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2021年、音声メディアの新時代は来るか?
2021年1月23日から日本でβ版の運用が始まった途端、爆発的な勢いで利用者が増加している招待制音声SNS 「Clubhouse」。2020年4月からスタートしたこのサービスは、2021年2月現在でユニークユーザー200万人を抱えるまでに成長しています。
「次は音声メディアが来る」と噂され始めて何年も経ちますが、ようやく本格的な盛り上がりを見せています。
そこで今回は既存の音声メディア、Podcast /Voicyとの違いに焦点を当てながら、Clubhouseが音声メディアの新時代を切り拓くかについて、
・「耳を奪うメディア」の可能性
・発信リスクの低減
・オンライン井戸端会議の価値
という3つの視点から考えてみたいと思います。
ClubhouseとPodcast /Voicyの違いは「フローかストックか」「アマかプロか」

音声メディア | 特徴 |
Clubhouse | 最大の特徴はアーカイブが残らないこと。著名人の利用者もいるが、気軽な雑談のために使う人が多い。 |
Podcast /Voicy | いわば「インターネットラジオ」。発信者と受信者の境が明確で、配信される番組も作り込まれた「作品」が多い。 |
2020年4月という、まさにコロナ時代にサービスを開始したClubhouseの最大の特徴は、サービス上で行われた音声のやりとりが原則録音として記録に残らないこと。そのため会話の内容はその場限りのものとなり、保存されてアーカイブ化されたり、拡散されたりすることはありません。
発信者と受信者の境界が曖昧で、著名人の会話のなかに一般人が入り込むこともできますし、単にオープンな場所でプライベートな雑談をする、というイメージで使っている利用者もたくさんいます。そのためコンテンツのクオリティも、お金を取れるレベルの対談からとるに足らない雑談まで、実にさまざまです。
一方のPodcast とVoicyは言ってみれば「インターネットラジオ」です。コンテンツは基本的に保存され、アーカイブとして残りますし、拡散もされます。発信者と受信者の境界が明確で、発信者の多くは著名人やコンテンツメーカー。個人のブログのようなチャンネルもありますが、それらが注目を集めることは稀です。
このように対比してみると、ClubhouseとPodcast /Voicyの違いは「フローかストックか」「アマかプロか」にあると言えそうです。ではなぜ今フロー型コンテンツであり、アマチュアコンテンツであるClubhouseが注目されているのでしょうか。
Clubhouseは音声メディアの新時代を切り拓くか?
今回検討してみたい切り口は、冒頭で挙げた次の3つです。
以下ではこれらについて、一つずつ考えていきましょう。
●「耳を奪うメディア」はこれからもっと盛り上がる
人間の五感による知覚の割合は、
・視覚:83%
・聴覚:11%
・嗅覚:3.5%
・触覚:1.5%
とされています。このように考えると、テレビや動画などの目を奪うメディアがいかに知覚を奪うものなのかがわかります。一方で音声メディアのように耳を奪うものになると、知覚に占める割合は11%となり、ほかの情報に意識を傾ける余地が格段に大きくなります。
忙しい現代人にとって、テレビや動画などのように知覚の大半を奪うメディアはどうしても効率が悪くなってしまいます。
対して、知覚の11%だけ使えばいい音声メディアなら、電車や徒歩での移動中、あるいは家事の最中やリモートワークの作業中など、「ながら」で情報を得ることができるのです。
新型コロナウイルス感染対策の影響で移動時間が少なくなり、本来であれば現代人の忙しさは緩和されるはずですが、「ながら」で情報を得る習慣は今後も変わらず続くでしょう。したがって、Clubhouseをはじめとする「耳を奪うメディア」はこれからもっと盛り上がると言えるのです。
●フロー型コンテンツは「発信のリスク」を引き下げる
しかしこれだけならPodcast /Voicyも同じです。ただし前述したように、ClubhouseとPodcast /Voicyにはフロー型かストック型かという大きな違いがあります。
インターネット上で発信をするリスクの一つが「炎上」です。ちょっとした発言がきっかけで無関係の第三者からの批判や非難、誹謗中傷が殺到する……そんなリスクを考えると、なかなか気軽に発信はできません。
そもそも炎上はなぜ起きるのでしょうか。大きな原因として挙げられるのが、インターネット上における偏向報道です。つまり発言が切り取られ、それが拡散されることで、事実と異なる形で伝わってしまい、炎上するのです(もちろん発信者側に原因がある場合もありますが)。
ところがClubhouseのようなフロー型コンテンツの場合、肝心の切り取り、拡散するためのアーカイブが存在しません。結果、発信のリスクが引き下げられ、より多くの人が発信者になりやすいサービスになっているわけです。
フロー型コンテンツの流れは、InstagramのストーリーズやTwitterのフリートの流行にも現れていますが、Clubhouseはこれを音声の領域に持ち込んだのです。
●「オンライン井戸端会議」という新しい情報交換の場
外食や交通費など、新型コロナウイルスの蔓延により世の中から激減したものはたくさんありますが、井戸端会議もその一つでしょう。会社で言えば給湯室・喫煙室での会話、プライベートならカフェでの雑談です。
『世界大百科事典』によれば、井戸端会議とは「女たちが世間話に興じ続けて時間の経過も忘れるさまを男が皮肉まじりに評した言葉。転じて、とりとめのない長談義」。
働いている男性から、世間話に興じる女性を批判する言葉です。そのため一見非生産的な営みに思えますが、見方を変えれば生活情報の交換を行うローカルメディアだったと考えることもできます。
実際、給湯室・喫煙室での会話やカフェでの雑談のなかで、仕事上のアイデアやヒントを得たことがある人も多いはず。井戸端会議は意外にクリエイティブなコミュニケーションの場なのです。
しかし新型コロナウイルスが蔓延し、雑談どころか人に会う機会も激減。結果、オンラインミーティングなどのプロとしてのコミュニケーションばかりが増え、井戸端会議を通じた情報交換の場が一気になくなってしまいました。
意味のある話もない話も、肩の力を抜いて気軽にできる雑談。それに飢えている人も多いのではないでしょうか。
このような状況において、Clubhouseはもってこいのサービスでした。なぜなら、家にいながらにして、アマチュアでも気軽に発信したり、ほかの人とのやりとりに参加したりできる―――まさにオンライン上の井戸端会議だったからです。
以上3点の切り口から見る限り、2021年にClubhouseが注目されるのは当然とさえ言えるのかもしれません。
「どうでもいい話」が価値をもつ時代が来ている

ストック型コンテンツの発信には、クオリティが求められます。クオリティを高めるには、発信者にタレント性やクリエイターとしてのノウハウが必要です。
しかし井戸端会議や給湯室・喫煙室での会話、カフェでの雑談に、そんなものは求められません。
Clubhouseのようなフロー型の音声コンテンツが受け入れられているという状況は、そういった言わば「どうでもいい話」に対して、「それでも楽しいからOK」という価値基準が生まれてきているということだとも言えます。
Clubhouseが人気になった2021年。オフラインでのフロー型コンテンツが激減したwithコロナ、afterコロナの世界において、「どうでもいい話」の価値はますますフィーチャーされていくのではないでしょうか。
[文]鈴木 直人 [編集]サムライト編集部