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「平均」「普通」「一般」に囚われてない?
多くの人が平均・普通・一般という言葉を、正常・多数派という意味で使っています。そしてこれらを基準に異常性を判断したり、少数派を決めたりしています。しかしこうした「平均思考」が、実は自分や社会全体のパフォーマンスを下げる大きな原因になっていることをご存知でしょうか。
ここではハーバード教育大学院の研究者であるトッド・ローズ氏の著書『ハーバードの個性学入門 平均思考は捨てなさい』をもとに、平均思考の危険性とそれを捨ててパフォーマンスを上げるための思考方法について解説します。
「平均」は存在しないか、少数派に過ぎない
平均という言葉は、いかにも「多数派」というイメージがあります。しかし実際に歴史や統計を紐解いていくと、実は平均は存在しないか、少数派に過ぎないことがわかります。
平均的な女性「ノーマ」は存在しなかった
1940年代前半、当時アメリカの婦人会の権威であったロバート・L・ディッキンソン氏は、1万5,000人にも上る若い成人女性の体のサイズのデータを参考に、平均的かつ理想的な女性像として「ノーマ」という彫刻を作成しました。その後、ノーマの体型に最も近い女性を選ぶためにコンテストが開かれます。
コンテスト前、審査員たちはほとんどの応募者が平均的な体型に近く、僅差の戦いになると予想していた。しかし蓋を開けてみると、審査対象となる9つの部位全てで平均の範囲内で収まる女性は、最も高い評価を得た女性を含めても応募者3,864人中0人。部位を5つに限定しても、40人未満という結果になったのです。
この歴史的な事実からは、平均という言葉が持つ多数派のイメージが間違っていることがはっきりとわかります。
日本人の平均年収をもらっているのは10人に2人以下
このことは日本人の平均年収にも当てはまります。2018年の9月に国税庁から発表された「平成29年分民間給与実態統計調査」によれば、2017年の平均年収(平均給与)は男性で531.5万円、女性で287.0万円、全体で432.2万円となっています。この数字よりも少ない給料しかもらっていない人は、「自分は多数派よりも稼げていないのか……」と落胆するかもしれません。
しかし同調査の「給与階級別給与所得者数・構成比」を見ると、男性の平均年収をもらっている人は全体のたった13.3%、女性の平均年収をもらっている人は全体の21.7%、男女では14.8%となっています。つまり日本人で平均年収を稼いでいる人は、10人に2人いるかいないかという状況なのです。
このことからも、平均=多数派というイメージが間違っていることがわかります。
「個性」を見直すべきとき

また、平均には多数派の他に「正常」というイメージもあります。しかし、近年は個人の平均化は、社会にとってむしろマイナスに働く場合が多いということがわかってきています。
「同質的な人材」の危険性
リクルートワークス研究所は、公的機関等のデータを基にした2025年の日本の「働き方」を予測する『Works Report 2015』の中で以下のように述べています。
労働力人口が減少していく今後、ダイバーシティを進めず同質的な人材マネジメントだけに固執すれば、その企業はいずれ競争力を失う。
引用:リクルートワークス研究所『Works Report 2015』
同質的な人材とはすなわち平均的な能力や性質を持った人材ということでしょう。日本企業の競争力の低下はそのまま日本という国の競争力の低下につながります。つまり正常であるはずの平均的な人材が増えると、社会の競争力低下につながるというわけです。
「平均人間」の価値はこれから低くなる
平均が正常とされる世の中においては、「平均人間」は価値があるように思えます。確かに平均を基準とする組織や社会の運営は、効率化の面ではメリットがあります。
高度経済成長期の日本が「一億総中流」をスローガンに急成長を遂げたことを例に挙げれば、少なくとも経済が前近代から近代に進む時代であれば、平均人間には価値があったと言えるでしょう。しかし経済が成熟期に入り、かつインターネットが発達していくこれからの時代においては、平均人間の価値は下がらざるを得ません。
なぜなら情報の広がるスピードが加速していくにつれて、普通の、よくある、誰もが思いつくような思考、すなわち平均思考は、あっという間にコピーされ、陳腐化してしまうからです。
やがてそうした思考は人工知能によって取って代わられ、人間が考える必要さえないものに変わるでしょう。そうなれば人間的なミスをする平均人間の価値は、人工知能よりも低くなってしまいます。
自分を生かすための3つの原理

