「意識高い系経営」になってない?
「現場主義」「コミットメント経営」これらは経営者やチームのリーダーなら勉強するであろう「経営の定石」です。しかしかつて企業再生コンサルタントとして活躍し、現在はNECで事業開発を行う小林忍さんは著書『「経営の定石」の失敗学 傾く企業の驚くべき共通点』において、こうした経営の定石が原因で経営が傾き、企業再生コンサルタントの力を借りざるを得ない状況にまで追い込まれた企業が実にたくさんあることを示しました。
こうした企業が失敗したのは、得てして経営の定石について深く考えず、形式だけを取り入れたことが原因です。ここではこうした意識が高いだけで内実の伴わない経営を「意識高い系経営」と名付け、小林さんの著書で示されている10の経営の常識のうち、前述した2つに隠れた落とし穴について解説します。そしてこれらを踏まえて、経営の定石全般との正しい付き合い方についても解説します。
意識高い系「現場主義」
現場主義はトヨタ自動車の創業者豊田喜一郎が重んじた経営方針である、現地・現物・現実の3つからなる「三現主義」から生まれた言葉です。経営のブレインが会議室だけで組み立てる机上の空論ではなく、現地・現物・現実に即した経営判断や行動ができる経営手法です。
しかしこれを深く理解せずに取り入れると、むしろ経営に悪影響を及ぼす意識高い系「現場主義」に陥る危険があります。具体的には以下の3つの落とし穴があります。
1.「現場」が「現場」でなくなる。
2.経営者の本来の仕事を見失う。
3.全体最適を損なう。
学生時代、先生が教室にいる間だけ優等生で、いなくなった途端に悪ガキになる同級生はいなかったでしょうか。これと同じ現象が、現場主義の企業では起こり得ます。
つまり企業のリーダーが工場視察に訪れるという情報が流れるや否や、山積みになった在庫を隠し、工場の床を掃き清め、作業スペースを整理整頓するのです。この工場を視察に来たリーダーは「うむ、よくやっているな」などと言って満足して帰途に着くでしょう。
小林さんが実際にコンサルティングを担当した企業では、在庫が隠されたあとの空の倉庫を見て増産体制が必要だと判断した社長が、新工場の建設を指示したそうです。
このとき、現場主義の「現場」はもはや「現場」ではありません。間違った現場の情報に踊らされて経営判断を下せば、結果は火を見るよりも明らかです。
またリーダーが現場主義を標榜するあまり、本来の仕事である経営を疎かにしてしまう場合にも、現実主義は意識高い系に変質してしまいます。
小林さんはこの状況の問題を、人員削減や事業縮小を伴う成長戦略の作成が急がれる場面で、自分の古巣である開発部門に足繁く通って決断から逃げていたとある社長の例を挙げて指摘しています。
現場主義にはごく限られた局面にすぎない現実を重視しすぎて、全体最適を損なう危険もあります。小林さんは「現場はしょせん現場です」(前掲書p160)と言います。
これはなにも現場を軽視しているのではなく、現場が置かれている状況を考えれば、部分最適しか見えなくなっていて当然だという意味です。
企業のリーダーの仕事は、こうした視野狭窄を修正し、全体最適に導くことです。しかし現場主義を最優先にしてしまうと、この事実をつい忘れてしまうのです。
意識高い系「コミットメント経営」

日産のカルロス・ゴーンCEOが同社で実施した「日産リバイバルプラン(NRP)」によって有名になった経営の定石が、「コミットメント経営」です。「必達目標」とも訳され、数値目標や目標の責任者の明確化と、目標達成に向けて行動するというものです。
しかしこれが意識高い系「コミットメント経営」になると、目標だけが上滑りしてあっという間に形骸化してしまいます。そのときの落とし穴が以下の2つです。
1.主体のすり替えが起きる。
2.コミットメントが目標と現実を捻じ曲げる。
NRPではカルロス・ゴーンCEO自身が、目標を達成できなかったら辞任するとコミットしていました。これに対して意識高い系「コミットメント経営」では、事業責任者などの社長の部下がコミットします。
すると社長自身は責任を取らないため、部下のコミットメントに対しても関心が低くなります。そうなれば目標を達成するための具体的なアドバイスもできません。もちろん目標は達成されず、経営は傾いていきます。コミットメント経営とは「コミットさせる経営」ではなく「コミットする経営」ではなくてはならないのです。
