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元CIAアナリストが教える「決断」の作法
私たちの人生は決断の連続です。そしてその中には「間違えるわけにはいかない決断」も含まれています。近年は小さな失敗を積み重ねて方向修正し、成長していく個人や企業のモデルが推奨されるようになっていますが、「間違えるわけにはいかない決断」に関してはその例外です。
ではどうすれば肝心の決断のタイミングで、失敗の確率が低い選択肢を選ぶことができるのでしょうか。
CIAの元情報分析官(アナリスト)であるフィリップ・マッドさんが著した『CIA極秘分析マニュアル「HEAD」――武器としてのインテリジェンス』で紹介されている「HEAD(High Efficientry Analytic Decison-Making)」は、その答えの1つです。
以下ではこのHEADの6つのステップのうち、入り口となる3つのステップについて解説します。
なぜ私たちは決断を間違えるのか?

ある問題の分析方法を考える際は、手持ちのデータから始めてそこから案件を組み立てるべきではない。引用:前掲書p21
マッドさんは著書の中で決断を間違える際のいくつかの典型例を示しています。そのうち何度も繰り返し指摘されているのが、「まず始めにデータに当たろうとすること」です。例えば新車を買おうとするときに、大型書店に行って車の情報誌を大量に買い漁ったとしましょう。
そのとき私たちの目の前にあるのは膨大な量の車の情報です。確かにその中には運命の1台があるかもしれません。しかしいきなり大量の情報にぶつかっていっても、その運命の1台を引き当てる可能性を限りなくゼロにするだけです。
またマッドさんは「思い付いた答えに飛びつこうとするな」とも忠告します。例えば自分が天気予報士だとします。日曜の午後から野球観戦の予定がある人に「明日は晴れますか?」と尋ねられたら、つい私たちは明日の天気について気象学的な見地から説明してしまうでしょう。
この場合の答えは「はい、晴れますよ」「いいえ、雨ですね」などが考えられますが、重要な決断をする際の行動としては正しくありません。なぜなら「明日は晴れますか?」という問いが、日曜の午後から野球観戦の予定がある人にとって核心を突く質問ではないからです。
以下ではまずこれらの問題を解決するために「逆から考える」「核心を突く質問を作る」という、HEADの最初の2ステップを見ていきましょう。
何を決断するための分析なのか?

最初のステップは「逆から考える」です。私たちが何かの決断をするために分析を始めるとき、最初に明らかにするべきは手持ちのデータの確認ではありません。
「逆から考える」とは分析をした結果、最終的に何を決断するための分析なのかを最初に明らかにするということです。例えば新車を買おうとするなら、「新しい車を買うため」ではないはずです。
独身で車好きの人ならば「毎日乗るだけで気持ちがウキウキする新しい車を買うため」でしょうし、子供がいる人ならば「家族で幸せな思い出を作れる新しい車を買うため」となるでしょう。
一見すると、目的を考えてから分析に入るのは当たり前のように思えます。しかし何を決断するための分析なのかを明らかにする作業は、そう単純なものでもありません。
2005年のロンドン旅客機爆破テロ未遂事件のとき、マッドさんをはじめとするCIA情報分析官は、ざっと次にような立場の人を相手に、意思決定をスムーズにするための情報を分析・提供する必要がありました。
・国務長官
・運輸保安長長官
・FBI長官
・CIA長官
どれも国の重要な機関の長という点では同じですが、それぞれの立場は全く違います。アナリストはそれぞれの置かれている立場を熟知したうえで、情報を精査し、提供しなければなりません。
もし間違った決断につながるような形で情報を提供すれば、多くの命が失われる危険さえあります。ここでの何を決断するための分析なのかを考える時間は、何よりも重要で、かつ複雑です。
このような状況は一般企業に勤めていても起こり得ます。例えば営業本部長、工場長、子会社社長など異なる立場の人たちに対し、どのような情報を提供すれば自分の考案した新製品のアイディアを受け入れてもらえるのかを考える場合、この「逆から考える」というステップは最初にして最重要なステップとなるでしょう。
私たちが伝えたいHEADプロセスは、この種のゆっくりした思考を中心に置く。引用:前掲書p39
慌てず焦らず、落ち着いて、まずは「逆から考える」。それが確実性の高い決断の第一歩となるのです。
核心を突いたオープンクエスチョンを作り出せ