個人や組織のパフォーマンスを考えるうえで、すでに賞味期限切れの感が強い平均思考。しかし自分や他人を評価するための指標として「平均以外を使え」と言われても、多くの人がどうすればいいかわからず、途方に暮れるのではないでしょうか。それほどまでに、平均思考は私たちの頭の隅々までに浸透してしまっているのです。
そこで以下では、あまりにも強力に定着している平均思考を頭から引き剥がすべく、トッド・ローズ氏が著書の中で挙げている「個性の原理」3つを紹介します。これらを日々の生活や仕事の中で絶えず意識することで、自分の個性を見つけ直していきましょう。
ばらつきの原理
たった一つの平均値という基準によって何かを評価する方法は確かに効率的です。しかし平均的な女性「ノーマ」が存在せず、コンテストの応募者に特定の部位が大きすぎたり小さすぎたりする女性しかいなかったことからもわかるように、個性とはばらつきがあるものです。
例えば分析的な思考が得意な人もいれば、直感的な思考が得意な人もおり、クリエイティブな仕事が得意な人がいれば、実務的な仕事が得意な人もいるのです。
このように書くと当たり前のように感じますが、平均思考とは元来こうした個性を無視し、「売上」や「生産性」といった単純な指標で能力を評価しがちです。こうした評価を社会や上司から押し付けられ続けると、「自分には能力がない」と思い込み、本来発揮できるはずの個性を見失ってしまいます。
逆に言えば、自分の中のユニークな個性を認識できれば「これを生かすためにはどうすればいいか」と考えられるようになります。結果むやみに自分をおとしめることなく、パフォーマンスの最大化に向けて行動できるようになるのです。
コンテクストの原理
人は特定の状況(コンテクスト)に置かれると、それに応じた思考をしたり、行動をとったりします。しかしこの際の思考や行動は、個人の性格や経験に左右されます。本来人の思考や行動というものは、このように変化するものなのです。
しかし平均思考をしていると、こうした柔軟な個性の見方ができなくなります。例えば「A型の人は几帳面なはずなのに、どうしてあなたは大雑把なの?」「あの人は仕事になるといつもやる気がなくなる」といった言い方は、いずれも平均思考の産物です。
この思考を続けていると、自分が個性を生かせないのは「今の職場」というコンテクストが原因であるにもかかわらず、「自分に能力がないからだ」と考える羽目になってしまいます。これは他人に対しても同じで、コンテクストを変えればその人の個性が花開く可能性は十分にあるのです。
このコンテクストの原則が理解できれば、環境や人間関係に対する接し方が変わり、自分や他人の個性をより生かせるようになっていきます。
迂回路の原理
長年、赤ん坊が立って歩くようになるまでには「平均的な順序」があると信じられてきました。今も信じているという人もいるでしょう。例えば腹這いを覚えてから、ハイハイを覚え、高ばいへ……といった具合です。
しかしニューヨーク大学のカレン・アドルフ教授の研究によって、平均的な順序などないことがわかっています。彼女の研究の結果、赤ん坊が歩くようになるまでには25種類の道筋があり、どの道筋をたどった赤ん坊も最終的には同じように歩けるようになったのです。
そもそもこの「ハイハイの段階を経て歩けるようになる」という考え方さえ実は普遍的なものではありません。というのもパプアニューギニアの先住民の赤ん坊は地面にペッタリと座り込み、お尻を引きずって移動する動作を経て、歩くという動作を身につけるからです。この例のように、あるゴールへと到達する道筋は一つではないということを、トッド・ローズ氏は「迂回路の原理」と呼びます。
お金を稼ぐ方法にも幸せになる方法にも、平均的な順序や正しい方法などありはしません。自分の個性に合った道を選ぶことこそが、自分にとっての最短ルートになるのです。
自分の価値を最大化しよう!

かつては学力や知能などの平均値をもとに人事評価を行なっていたGoogleやマイクロソフトも、近年になって個性の重要性に気づき、より個性を正確に評価するための方法を開発するために巨額の投資を行なっています。
個人レベルでも個性の重要性に気づき、平均思考から脱け出すことができれば、自分の得意なフィールドや成功への道筋が見つかり、自分の個性をフルに発揮できるようになるはずです。きっとそのとき、自分のパフォーマンスは格段にアップしていることでしょう。
参考文献『ハーバードの個性学入門 平均思考は捨てなさい』

【文】鈴木 直人 【編集】サムライト編集部