意を促しています。これらは中勘助のいう「善良なもの」とは対極にある性質といえるでしょう。友人や恋人など、他者に接するときは自分がこの二つに振り回されていないかをよく省みる必要があります。

腰が低いのもほどほどに

18.真の謙虚さとは自分の長所を正当に評価することであり、長所を全て否定することではない。
サミュエル・スマイルズ

19世紀イギリスの作家スマイルズが遺した言葉。謙虚さは日本だけでなく世界各所で美徳とされていますが、履き違えると単なる卑屈さになりかねません。卑屈な人とは一緒にいたくないものです。この謙虚さと卑屈さの違いを分けるのがスマイルズが指摘した長所に対する評価の仕方。謙虚になりすぎる日本人は特に頭に入れておきたい言葉です。

19.こびへつらうのは、自分に対しても他人に対しても、低い評価しか持たないからである。
ジャン・ド・ラ・ブリュイエール『人さまざま』

17世紀フランスの作家ブリュイエールが著書『人さまざま』に記した一節です。人に気に入られようと振舞ったりお世辞を言ったりするのは、そのままの自分では評価されないと考えているからですし、逆に「うまく褒めておけば喜ぶだろう」という他人への低い評価の裏返しともいえます。ブリュイエールの言葉は低姿勢もほどほどにしなければ、相手を貶めることにもつながるという忠告です。

誠実であれ

20.惜しみなく与えるという評判が立つことはいかにも好ましいように思われる。だがしかし、気前の良さも、そういう評判が立つことを求めてあなたが使い出せば、あなたに害をもたらしてくる。
ニッコロ・マキャヴェッリ『君主論』

ルネサンス期イタリアの政治思想かマキャヴェッリが代表的著作『君主論』の中で書いた一節。マキャヴェッリは気前の良さを例にとっていますが、これは他のことにも当てはまる法則でしょう。勇気のある人だと思われたくて大胆な行動をしてみたり、気遣いのある人だと思われたくてあちこちで世話を焼いたりすれば、自ずと無理が生じます。その思いを見透かして利用しようとする人間も出てくるでしょう。自分の評価を操作しようとせず、自分に対しても他人に対しても誠実であることが大切です。

21.どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。
ガリレオ・ガリレイ『天文対話』

天文学の父ガリレオ・ガリレイが大著『天文対話』に記した一文です。一見すると人間関係とは無縁の言葉かもしれません。しかし私たちは、しばしば自分の眼ではなく人づての情報や評判だけで他者を評価してしまいます。それが原因で人間関係がこじれる例も無数にあります。こうした無益なトラブルを回避するためには、対象そのものと一対一で向き合う誠実さが必要なのです。

ケンカは慎重に始めるべし

22.あらゆる戦争は、起こすのは簡単だが、やめるのは極めてむずかしい。
ガイウス・サッルスティウス・クリスプス『ユグルタ戦記』

紀元前1世紀ローマの政治家サッルスティウスが、遺した『ユグルタ戦記』の中の一節。このあとには「戦争の始めと終わりは、同じ人間の手中にあるわけではない。始める方は、どんな臆病者にもできるが、やめる方は、勝利者がやめたいと思う時だけだ」という文章が続きます。これは国同士の戦争だけでなく、個人同士のケンカにも当てはまります。くれぐれも始めるときは慎重に判断しましょう。

23.批判については、いっさい弁解しません。非があるから黙っているのではなく、そう思い込んでいる人には何を言っても無駄ですから。15代千宗室

ケンカをふっかけられても、黙して相手にしないことも時には必要です。その心を説くのは茶道裏千家家元15代千宗室(せん・そうしつ)の言葉です。批判について弁解をすれば、ケンカを買ったことになってしまいます。不必要な人間関係のこじれを生まないためには、「何を言っても無駄」と諦めて黙っておく。人間関係の悩みを増やさないためには、ときに何もしないことも必要なのです。

正しく、安全に、素早く勝つ

24.徳を以って人に勝つものは栄え、力を以って人に勝つものは亡ぶ。
『源平盛衰記』

『平家物語』の異本『源平盛衰記』に書かれているのは、ケンカに勝つ側の作法とでもいうべきものです。論理的に言い負かしたり、暴力で相手を押さえつけることも勝ちは勝ちでしょう。しかしそのような勝ち方をしてしまうと、のちのち身を滅ぼすことになります。勝つときはあくまで「徳を以って」勝つ。ひとたびケンカになってしまったときに、忘れてはならない原則です。

25.母国に帰る敵軍はひき止めてはならず、包囲した敵軍には必ず逃げ口をあけておき、進退きわまった敵をあまり追い詰めてはならない。
『孫子』

中国春秋時代の兵法書『孫子』に記されている一節。これは「囲師必闕(いしひっけつ)」という戦術で、相手の逃げ道を断ってしまうと窮地に追い込まれた鼠が猫を噛むように必死に立ち向かってくるから、安全に勝つためにも追い詰めすぎるなというものです。人間関係でも、あまり追い詰めすぎると想像もないような方法で報復があるかもしれません。どんな相手にも逃げ道を用意してあげるようにしましょう。

26.戦争には拙速(せっそく)---まずくともすばやく切り上げる---というのはあるが、巧久(こうきゅう)---うまくて長引く---という例はまだ無い。
『孫子』

同じく『孫子』に記されている一節です。長引いていいことがあった戦争などないから、うまくいくにしても失敗するにしてもさっさと終わらせるのがいいという意味の言葉です。これは人間関係でも同じで、ケンカが長引いてくると事実関係がはっきりしなくなったり、無関係の人が割り込んできたりといいことがありません。いざ始めたらサッと終わらせる。これが孫子流のケンカの作法なのです。

そもそも……

27.解決策がわからないのではない。問題がわかってないのだ。
ギルバート・ケイス・チェスタトン『ブラウン神父の醜聞』

イギリスの作家チェスタトンが推理小説『ブラウン神父の醜聞』の中で書いた一節です。すでに発見されている問題を解決するよりも、状況の原因になっている問題を的確に見つけ出すことの方が難しいのは、ビジネスでも人間関係でも同じ。人間関係がこじれたら、まずはそもそも何が問題でこじれたのかを慎重に検討しましょう。

敵すなわち味方なり

28.ナニ、誰を味方にしようなどといふから、間違うのだ。みンな敵がい々。敵がないと、事が出来ぬ。
勝海舟

江戸後期から明治にかけて活躍した武士であり政治家でもあった勝海舟の言葉です。どんな場面でも「敵」は悩みの種ですが、勝海舟は逆に「みンな敵がい々。敵がないと、事が出来ぬ。」と、何かを成し遂げるために必須の存在として受け入れています。彼の考えに従えば敵はなくてはならない味方なのです。

29.強敵がいなくなれば、こちらの力も弱くなる。
徳川家康

江戸幕府初代将軍徳川家康もまた、敵の存在を必要なものだと考えていたようです。家康にとって強敵は、自分を強くしてくれる重要な役割を担っていたからです。頭を悩ませる強敵が現れても「自分の力を高めるチャンスだ」と思えば、ポジティブに考えられるのではないでしょうか。

30.自分の前に敵がいっぱいあらわれたときは振り返って見よ。味方がいっぱいいるものだ。
生田長江

明治から昭和前半を生きた日本の評論家生田長江(いくた・ちょうこう)が遺した言葉です。目の前に敵がたくさん現れると、私たちはつい「自分の味方なんていない」とパニックを起こしがちです。そういうときは生田の言葉を思い出し、周囲を見渡してみましょう。きっと味方がたくさんみつかるはずです。