第二のステップは「核心を突く質問を作る」です。手持ちのデータや経験が豊富なほど、私たちはすぐに答えを提示したくなります。しかし天気予報のところで見た通り、的外れな質問からは的外れな答えしか生まれません。
では例えば日曜の午後から野球観戦の予定がある人が、「明日は午後から○○スタジアムで野球観戦なんだ。今日は雨が降っているけど、明日には晴れるかな?」という質問をしたとすればどうでしょうか。
天気予報士は「明日は明け方まで天気はぐずつきますが、午前9時ごろには回復します。○○スタジアムに屋根はありませんが、午後からの試合までにはマウンドの状態も良くなるでしょう」と答えることができます。
決断のためのデータ分析の前に、核心をつく質問を作ることの重要性が理解できるはずです。ここで注意したいのが、「はい・いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンではなく、それ以外の方法で答える必要があるオープンクエスチョンにするということです。
なぜならクローズドクエスチョンは、私たちにはいかいいえで自信を持って答えなければいけない気にさせるからです(確実性バイアス)。
単純な決断ならともかく、複雑な決断が求められる場面では、クローズドクエスチョンの持つ分かりやすさは致命的なミスを誘発しかねません。これに対してオープンクエスチョンならば、様々な側面や細かな部分にも言及する柔軟性があります。
だからこそ第二のステップでは核心を突いたオープンクエスチョンが必要となるのです。
質問をドライバーに分解せよ

HEADはここまで来てもまだデータ分析には入りません。核心をつく質問を作ったら、次はその質問に答えるために必要な要素(ドライバー)に、質問を分解していきます。9.11以降、CIAのアナリストは次のような質問への回答を求められてきました。
「現在、どのテロ組織と戦っているにしろ、その組織の弱体化に私たちはどの程度成功しているか?私たちの弱点はどこか?」引用:前掲書p87
この質問に答えるためのドライバーとしてマッドさんが暫定的に提示したのは以下の9つです。
・テロリストの安息地(テロ攻撃を計画し、訓練し、実行するための時間と場所)
・資金
・新たな戦闘員
・指導部
・連絡手段
・イデオロギーに対する国境を越えた共感(一般の支持)
・武器/爆薬の入手
・訓練
・施設(移動や書類作成などを行うための基盤)
引用:前掲書p87
こうした形に質問を分解すると、大きく2つのメリットがあります。ひとつは質問を理解しやすい単位に分解できることです。
もうひとつはデータ分析の段階に入ったときにスムーズにデータを整理できる、つまり全体で処理できないほどのデータ量があったとしても、ドライバーに従ってアソートをかけていけば、比較的簡単にデータが処理できるということです。
ここで注意するべきは「ドライバーの数を増やしすぎない」という点です。例えば新しいノートパソコンを買うために「今よりもっと収入を増やすための新しいパソコンはどんなものか?」という質問を立てたとしましょう。
メモリ容量やCPUの性能などは、この質問の重要なドライバーになります。しかし函体のネジのメーカーはほとんど質問と無関係です。マッドさんは、一般的に質問に影響力を持つドライバーの数は6〜10個に絞り込めるとしています。
高効率で決断までこぎつけるには、必要十分なドライバーだけを検討する必要があるのです。
たゆまぬ努力が決断力を成長させる
HEADのメソッドは、一般的な意思決定プロセスに比べてじれったいほどゆっくりです。このメソッドはマッドさんが20年ほどかけてようやくマスターできたというシロモノで、一朝一夕に身につくようなものではありません。
しかし意識的に繰り返すことで確実に精度とスピードは上がっていくのだそうです。ここで紹介した3つのステップを実践するだけでも、それまで行き当たりばったりで決断して来た人には効果があるはずです。
またこの3つのステップの先には、さらに3つのステップが待ち構えています。もしこのCIA流の意思決定メソッドに興味がある方は、マッドさんの著書『CIA極秘分析マニュアル「HEAD」――武器としてのインテリジェンス』に直接あたってみてください。
参考文献『CIA極秘分析マニュアル「HEAD」――武器としてのインテリジェンス』