こうした無責任なコミットメント経営は、目標と現実を捻じ曲げます。例えば小林さんが担当したK社では、必達目標とは別に「実行目標」という目標があり、これを必達目標とすり替えた上で「今月の目標は達成した」という会議資料を作っていました。
しかもこの実行目標は、達成しても企業の成長には繋がらないレベルの数値でした。にもかかわらず経営陣はこの資料をもとに「計画は達成された」と判断していたのです。これでは現実を見誤り、危険な経営判断につながりかねません。
また、コミットメントが現状とかけ離れたものでも、現場は当面を取り繕うために「なんとか頑張ります」「やってみます」と言ってしまいます。これに対して上司も「なんとかなる」という報告を上にあげ、企業全体で「なんとかなる」という判断をします。
もちろん目標は達成されません。根本的な問題や、コミットメントの非現実性からは目をそらし、ただコミットメントという言葉だけが上滑りしていくのです。その間に経営はどんどん悪化し、取り返しのつかない状況にまで追い込まれていきます。
「経営の定石」の落とし穴を回避するために

小林さんの著書の最後で経営の定石の落とし穴にはまらないためのポイントを3つにまとめています。
要点1 言葉づかいに気をつける
要点2 型に入り、型から出る
要点3 やはり”特効薬“はない
※前掲書p311~318より再構成
ここでの言葉づかいとは「言葉の扱い方」です。言葉を正確に伝えるのはとても難しい作業です。「現場主義」「コミットメント経営」というと響きもよく、なんとなくわかった気になります。
しかしこの「なんとなくわかった気」から抜け出すには、現場主義の「現場」とは何を指すのか、コミットする主体は誰なのかといった問題について語らなければなりません。
言葉は抽象的であるほど、人によって解釈が分かれます。そのため、解釈を統一し組織全体に浸透させることが、意識高い系経営に陥らないための重要なポイントとなるのです。
現場主義やコミットメント経営が意識高い系に堕したのは、本来の経営の定石を理解せずに、うわべだけを取り入れたからでした。これを防ぐには、経営の定石の「型」を熟知する必要があります。これが「型に入る」ということです。
しかし一方で型にこだわりすぎてしまうと、本質を見失う危険があります。例えば「ポートフォリオ経営」はリスク分散のために事業領域を多様化する経営手法ですが、小林さんが担当したQ社のように、多様化した事業領域全てが景気変動に対して同じ動きをするものだった場合、リスク分散の効果は期待できません。
これは本質である「リスク分散」を忘れ、「事業領域を多様化する」という型にこだわりすぎたために起きた失敗です。このような状況を防ぐためには、本質を見極めたうえで「型を出る」必要があります。
例えばあるコンサルティング会社は事業領域をたった2つに厳選して、リスクに確実に対応できるポートフォリオにしています。これはリスク分散という本質を踏まえ、事業領域の多様化という型を出た好例です。
小林さんは著書全体を通じて「経営の特効薬なんてものはない」という旨を繰り返しています。私たちは成功事例とともに紹介され、ノウハウ化された経営の定石を、つい問題解決の特効薬のように感じてしまいます。
理路整然と書かれた自己啓発本やビジネス本に対しても、同じように感じる人もいるかもしれません。しかしそれは残念ながら単なる希望的観測です。
そして内容を精査せずにうわべだけを取り入れる意識高い系経営では、それが希望的観測であることにも気づけず、むしろ毒にしてしまう可能性すらあります。常に自分の頭で考え、経営の定石を状況に応じて使いこなす姿勢が必要なのです。
思考停止から抜け出そう
『「経営の定石」の失敗学 傾く企業の驚くべき共通点』はこのほかに「経営コックピット」「俊敏な経営」「リーダーシップ」「ワイガヤ」「モチベーション経営」「選択と集中」「ポートフォリオ経営」「花形商品」の8つの経営手法について、失敗のパターンとその対策を豊富な事例とともに解説しています。
しかし同書で挙げられている内容もまた、「特効薬」にはなり得ません。つまるところ、思考停止から抜け出し、自分の頭で考えるようにならなければ、的確なリスク回避はできないのです。そのために私たちに求められているのは、どこかにある「正解」を探すのはやめ、自分の頭で問い続ける姿勢です。
参考文献『「経営の定石」の失敗学 傾く企業の驚くべき共通点』

