一生、エンジニア続けますか?
ITエンジニアのみなさんにお尋ねします。エンジニア以降のキャリアパスについて考えた事はありますか?
もちろん、俺は生涯エンジニア一筋だ!という方もいらっしゃるとは思います。ただ、言うまでもなく変化の激しいIT業界。己のスキルは常にアップデートし続けなければなりませんし、長時間労働に肉体的な限界を感じることもあるでしょう。
そのように、ITエンジニアだけで働くことがつらくなった時、どうするか……。マネジメントを学習し、プロジェクトマネージャーに。あるいは、ビジネス領域に手を広げてITコンサルタントに。はたまた、専門スキルをさらに極めてスペシャリストとして活躍される方も。
そのようなキャリアパスの一環として今回ご提案するのが、『エバンジェリスト』という職業です。言葉と表現力を武器に製品を紹介する、ITエンジニアの新たな選択肢。今回は、マイクロソフト社のエバンジェリスト、西脇資哲氏の著書『エバンジェリストの仕事術』を参考に、ITエンジニアの新たな将来を見てみましょう。
「伝道者」は世界観を伝えていく

evangelist……日本語でいう「伝道者」は、その名の通り、「伝えること」が仕事です。もっと詳しく説明すると、「新しい価値観を伝えるひと」。製品の価格やスペックだけにとどまらず、その製品を使うことで実現できる「世界観」まで提示するのがエバンジェリストの役目です。
企業の広報と混同されがちですが、例えばLinuxというフリーソフトウェアについて相手に伝えるとき、広報ならば「無償でお金がかからない」と言うでしょう。しかしエバンジェリストは、「Linuxはどうして無償なのか、Windowsはどうして有償なのか」という点を説明するとのこと。
また、競合の製品であっても、自社の製品と組み合わせることでより大きなシナジーを生む場合、エヴァンジェリストはためらいません。西脇さんはマイクロソフト社に勤めていますが、競合であるアップル社の製品と組み合わせることでさらに性能を発揮できるならば、そう説明するそうです。
これは企業の中で利権や体面を気にする立場ではできないこと。独立した立場であることも、エバンジェリストの特徴のひとつです。
エバンジェリストになるまでの道のり

では、実際にどのようなキャリアを踏んでいれば、エバンジェリストという進路が見えてくるのでしょうか。西脇さん自身のキャリアを参考に見てみましょう。
西脇さんは1980年代後半、ハードウェアベンダーのソフトウェア部門でOSの開発に携わるプログラマーとしてキャリアをスタート。その後システムエンジニアを経て、システムをお客に提案するプリセールスエンジニアに。1996年から日本オラクルに12年間勤め、マーケティング部門でプレゼンの技術を磨き、退職。
その後西脇さんは2009年11月にマイクロソフト社に入社し、6ヶ月間で自分の能力と会社の問題点を見極めたのち、当時の社長(現・会長)である樋口泰行氏を説得して、社内初の『エバンジェリスト』としての地位を獲得したのでした。
当時西脇さんが持っていたのは、エンジニアとしての経験に、マーケティングの知識、プレゼンテーションの技術。そして何よりも、誰も知らない魅力的な技術を多くの人に伝えたいという情熱。
もしあなたがエンジニアとして一定の経験を積み、プレゼンテーションの技術を習得している、あるいはこれから習得しようという気があるならば、エバンジェリストへの道はすでに開けているかもしれません。
組織の中で独立する
では、エバンジェリストへの道筋がおぼろげながら見えたところで、具体的にエバンジェリストが社内でどのように働き、価値を発揮していくのかという説明に移りましょう。
エバンジェリストにはルーティーン的な業務はなく、その日に行われるイベントやセミナー、顧客訪問によって日々の業務は変わってきます。プレゼンやデモ、製品説明。そのための製品研究や資料作り、必要とあらばハードやソフトを自作するところまで行うのです。
研鑽を重ね、自分なりの工夫をしながら社外でしゃべっていく中で、社内に限らず、社外からも評価はどんどん高まります。そうして信頼を獲得すれば、プレゼンのオファーが舞い込むことになりますし、人脈もどんどん広がっていくでしょう。組織にいながらにして、会社だけではなく個人としても看板も背負うエバンジェリスト。個人で動く分責任も大きいですが、それ以上のやりがいを感じるはずですし、有能であれば退社した時にオファーが舞い込むことでしょう。
製品のプレゼンをするなら、とことん愛せ!

これまでの紹介でエバンジェリストに興味を持った方で、いまいちプレゼンに自信がない方もいるでしょう。ずっと技術畑にいたため、プレゼンの経験はほとんどない……。元来内向的だから人前で喋るなんて……。実際、以前行ったプレゼンで苦渋を舐めた経験がある……。そんな方もいるはずです。しかし、その問題はたった一つのシンプルなチャレンジで解決します。それは、準備の徹底です。
西脇さん曰く、プレゼンは準備が9割。1時間のプレゼンならば資料作りは1日。ときには一週間かけることも。資料作りに妥協はしませんし、何度も何度もプレゼンやデモの練習をします。とにかく、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返す。
徹底して繰り返すことの背景には、何度も練習することで自信がつく、という効果のほかに、その製品をより深く愛せるようになるという狙いがあります。
マニュアルもない。バグだってある。今までの製品とはまったく異なる概念を使わなければならないものかもしれません。それでも根気強く付き合い、使い倒して愛情を育てることが重要になるのです。西脇さんはエバンジェリストに必要なスキルの一部として、次のようなことを挙げています。
エンジニアであること。華麗なプレゼンテーターであること。熱心なユーザーであること。
キリスト教の教えを広めた、元来の意味での伝道者。彼ら自身が誰よりも熱烈な信者であったように、エバンジェリストもまた、製品への強い想いが不可欠なのでしょう。
“ワクワク”を伝えていく仕事
なぜあなたはエンジニアになったのでしょう。クライアントの無茶振りに付き合わされ、終わらない残業で体調を崩し、チームのメンバーにストレスを溜める。そんな思いをしたとしても、あなたがこの世界に入り、そして未だにとどまっているのは、未知の技術に“ワクワク”を感じたからではないでしょうか。
その“ワクワク”をより多くの人に伝える仕事、エバンジェリストという職業を視野に入れてみてはいかがでしょう。
参考文献『エバンジェリストの仕事術』
